表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/102

第86話 恐怖を飼い慣らす盾、覚醒を待つ白銀の蕾



【エレナ side】


カイルが復活の狼煙を上げたその夜。

私は、宿屋の中庭で一人、月を見上げていた。


「……眠れませんか、エレナさん」


背後から声をかけられ、振り返るとルシアンが立っていた。

相変わらずの涼しい顔だが、その瞳は私の焦燥を見透かしているようだった。


「ああ。……カイルは吹っ切れたようだ。だが、私はどうだ?」


私は自分の手を見つめた。

第50階層での敗北。あの雷神の指先一つに、私の誇る『鉄壁』は紙屑のように破られた。

カイルを守れなかった。ルシアンを犠牲にした。

その事実が、私の心を重く縛り付けていた。


「強くなりたいか、と言われたら、愚問だろうな」

「ええ。貴女は誰よりも責任感が強いですから」

「ルシアン。……付き合ってくれないか」


私は彼に頼んだ。


「『雷轟の竜戦士』の元へ行きたい。今のままでは、私は前に進めない気がするんだ」

「ふふ。奇遇ですね。私も、ヴォルトさんに挨拶に行こうと思っていたところです」


ルシアンはニッコリと笑った。

(おそらく、また雷に打たれたいだけだろうが、今はその変態性に感謝しよう)


   ◇


第35階層、黒曜石の神殿。

守護者ヴォルトは、深夜の訪問者である私たちを、玉座から静かに出迎えた。


「……何のようだ。負け犬ども」

「手合わせを願いたい」


私は一歩前に出た。

マダム・ガルドに預けた『白銀の城壁』はない。身に着けているのは、ギルドの訓練用倉庫から借りてきた、一般的な鋼鉄のフルプレートメイルと大盾だ。


「ルシアンは手出し無用だ。……私一人で、貴公に挑みたい」

「ほう。装備も万全でない状態で、我と戦うというのか?」


ヴォルトが黄金の瞳を細めた。

侮蔑ではなく、試すような視線。


「いいだろう。その気概だけは買ってやる」


ヴォルトが立ち上がり、雷槍ランスを構えた。

空気がビリビリと震える。以前戦った時と同じ、圧倒的なプレッシャーだ。


「始めようか。死ぬ気で守ってみせろ」


ドォォォンッ!!


開戦の合図と同時に、ヴォルトの突きが迫った。

速い。

私は盾を構えたが、体が恐怖で強張った。


(防げるか? いや、貫かれる!)


脳裏にフラッシュバックするのは、第50階層での光景。

私の最強の鎧ごと肩を貫かれた、あの激痛と無力感。


ガィィィン!!


「ぐぅッ……!」


なんとか盾で受け止めたが、衝撃で数メートル後退させられた。

普通の鋼鉄の盾では、ヴォルトの一撃を受け流すだけで精一杯だ。


「どうした? 腰が引けているぞ」


ヴォルトの猛攻が続く。

突き、払い、雷撃。

私は防戦一方だった。

『対魔反射』も『循環』も、恐怖で体が縮こまり、うまく発動しない。


(怖い……! 次の一撃で盾が砕かれるかもしれない。鎧が紙のように裂かれるかもしれない!)


負けるイメージばかりが膨らむ。

カイルが吹き飛ばされる映像。リンが倒れる映像。ルシアンが消し炭になる映像。

そして、私が何も守れずに死ぬ未来。


「雑念が多い! それで何を守るつもりだ!」


ヴォルトの一喝と共に、強烈な蹴りが盾を直撃した。

私は吹き飛ばされ、地面を転がった。


「はぁ……はぁ……ッ!」


起き上がろうとするが、足が震えて力が入らない。

恐怖。

騎士としてあるまじき感情。

私は、こんなにも臆病だったのか。


「エレナさん」


リングの外から、ルシアンの声が聞こえた。

彼は腕組みをして、無表情で私を見ていた。


「貴女は何を恐れているのですか?」

「……決まっている! 負けることだ! 守りきれずに、仲間を失うことだ!」

「そうですか。では、その恐怖をよく味わってください」


ルシアンは残酷なことを言った。


「恐怖は、貴女の敵ではありません。貴女の才能です」

「な……?」

「何も感じない鈍感な者に、危機など察知できません。最悪の未来を想像できるからこそ、それを回避するための『盾』が出せるのではありませんか?」


彼の言葉が、冷水を浴びせられたように染み渡った。

恐怖は才能。

想像力。


(そうだ……。私は怖い。仲間が死ぬのが怖い。自分が砕けるのが怖い)


私は震える手で、再び盾を握りしめた。


(だからこそ、私は考える。どこから攻撃が来るか。どうすれば防げるか。どの角度なら衝撃を逃がせるか)


恐怖を消す必要はない。

恐怖を飼い慣らし、研ぎ澄ませ。

臆病なほどの慎重さが、鉄壁を生む。


「……来るぞ」


ヴォルトがトドメの構えを取った。

雷を纏った必殺の刺突。

これを受ければ、今の装備では確実に死ぬ。


(見える……! 槍の軌道、魔力の流れ、インパクトの瞬間……!)


死のイメージが鮮明に見える。

だからこそ、その「死」を回避するルートもまた、鮮明に見えた。


「シッ!!」


私は踏み込んだ。

逃げるのではなく、死の恐怖へ向かって。


ズドンッ!!


ヴォルトの槍が、私の盾の中央を捉えた。

だが、貫通しない。

私はインパクトの瞬間、全身の筋肉と魔力を波立たせ、衝撃を地面へと逃がしたのだ。

さらに、盾の角度を微調整し、槍のベクトルを僅かに逸らす。


「ぬぅッ!?」


ヴォルトの体勢が崩れた。

私はその隙を見逃さず、盾ごと体当たり(シールドバッシュ)を叩き込んだ。


「ここだァッ!!」


ガァァンッ!!


巨体のヴォルトが、たたらを踏んで後退した。

致命傷には程遠い。だが、私は確かに「守りきり」、そして「反撃」した。

安物の盾と鎧で。


「……見事だ」


ヴォルトが槍を下ろし、ニヤリと笑った。


「恐怖に飲み込まれず、それを糧としたか。……良い面構えになったな、騎士よ」

「はぁ……はぁ……。感謝する、ヴォルト殿」


私は膝から崩れ落ちた。

全身が痛い。魔力も空っぽだ。

だが、心にかかっていた霧は晴れていた。


「お疲れ様です、エレナさん。素晴らしい『粘り』でしたよ」


ルシアンが駆け寄り、回復魔法をかけてくれた。


「……ルシアン。貴様のおかげだ」

「いえいえ。私はただ、貴女の素晴らしい悲鳴を聞きたかっただけですので」


相変わらずの変態だが、今はその軽口すら頼もしい。


私は掴みかけていた。

守ることの極意。

恐怖を知り、それを御する心。

今はまだ「つぼみ」に過ぎないかもしれない。

だが、マダムの新しい鎧と、この心の在り方が合わされば――。


「(次は、絶対に防いでみせる)」


私は立ち上がった。

決戦は明日。

カイルの剣、私の盾、リンの影、そしてルシアンの肉体。

全てが揃い、開花する時が来た。


「帰りましょう。……最高の装備を受け取りに」


私たちはヴォルテックスへ向けて歩き出した。

もはや、迷いはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ