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特攻聖人は痛みを愛でる ~「死ぬ気で守る」と言ったら相棒が感動してくれたけど、僕の趣味の話です~  作者: LINYADA


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第96話 傲慢なる父への説法、鋼鉄の乙女に芽生えた「熱」



夜の森に、岩山をも砕くごとき轟音が響き渡りました。

ガリウス伯爵の剛拳が、私の顔面を捉えた音です。まともに食らえば首から上が消し飛ぶであろう一撃。


「……ふむ」


ですが、私の首は繋がっていました。少しコキッとなった程度です。


「硬いですね、お父様。拳の骨、折れていませんか?」

「貴様……何でできている……!?」


ガリウス伯爵が、信じられないものを見る目で後退しました。

彼の拳からは煙が上がり、逆に彼の指関節から血が滲んでいます。


「化け物め……! ならばこれでどうだ!」


伯爵が咆哮し、漆黒の闘気を全身から噴出させました。

それは、彼が数多の戦場で敵を屠り、家名の威信を守るために積み重ねてきた、血と鉄の歴史そのもの。

何千回、何万回と振るわれ、洗練され、そして硬化した暴力の極致。


ガードナー流剛拳術・奥義『黒砕・覇王撃』。


連続する拳の嵐。一発一発が岩盤をも砕く必殺の威力であり、彼がこれまで切り捨ててきた「弱者」への容赦なき断罪です。私の全身をタコ殴りにします。


「あぁっ! いい! 重い! 暴力の味がします!」


私はあえて防御せず、全ての拳を肉体で受け止めました。

皮膚が裂け、骨が軋みますが、その瞬間に『超速自己再生』と『不沈の聖体』が発動し、ダメージをエネルギーへと変換していきます。


「な、なぜ倒れん! なぜ笑っている!?」

「楽しいからですよ」


私は伯爵の猛攻の中で、ニッコリと笑いました。


「貴方の拳は素晴らしい。ですが、一つだけ欠点があります」

「何だと……?」

「『愛』が足りません」


私は伯爵の拳を、片手でパシッと受け止めました。


「なッ……!?」


「貴方はエレナさんを『弱い』と言いましたね。攻撃せず、守るだけの盾は無価値だと」


私は受け止めた拳を握りしめ、ギリギリと締め上げました。

私の握力は、すでにドラゴンの顎を超えています。伯爵のガントレットが飴細工のように歪んでいきます。


「ぐ、おぉぉぉッ!?」


「それは間違いです。攻撃とは、相手を拒絶する行為。対して防御とは、相手の全てを『受け入れる』行為です」


私は一歩、踏み込みました。伯爵が痛みと恐怖で顔を歪めます。


「エレナさんは、貴方の理不尽な暴力も、罵倒も、そして神の雷さえも、全てを受け止め、飲み込み、守り抜きました。……恐怖を知りながら、それでも逃げずに『受け入れる』こと。それこそが最強の強さであり、究極の『愛』なのです」


「あ、愛だと……? 戯言を! 強さとは力だ! 支配だ!」

「いいえ、それはただの『わがまま』です」


私は冷徹に告げました。


「貴方は攻撃しか知らない。拒絶しかできない。だから、娘の痛みも、強さも理解できない。……貴方は『父親』としては三流以下、ただの寂しがり屋の子供ですよ」


「き、貴様ァァァッ!!」


図星を突かれたのか、伯爵が逆上して反対の拳を振り上げました。

ですが、その拳は私の頬に触れることすらできませんでした。

私が軽く放った掌底が、伯爵の腹部に突き刺さったからです。

カイルさんのような破壊の一撃ではありません。エレナさんのような、衝撃を浸透させる一撃。


「が、はッ……!?」


伯爵が膝から崩れ落ちました。

大量の胃液と血を吐き出し、地面に突っ伏します。

生物としての格の違い。今の私にとって、彼はもう「敵」ですらありませんでした。


「エレナさんは、貴方を超えましたよ。彼女の盾は、もう貴方ごときでは傷つけられない」


私は伯爵を見下ろし、静かに言いました。


「二度と、彼女を『不良品』などと呼ばないでください。彼女は、私の自慢の『最高のタンク』なんですから」


   ◇


静寂が戻りました。

私は拘束されていたエレナさんの元へ歩み寄りました。

彼女は、呆然とした表情で一連の光景を見ていました。絶対的な恐怖の対象だった父親が、赤子のようにあしらわれ、説教され、敗北した姿を。


「……ルシアン」

「お待たせしました。鎖、外しますね」


私は魔封じの鎖を、素手で引きちぎりました。

ジャラリと鎖が落ち、エレナさんの自由が戻ります。ですが、彼女は立ち上がろうとせず、震える手で私の服の裾を掴みました。


「……なぜだ」

「はい?」

「なぜ、そこまでしてくれる。私は、家を捨てた女だ。父にも見放された、ただの……」

「またそれですか」


私はしゃがみ込み、エレナさんの目を見つめました。


「家柄なんて関係ありません。私が迎えに来たのは、貴方が『エレナ・ガードナー』だからではありません」

「……え?」

「貴方がいないと、最前線で私の代わりに攻撃を受けてくれる人がいなくて、私が寂しいからです(物理的に)」


私はいつもの変態的な理屈を並べました。

ですが、エレナさんは呆れるどころか、その瞳にみるみる涙を溜めていきました。


(……ああ、この人は)


エレナの胸の奥で、何かが熱く脈打ちました。

恐怖で凍りついていた心が、彼の言葉と、その圧倒的な存在感によって溶かされていく。

父という呪縛を、物理的にも精神的にも粉砕してくれた男。

変態で、狂人で、どうしようもないマゾヒスト。

けれど、誰よりも優しく、誰よりも強い、私の「光」。


ドクン。


それは、信頼や友情という枠を飛び越えた、もっと深く、重い感情の音でした。


「……馬鹿者」


エレナは涙を流しながら、ルシアンの胸に飛び込みました。

彼の手の温かさ、火薬と血の混じった匂い、そして確かな心音。その全てが、今の彼女には愛おしく感じられました。


「貴様は……本当に、大馬鹿者だ……!」

「よく言われます。さあ、泣き止んでください。カイルさんたちが起きたら怒られますよ」


ルシアンは、困ったように、しかし優しくエレナの背中を撫でました。

その手つきは、傷ついた剣を労る職人のようでもあり、宝物を守る騎士のようでもありました。


(……私は、もう迷わない)


エレナはルシアンの胸の中で、密かに誓いました。

家のためでも、騎士団のためでもない。

私は、この人のために強くなる。この人の隣に立ち、この人を守る『最強の盾』であり続けるために。


「帰ろう、ルシアン。……私たちの場所へ」

「はい。帰りましょう」


私はエレナさんをお姫様抱っこして(足が震えていたようなので)、夜の森を駆け抜けました。

背後には、二度と立ち上がれないであろう敗北者の父を置き去りにして。


夜明けの空が、白み始めていました。

それは、エレナさんの新しい人生の始まりを告げる、美しい朝焼けでした。

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