表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/102

第85話 師匠の愛と、折れない剣の魂



翌朝。

重い空気を引きずったまま、私たちは定食屋『ベルタ』の暖簾をくぐりました。


「いらっしゃい! ……なんだい、その死に損ないみたいなツラは」


ベルタ婆さんは、厨房で肉を叩きながら、鋭い視線をカイルさんに投げかけました。

カイルさんは、布に包んだ『紅蓮のイグニス・オーバーロード』の残骸をカウンターに置き、力なく項垂れました。


「……すまねえ、師匠。俺、負けたよ」


カイルさんの声は震えていました。


「剣も折れちまった。俺の最強の一撃も、指一本で止められた。……もう、どうすればいいか分からねえ」

「…………」


ベルタ婆さんは包丁を置き、カイルさんの前に歩み寄りました。

そして。


ゴチンッ!!!


「痛っ!?」


強烈な拳骨が、カイルさんの頭に炸裂しました。

あまりの威力に、カイルさんが涙目で頭を押さえます。


「いってぇ! いきなり何すんだよ婆さん!」

「シャキッとしな! 生きてるだろうが!」


ベルタ婆さんは仁王立ちで怒鳴りつけました。


「剣が折れた? 心が折れた? ……それがどうした! 命があるなら、腹は減るだろうが!」


婆さんは再び厨房に戻ると、巨大な皿に山盛りの肉と野菜を盛り付け、ドン! とカウンターに叩きつけました。


「食いな! 腹いっぱい食って、寝て、また立ち上がりゃいいんだよ! 人間なんてのは、その繰り返しさ!」

「婆さん……」

「金はいらないよ。その代わり、残したら承知しないからね!」


湯気を立てる料理。

カイルさんは呆然とそれを見つめ、やがて震える手でフォークを取りました。

一口食べると、彼の目からポロポロと涙がこぼれ落ちました。


「……うめぇ。ちくしょう、うめぇよ……」


カイルさんは泣きながら、それでもガツガツと料理を胃に詰め込みました。

師匠の不器用な優しさが、冷え切った心に染み渡っていくようでした。


   ◇


腹を満たし、少しだけ生気が戻ったカイルさんを連れて、私たちはマダム・ガルドの工房を訪れました。


「……派手にやったわね」


マダムは、粉々になった大剣の破片を見て、悲しげに、しかしどこか誇らしげに呟きました。


「神様相手にここまで使い込んだんなら、コイツも本望でしょうよ」

「すまねえマダム。あんたの最高傑作を……」

「謝るんじゃないわよ。道具は使われてナンボだわ」


マダムは破片を丁寧に集めると、工房の奥へ行きました。

そして、一本の「何か」を引きずって戻ってきました。

それは、布に包まれた長大な物体でした。


「これを見なさい」


マダムが布を取り払うと、そこには一本の**『鉄塊』**が現れました。

装飾も、魔力回路も、洗練された美しさもありません。

ただひたすらに分厚く、黒く、無骨なだけの巨大な剣。


「こ、これは……?」

「『剛剣・断山だんざん』。あのベルタの婆さんが、現役時代に使っていた剣よ」


「師匠の……剣……!?」


カイルさんが息を呑みました。

元Sランク『首狩りベルタ』の愛剣。


「ただのアダマンタイトの塊よ。何のギミックもない。だけどね、この剣は婆さんが引退するまで、一度も刃こぼれすらしなかった」


マダムは愛おしそうに剣を撫でました。


「あの婆さん、昨日アタシのところに来てね。『弟子が戻ってきたら、コレを使ってやってくれ』って置いていったのよ」

「婆さんが……俺のために……?」

「アンタのイグニスは、魔力伝導率を上げるために純度を調整していた。だから脆かった。……でも、コイツは違う」


マダムはニヤリと笑いました。


「純度100%の超圧縮アダマンタイト。魔力なんて通さない頑固者だけど、その代わり、神様が踏んでも折れないわ」

「でも、魔力が通らなきゃ『メテオ・バスター』が撃てねえ」

「だから、混ぜるのよ」


マダムは『イグニス』の破片を指差しました。


「イグニスの残骸(魔力伝導体)を溶かして、この断山の表面にコーティングし、さらに芯材として埋め込む。……バカみたいに手間がかかる作業だけど、成功すれば」


マダムの瞳が、職人の情熱で燃え上がりました。


「**『絶対に折れない強度』と『最強の魔力伝導』**を併せ持つ、化け物みたいな剣が生まれるわ」

「……!」


カイルさんが震える手で、師匠の剣『断山』に触れました。

冷たく、重い。

ですが、そこには師匠が積み重ねてきた数多の戦いの記憶と、弟子への想いが詰まっていました。


「……頼む、マダム。やってくれ」


カイルさんは顔を上げました。

その瞳には、昨日までの絶望はありません。


「俺はもう一度立つ。師匠の剣と、俺たちの剣……二つを背負って、あの雷神に挑む!」

「いい顔になったじゃない。……任せなさい! アタシとミントの全技術を注ぎ込んで、神殺しの剣に仕立て上げてやるわ!」


カンカンカン!!

工房に、再び希望の音が響き始めました。

折れた剣は、より強く生まれ変わるために。

そして折れた心もまた、師匠の愛によって熱く繋ぎ直されたのです。


「(ふふ。いいですね、熱血展開。……私も負けていられません)」


私は密かに決意しました。

カイルさんが最強の矛を手に入れるなら、私は最強の盾(肉壁)として、その一撃を届けるための道を切り開かねばなりません。


決戦は3日後。

私たちは、止まっていた時間を再び動かし始めました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ