第91話 60秒の永遠、神を待たせる「王様」たち
「……良いだろう。認めよう、貴様らは敵だ」
『雷神の化身』が、砕かれた指を再生させることもなく、玉座を蹴り壊しました。
ゴゴゴゴゴ……!!
塔全体が共鳴し、天井の雷雲が地上へと降りてきます。
視界を埋め尽くす青白い稲妻。
もはや、安全地帯などどこにもありません。
「我は雷。我は裁定者。灰燼に帰せ」
化身が両手を広げると、空間そのものが帯電し、無数の雷の槍が出現しました。
その数、千。
雨のような質量攻撃が、私たちを襲います。
「くっ……! 数が多い!」
エレナさんが大盾『金剛の絶対防壁』を展開し、範囲防御でカイルさんと私を守ります。
ですが、防ぎきれません。
左右から回り込む雷槍が、私たちの肌を焼き、肉を抉ります。
「あはぁッ! いいですね、全身が痺れます! でも、これじゃ攻め手がありません!」
私は再生しながら叫びました。
耐えることはできます。ですが、この弾幕の中ではカイルさんが近づけません。
神の指を砕いた一撃も、当たらなければ意味がない。
「……ルシアン、エレナ、リン」
カイルさんが、飛来する雷槍を大剣で弾きながら、重い口調で言いました。
「あいつを倒すには、今の俺の火力じゃ足りねえ」
「え?」
「さっきの一撃で指2本だ。首を落とすには、今の10倍の威力がいる」
10倍。
それは、物理的に不可能な数字に思えました。
「『メテオ・バスター』を使う。……だが、今までのチャージじゃダメだ」
カイルさんは、手にした『剛魔剣・紅蓮断山』を見つめました。
「今までは10秒が限界だった。それ以上は敵が待ってくれないし、何より剣が魔力に耐えられずに自壊してたからな。……だが、この『断山』なら耐えられる」
師匠の剣の堅牢さと、マダムの技術。
それが、リミッターを外しました。
「1分だ」
カイルさんは告げました。
「60秒間、魔力を練り上げ、圧縮し続ける。そうすれば、神でも殺せる一撃になる」
60秒。
この絶え間ない雷撃の嵐の中で、カイルさんを棒立ちにさせる。
それは自殺行為に等しい作戦です。
普通なら「正気か?」と返すところでしょう。
ですが。
「……たった1分でいいのですか?」
私は笑いました。
エレナさんも、盾を構え直してニヤリと笑いました。
「茶を淹れる暇もないな。……任せろ、カイル。貴様が剣を振り下ろすまで、指一本触れさせん」
「ジュジュもだ! 死ぬ気で守るぞ!」
エレナさんが私の肩のジュジュに檄を飛ばします。
彼女の視界にリンさんの姿はありません。あまりに自然に気配を消しているため、エレナさんの意識からすら外れてしまっているのです。
ですが、それでいい。見えない刃こそが、戦況を覆すのですから。
カイルさんが剣を垂直に立て、目を閉じました。
チャージ開始。
その瞬間、彼を中心にして大気が渦巻き始めました。
「……ほう?」
化身が眉をひそめました。
カイルさんから放たれる魔力が、幾何級数的に膨れ上がっていくのを察知したのです。
放置すれば脅威になると、神の本能が告げています。
「させぬ」
化身が標的をカイルさんに定めました。
千の雷槍が一斉に向きを変え、カイルさんへと殺到します。
【残り50秒】
「させないのはこちらですぅぅぅッ!!」
私がカイルさんの前に立ちはだかりました。
防御魔法など使いません。
私の肉体こそが最強の盾。
ドガガガガガガガッ!!!
無数の槍が私の体に突き刺さります。
痛い。熱い。苦しい。
ですが、一歩も引きません。
『不沈の聖体』が、破壊のエネルギーを飲み込み、即座に『被虐の聖域』でカイルさんの魔力チャージを加速させます。
「あぐッ……! ルシアン、邪魔だ、どけ!」
「どきません! 貴方はそこで、王様のように突っ立っていればいいんです!」
【残り40秒】
雑魚散らしでは埒が明かないと見た化身が、自ら動き出しました。
雷速の接近。
手には、巨大な雷の戦槌。
「潰れよ」
「ここは私の領域だッ!!」
エレナさんが割り込みました。
『金剛の絶対防壁』と、化身の戦槌が激突します。
ズゴォォォォォンッ!!!
エレナさんの足元の床が砕け、膝が沈みます。
ですが、盾は砕けません。
マダムの最高傑作と、エレナさんの覚悟。
「ぐぅぅぅッ……! まだだ、まだ重さが足りんぞ、神よ!」
「人間風情が……!」
【残り30秒】
時間が経過するにつれ、カイルさんの大剣が赤熱し始めました。
周囲の空間が歪むほどの熱量。
化身はそのエネルギーに焦りを感じ始めました。
「目障りな羽虫どもめ!」
化身が咆哮し、全方位に衝撃波を放ちました。
雷の魔力を乗せた拒絶の波動。
エレナさんが吹き飛ばされ、私の体も千切れ飛びます。
カイルさんが無防備になる――その瞬間。
「キュイイイイイイッ!!(させないぃぃぃッ!!)」
私の肩から、白い毛玉が飛び出しました。
ジュジュです。
小さな聖獣は、カイルさんの前に立ちはだかると、モノクル『プリズム・フォーカス』を最大出力で展開しました。
「ジュジュ!? 逃げろ!」
「キュッ!!(絶対守る!)」
ジュジュは私から供給された魔力を、攻撃ではなく「障壁」に全振りしました。
さらに、自らの生命力すらも魔力に変換し、過負荷状態で展開します。
ミントさんが作ったリボン『聖獣のタリスマン』が、バチバチと火花を散らして焼け焦げていきます。
ドォォォォォンッ!!
衝撃波が直撃しました。
小さな体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられます。
ですが、障壁はカイルさんを守りきりました。
「ジュジュ……!」
ジュジュはぐったりとして動きませんが、その胸はわずかに上下しています。
気絶しただけ。
聖獣としての誇りが、カイルさんのチャージを守り抜いたのです。
【残り10秒】
カイルさんの剣は、もはや直視できないほどの光と熱を放っています。
剣自体が悲鳴を上げていますが、師匠の『断山』の核が、必死に形を留めています。
「あと少し……! 耐えてくれ、俺の剣!」
カイルさんの全身から血が噴き出します。
限界突破の魔力負荷。
血管が切れ、筋肉が断裂しています。
それでも、彼は柄を離しません。
「終わりだ、人間!!」
化身が体勢を立て直し、頭上に太陽のごとき巨大な雷球を生成しました。
最初の攻撃と同じ。いや、それ以上の出力。
これを落とされたら、この階層ごと消滅します。
「(間に合わない……!?)」
私が絶望しかけた、その時。
「……エレナ様の悲願。完遂させます」
影から、リンさんが姿を現しました。
化身の背後。死角中の死角。
彼女の手には、ミントさんから託された切り札――『停滞の宝珠』が握られていました。
「時よ、止まれ」
パリンッ!!
宝珠が砕け散りました。
「『時間停止』ッ!!」
カッ!
世界の色が反転しました。
振り上げられた化身の腕も、生成された雷球も、全てが凍りついたように静止します。
完全なる停止世界。
動けるのは、術者であるリンさんだけ。
「(3秒……いえ、2秒が限界ですか)」
リンさんは停止した時間の中を疾走しました。
攻撃するためではありません。
彼女は化身の腕に飛び乗り、雷球の射線を無理やりずらしたのです。
カイルさんから、明後日の方向へ。
「これで……チェックメイトです」
世界の色が戻り、時間が動き出します。
【残り0秒】
「なッ……!?」
化身が驚愕しました。
放ったはずの雷球が、カイルさんではなく虚空へと飛んでいったからです。
時が飛んだ違和感と、射線のズレ。
その致命的な隙。
「……溜まったぜ」
カイルさんが目を開きました。
その瞳は、紅蓮の炎のように燃えていました。
「ルシアン、エレナ、リン、ジュジュ。……退避いてな」
「「「了解ッ!!」」」
私たちは全力で左右に飛び退きました。
カイルさんの目の前には、隙だらけの化身。
一直線の射線。
カイルさんは、限界まで圧縮されたエネルギーの塊を、静かに構えました。
「これが俺の、俺たちの……答えだッ!!」
「アルテマ・メテオッ!!!」
ズガァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
放たれたのは、斬撃ではありませんでした。
それは、赤と黒の奔流。
極大のビームのごときエネルギー波が、空間を削り取りながら化身へと突き進みました。
神の体を飲み込み、塔の壁を貫き、空の彼方まで伸びる光の柱。
第50階層が、白一色に染まりました。




