第90話 神の指を砕く重量、雷を飲み込む不死の肉体
「……戻ったか」
第50階層。
雷雲の床と、無限の稲妻に彩られた神の座。
玉座に座る**『雷神の化身』**は、私たちが扉を開けた瞬間に目を開きました。
「3日。……人間にとっては短く、神にとっては瞬きの時間だ。その僅かな時で、何が変わった?」
化身の声が轟音となって響きます。
以前なら、そのプレッシャーだけで足がすくんでいました。
ですが、今の私たちは違います。
「変わりましたよ」
私は一歩前に出ました。
指先で、首元の新しいアクセサリー――マダム・ガルド特製**『痛覚鋭敏の指輪』**を弄りながら。
「貴方の雷を、余さず味わう準備ができました」
私の挑発に、化身は黄金の瞳を細めました。
「愚かな。……学習せぬか」
化身が右手を掲げました。
あの日、私たちを絶望の淵に叩き落とした、太陽のような雷球。
存在そのものを消し飛ばす、神の裁き。
「消えよ」
ズドォォォォォォォォンッ!!!
放たれた雷球が、光の奔流となって私を飲み込みました。
回避不能。防御不能。
前回は、避雷針を使ってようやく逸らした攻撃。
ですが今回は、私は避雷針を持っていません。
「(来ました……! 全身の細胞が悲鳴を上げています!)」
『痛覚鋭敏』発動。
指輪の効果により、神経を駆け巡る痛みの信号が倍増します。
本来ならショック死するレベルの激痛。
ですが、私はその痛みを魔力変換のトリガーとして利用しました。
「逃がしません……! この痛みは、私だけのものです!」
私は再生能力を「治癒」ではなく「維持」に使いました。
ガンツ・ギルドマスター直伝、『不沈の聖体』。
崩壊しようとする細胞を魔力で無理やり繋ぎ止め、破壊のエネルギーごと体内に封じ込める。
私の体は炭化し、裂け、沸騰しましたが――消滅しませんでした。
黒い煙を上げながら、光の中で仁王立ちする私。
「な……ッ!?」
化身が驚愕に目を見開きました。
神の雷を、生身の人間が「耐えた」のです。
「あぐッ、あぁぁぁぁッ! 痛い! 倍痛い! 最高のスパイスです!」
私は体内に溜め込んだ莫大な破壊エネルギーを、一気に『被虐の聖域』へと変換しました。
倍の痛みは、倍の出力へ。
カッッッ!!!
爆発的な治癒の光が、私の背後にいる仲間たちを包み込みました。
かつてないほどの高密度のバフ。
力が、速度が、魔力が、限界を超えて溢れ出します。
「行くぞッ!!」
カイルさんが吼えました。
赤い残像を残して疾走。
化身は即座に反応し、巨大な雷槍を生成して突き出しました。
音速の刺突。標的はカイルさん。
「通さんッ!!」
割り込んだのは、エレナさんでした。
彼女が構えるのは、マダムとミントの結晶、『金剛の絶対防壁』。
黄金に輝く大盾が、神の槍と激突しました。
ゴオォォォンッ!!!
衝撃波が塔を揺らします。
以前なら、盾ごと貫かれていた一撃。
ですが、エレナさんは一歩も下がりませんでした。
盾の表面に刻まれた魔導回路が衝撃を吸収し、彼女自身の『循環』の技術が余剰エネルギーを地面へと流します。
「重い……だが、止めたぞ!」
「小賢しい!」
化身が槍を引き、追撃の雷撃を放とうとします。
その視界を、七色の光が遮りました。
「キュイイイッ!!」
私の肩から飛び出したジュジュが、モノクル『プリズム・フォーカス』を展開しました。
私から供給される無限の魔力を、複雑な軌道を描く数十本のレーザーとして乱射したのです。
目眩しと牽制。
化身がわずかに防御の姿勢を取りました。
その一瞬の隙。
「届く……!」
カイルさんが、化身の懐に飛び込みました。
手にするのは、師匠の剛剣と自身の魔剣を融合させた**『剛魔剣・紅蓮断山』**。
以前の倍以上の重量を持つ鉄塊。
「懲りぬ奴め」
化身は冷徹に、左手を差し出しました。
あの日と同じ。
指先一つで剣を受け止め、砕く構え。
「(同じだと思うなよ……!)」
カイルさんは大剣を振りかぶりました。
チャージはありません。
ですが、剣にはルシアンのバフと、ジュジュの魔力、そしてカイルさん自身の闘志が満ちています。
ベルタ師匠の教え。『脱力』。
カイルさんは全身の力を抜きました。
剣の重さ、魔力の重さ、想いの重さ。
全てを刃の一点に乗せ、ただ「落とす」。
「砕けろォッ!!」
大剣が振り下ろされました。
化身の指が、剣の腹を捉えます。
パシッ。
止まる――はずでした。
メキョッ……!
嫌な音が響きました。
化身の眉がピクリと動きます。
指が、支えきれない。
圧倒的な質量と、それを加速させる魔力の奔流が、神の指を押し込んだのです。
「な、に……?」
「これが俺たちの! **『重量』**だァァァッ!!」
カイルさんが咆哮し、さらに深く踏み込みました。
小細工などいらない。
ただ、師匠から受け継いだ純度100%の鉄塊を、ありったけの力で叩きつけるのみ。
その単純で絶対的な物理法則が、神の理屈を凌駕します。
バギィィィィンッ!!!
黄金の破片が舞いました。
化身の親指と人差し指が、砕け散ったのです。
勢いを増した大剣は止まらず、そのまま化身の肩口にある黄金の鎧を叩き割りました。
「グゥッ……!?」
化身が、たたらを踏んで後退しました。
その肩から、青白い光(神の血)が漏れ出します。
静寂。
カイルさんは大剣を構え直し、ニヤリと笑いました。
「……どうだ。今度は、蚊ほどには痛かったろ?」
化身は砕けた指と、斬られた肩を見つめ、そしてゆっくりと私たちを見ました。
その瞳に宿っていた「無関心」が消え、初めて明確な「敵意」と「歓喜」が浮かび上がりました。
「……よかろう」
化身の全身から、雷が噴き出しました。
本気モード。
ここからが、本当の死闘です。
「人間ごときが、神に傷を負わせた罪……。その魂をもって購うがいい!」
「上等です! さあ、もっと激しくお願いしますよ!」
私は黒焦げの体(再生済み)で前に出ました。
最初の一撃は通りました。
希望は繋がりました。
あとは、どちらが先に倒れるか――いえ、私たちが倒れる前に、神を地に伏せさせるだけです。




