第89話 聖獣の小さな悩みと、職人たちが叩き上げた「答え」
決戦前日。
ヴォルテックスの街は、嵐の前の静けさに包まれていました。
そんな中、一匹の白い毛玉――聖獣カーバンクルのジュジュは、街の屋根の上で深く溜息をついていました。
「キュゥ……(みんな、すごいなぁ)」
ジュジュの視線の先には、それぞれの場所で限界に挑む仲間たちの姿がありました。
定食屋の裏で、血豆だらけの手で巨大な包丁を振るうカイル。
教会で、ボロボロになりながらシスターの攻撃を弾き続けるエレナ。
そして、気配を消して街の影と同化しているリン。
ルシアンだけはギルドの地下で殴られて喜んでいますが、あれも彼なりの修行です。
「キュッ……(ボクだけ、何もしてない)」
ジュジュは優秀な砲台です。ですが、それはルシアンという「無限の魔力タンク」があってこそ。
自分一人の力では、あの塔の怪物たちには敵いません。
ただ魔力を吸って撃つだけ。
それでいいのか? 聖獣としての誇りはないのか?
悩めるジュジュは、ふらりとマダムの工房を覗き込みました。
そこでは、マダムとミントが最後の仕上げに取り掛かっていました。
「温度上げな! 金剛の欠片が固まるよ!」
「わかってるって! 冷却水、循環開始!」
カンカンカン! ギュイイイーン!
二人は汗だくになりながら、異なる素材を一つに融合させようとしていました。
硬い金属と、しなやかな魔導回路。
反発し合う二つの性質を、熱と技術で無理やりねじ伏せ、新しい形へと昇華させる。
「キュッ……!(これだ!)」
ジュジュの瞳が輝きました。
ただ魔力を吸って出すだけじゃない。
体内で魔力を練り、混ぜ合わせ、形を変える。
ルシアンから貰う「無属性の魔力」に、自分自身の「聖獣の属性」を掛け合わせれば――。
「キュイイイッ!(ボクもやる!)」
ジュジュは屋根の上で、小さな体を震わせながら、魔力操作の特訓を始めました。
◇
そして、約束の夕刻。
私たちはマダムの工房に集結しました。
「……待たせたわね。出来上がったわよ」
目の下に濃いクマを作ったマダムとミントさんが、布に包まれた装備を並べました。
その場に漂う、凄まじい魔力と金属の匂い。
「まずはカイル。アンタの新しい相棒よ」
マダムが布を取ると、そこには黒と赤が混じり合った、禍々しくも美しい大剣がありました。
ベルタ師匠の『剛剣・断山』をベースに、粉砕された『紅蓮のイグニス』を素材として融合させた一振り。
『剛魔剣・紅蓮断山』。
「重さは以前の倍よ。でも、魔力伝導率は3倍。アンタが覚えた『脱力』と『重力操作』がなければ持ち上げることすらできないわ」
「……最高だ。腕が鳴るぜ」
カイルさんが剣を手に取ります。
ずしりと沈む重量感。ですが、今の彼にはそれが心地よく感じられるようでした。
「次はエレナ。……アンタの鎧は直したけど、それだけじゃ足りない」
マダムが示したのは、鎧ではなく、巨大な**『大盾』**でした。
黄金に輝くその盾は、第47階層の武神像の装甲(金剛)をそのまま削り出したかのような重厚感があります。
『金剛の絶対防壁』。
「アンタの『対魔反射』と『循環』を補助するために、表面に衝撃吸収と拡散の魔導回路を組み込んだわ。物理、魔法、あらゆる攻撃を無効化する最強の盾よ」
「素晴らしい……! これなら、竜戦士の槍も防ぎきれる!」
エレナさんが盾を構えます。
鉄壁の要塞が、さらに強固になりました。
「で、リンちゃんにはコレ」
ミントさんが渡したのは、手のひらサイズの奇妙な水晶玉でした。
中には、どす黒い霧のようなものが渦巻いています。
「『停滞の宝珠』。一回使い切りの魔導具だよ」
「一回きり……ですか?」
「うん。これを割ると、周囲の時間を数秒間だけ『強制停止』させる。どんな強敵でも、動きを止めて隙だらけにできる切り札だ」
強制的な時間停止。
それは、一瞬の隙が勝敗を分ける暗殺者にとって、喉から手が出るほど欲しいアイテムです。
「……ありがとうございます。この一回に、全てを懸けます」
リンさんが宝珠を懐にしまいました。
「最後に、そこのチビちゃん」
マダムがジュジュを手招きしました。
ジュジュがトコトコと歩み寄ると、マダムは小さな**『モノクル(片眼鏡)』**のような装置を差し出しました。
「アンタが屋根の上で唸ってるのを見てね。急遽作ったわ」
「キュ?(これは?)」
「『プリズム・フォーカス』。ルシアンから吸った魔力を、このレンズを通すことで『拡散』『収束』『曲射』……自在に変化させられる補助兵装よ」
ただの直射砲台だったジュジュが、これでテクニカルな射撃が可能になります。
ジュジュがモノクルを装着すると、左目に知的な光が宿りました。
なんか、すごく賢そうです(中身は食いしん坊ですが)。
「キュフフ……!(これで勝つる!)」
「そしてルシアン。アンタには……」
「私には?」
「**『痛覚鋭敏の指輪』**よ。防御力は一切上がらないけど、神経伝達を過敏にして、感じる『痛み』を2倍にするわ」
「痛み2倍……!? ということは、私の『被虐の聖域』の出力も倍になるということですね!」
「……ええ、まあそういう建前で作ったけど、単にアンタが喜ぶかと思ってね」
「マダム! わかってらっしゃる!!」
私は感涙しました。
最強の剣、最強の盾、最強の切り札、最強の砲台。
そして、最高の苦痛。
『ブレイク・スルー』の戦力は、ここに完成しました。
「……礼は言わねえぞ、マダム。結果で返す」
「当たり前よ。行ってきなさい!」
職人たちの魂を受け取り、私たちは工房を出ました。
外はもう夜。
雷雲に覆われた空の下、巨大な塔が私たちを見下ろしています。
「行くぞ。最後の戦いだ」
「ああ。全ての決着をつけよう」
私たちは塔へと向かいました。
もう、迷いはありません。
目指すは第50階層。神の座。
そして、その先にあるSランクの未来へ。




