第9話 理想の防具とは、防御力ゼロで壊れない服のことです
交易都市ベルン。
大陸有数の商業都市であるこの街は、夜になっても活気に満ち溢れていました。
私たちはマルクさんに案内され、彼のお店兼自宅へと急ぎました。
裏口から入り、寝室へ。
そこには、高熱にうなされる小さな女の子が横たわっていました。
「パパ……?」
「ああ、リーナ! 待たせてすまない、薬を持ってきたよ!」
マルクさんが震える手で薬草を煎じ、娘の口に含ませます。
私たちが命がけで(主に私が空中で振り回されて)守った特効薬です。
効果は劇的でした。数分もしないうちに、娘さんの呼吸が穏やかになり、頬に赤みが戻ってきたのです。
「よかった……! 本当によかった……!」
マルクさんは娘を抱きしめ、男泣きしていました。
カイルさんも「へへっ、苦労した甲斐があったな」と目尻を拭っています。
私はその光景を微笑ましく見守りつつ、冷静に分析していました。
(病気……。ウイルスや細菌による内部からの細胞破壊。物理的な痛みとは違う、ジワジワとした倦怠感と苦痛。……ふむ、一度くらいは重病にかかってみたいものですが、私の免疫機能が仕事をしすぎるので無理でしょうね)
「ルシアン殿、カイル殿」
落ち着いたマルクさんが、深々と頭を下げました。
「改めまして、本当にありがとうございました。報酬は約束通り、相場の5倍をお支払いします。それと……」
マルクさんは懐から、一枚の羊皮紙を取り出しました。
金色の箔押しがされた、高級そうな紹介状です。
「お二人はこの街で装備を整えると仰っていましたね? でしたら、中央通りにある**『魔女の隠れ家』**という店に行ってみてください。私の紹介だと言えば、裏の倉庫にある『とっておき』を見せてくれるはずです」
「とっておき?」
「ええ。普通の店には並ばない、少し……『わけあり』の強力な武具を扱っている店です。お二人なら、使いこなせるかもしれません」
◇
翌日。
私たちは懐が温かくなったので(報酬金貨がジャラジャラです)、早速その店に向かいました。
「おいルシアン。今回こそ、ちゃんとした鎧を買えよ」
道すがら、カイルさんが真剣な顔で忠告してきます。
「お前が死なないのはわかった。だが、毎回服が弾け飛んで半裸になるのは、パーティの品位に関わるんだ。仮にも聖職者だろ? もう少し身だしなみに気を使え」
「善処します。ですが、鎧は動きにくいですし、何より衝撃を吸収してしまうのが欠点です」
「それがメリットなんだよ!!」
そんな問答をしているうちに、路地裏にある怪しげな店に到着しました。
看板には『魔女の隠れ家』と書かれています。
カランコロン……。
「いらっしゃい。……おや、見ない顔だね」
店番をしていたのは、フードを目深に被った老婆でした。
店内には、怪しく光る水晶や、脈打っている剣など、胡散臭いアイテムが所狭しと並んでいます。
「マルクさんの紹介で来ました」
「ほう、あの堅物の紹介かい」
老婆はニヤリと笑い、カウンターの下から鍵束を取り出しました。
「じゃあ、奥の部屋へ案内しようか。……で? お前さんたちが欲しいのは、どんな『呪い』だい?」
「呪い前提かよ!?」
カイルさんがツッコミを入れますが、老婆は無視して重い鉄扉を開けました。
そこには、さらに危険なオーラを放つ武具が並んでいました。
「この大剣なんてどうだい? 『吸血鬼の大剣』。斬った相手の血を吸って切れ味が増すが、持ち主の血も吸い続ける」
「いらねえよ! 俺の血は大事なんだよ!」
カイルさんは即答で拒否しました。
彼は普通のミスリル製の防具を一式購入し(それでもかなり高性能です)、満足そうです。
「で、そっちの聖職者様は?」
老婆が私を見ました。
私はボロボロのローブを指差し、真剣な眼差しで要望を伝えました。
「店主。**『絶対に壊れない服』**はありますか?」
「……防御力は?」
「ゼロで構いません。むしろマイナスでもいい。敵の攻撃の衝撃を、一切減衰させずに私の肌に伝え、かつ、どんなに体が変形しても破れない伸縮性と耐久性を持つ服を所望します」
老婆とカイルさんが、同時に「は?」という顔をしました。
「……変わった客だねぇ。防御を捨てて、服の耐久だけに特化したいってのかい?」
「はい。服が破れると、いちいち買い換えるのが面倒ですし、公衆の面前での露出はマナー違反ですので」
「(マナー気にするなら、その思考回路をどうにかしろよ……)」
カイルさんの呟きは無視します。
老婆は興味深そうに私を観察した後、「……あるよ」と言って、店の最奥から一つの黒い箱を持ってきました。
箱が開けられると、そこには漆黒のローブが収められていました。
一見するとただの布ですが、よく見ると、布地自体がまるで生き物のように蠢いています。
「**『擬態スライムの法衣』**だ」
老婆が説明します。
「ダンジョンの奥深くで変異した『ブラック・スライム』の繊維で織った服さ。こいつは持ち主の魔力を吸って形状を記憶する。刃物で斬られようが、燃やされようが、魔力さえあれば一瞬で修復する」
「おお……!」
「ただし、防御力は皆無だ。スライムだからね、衝撃はそのまま素通しする。それに、常に魔力を吸われ続けるから、並の魔術師なら着た瞬間に干からびて死ぬよ」
呪いの装備です。
着るだけでMPを吸収され続け、防御力もない。
普通の冒険者なら、ゴミ箱に捨てるレベルの欠陥品。
ですが。
「……完璧です」
私は震える手でそのローブを手に取りました。
袖を通した瞬間、肌に吸い付くような感覚と共に、私の膨大な魔力(回復魔法のために鍛え上げたタンク量)が吸われていくのがわかります。
「んっ……♡ 心地よい疲労感……」
「おい、服着ただけで喘ぐな」
カイルさんがドン引きしていますが、気にしません。
私は近くにあったナイフを借り、自分の腕ごとローブを突き刺しました。
ブスリ。
「痛っ……素晴らしい!」
鮮血が溢れますが、ナイフを抜くと同時に、私の傷は『自己再生』で、ローブの穴は『自動修復』で、同時に塞がりました。
元通り。
傷跡一つ、ほつれ一つありません。
「これなら、ドラゴンのブレスで丸焼きになっても、服だけは残りますね!」
「お前が残るかどうかが問題なんだよ!」
私は即決で購入しました。
値段は金貨50枚。カイルさんの装備の倍以上しましたが、一生モノの買い物です。
◇
「いい買い物をしましたねぇ」
店を出た私は、新しい漆黒の法衣(スライム製)を身に纏い、上機嫌で歩いていました。
見た目はシックで高貴な神官に見えますが、中身は常に魔力を垂れ流し、いつ攻撃されてもいいように待ち構えている変態です。
「はぁ……。まあ、お前が満足ならいいけどよ」
カイルさんは疲れたように溜息をつき、前を見据えました。
「装備も整った。次はギルドだ。Dランクへの昇格手続きと、この街での活動登録をしなきゃな」
「そうですね。ベルンのギルドには、どんな強敵があるのでしょうか」
私たちは中央広場にある、巨大な石造りの建物――冒険者ギルド・ベルン支部へと向かいました。
ギルドの扉を開けると、そこはむせ返るような熱気と、冒険者たちの喧騒に包まれていました。
その中で、私たちがカウンターに向かおうとした時。
「おいおい、見ろよ。またヒョロいのが入ってきたぜ」
入り口近くのテーブルを陣取っていた、いかにも柄の悪そうな男たちが、私たちを見てニヤニヤと笑いました。
「Dランクのプレート下げてやがる。どこの田舎から来たんだか」
「おいそこのボウズ。ここは『交易都市ベルン』だ。田舎のゴブリン退治とはわけが違うんだぜ?」
いわゆる「新入りへの洗礼」というやつです。
リーダー格らしい大男が、カイルさんの前に立ちはだかりました。
背中の大剣を見て、鼻で笑います。
「デカい剣だが、飾りか? そんな重そうなもん、まともに振れるのかよ」
「……どいてくれないか。登録で忙しいんだ」
カイルさんは冷静に返しましたが、男は引き下がりません。
「生意気だな。ちょっと先輩が『都会の厳しさ』を教えてやろうか?」
男がカイルさんの胸倉を掴もうと手を伸ばしました。
カイルさんは溜息をつき、反撃しようと大剣に手をかけますが――。
「お待ちください」
私が二人の間にスッと割って入りました。
「なんだテメェは。その変な黒い服……葬式帰りか?」
「いいえ。私は彼の盾ですので」
私はニッコリと微笑み、男の顔を真っ直ぐに見つめました。
「先輩のご指導、大歓迎です。ですが、カイルさんは忙しいので、代わりの私が全て受け止めましょう」
「あ?」
「さあ、殴ってください。思い切り。顔面がいいですか? それとも鳩尾? 遠慮はいりませんよ、貴方の『都会の厳しさ』とやらを、私の体に刻み込んでください!」
私が両手を広げて胸を突き出すと、男は「は、はぁ?」と気圧されたように後ずさりしました。
「な、なんだこいつ……気持ち悪ぃ……」
「どうしました? 殴らないのですか? さあ、早く! 早く!」
私がジリジリと詰め寄ると、男たちは「関わっちゃいけねえ奴だ!」と叫んで逃げ出していきました。
「……おいルシアン。お前、絡まれたいだけだろ」
「失礼な。無用な争いを避けた平和的解決ですよ」
私は残念そうに男たちの背中を見送りました。
(ベルンの冒険者は腰抜けですね。もっと骨のある挨拶をしてほしかったのですが)
そんな私たちの様子を、ギルドの2階から鋭い視線で見下ろす人物がいました。
白髪交じりの髭を蓄えた、眼光鋭い老人。
このベルン支部のギルドマスターです。
「……『特攻聖人』と『ロマン砲』か。噂通りのイカれっぷりじゃな」
老人は面白そうに髭を撫で、手元の書類――『死神峠のワイバーン討伐報告書』に目を落としました。
「ちょうどいい。あやつらなら、あの『案件』を任せられるかもしれんの」
私たちの知らぬところで、次なる激戦(ご褒美)へのフラグが立とうとしていました。




