第85話 師匠の愛と、折れない剣の魂
翌朝。
重い空気を引きずったまま、私たちは定食屋『ベルタ』の暖簾をくぐりました。
「いらっしゃい! ……なんだい、その死に損ないみたいなツラは」
ベルタ婆さんは、厨房で肉を叩きながら、鋭い視線をカイルさんに投げかけました。
カイルさんは、布に包んだ『紅蓮のイグニス・オーバーロード』の残骸をカウンターに置き、力なく項垂れました。
「……すまねえ、師匠。俺、負けたよ」
カイルさんの声は震えていました。
「剣も折れちまった。俺の最強の一撃も、指一本で止められた。……もう、どうすればいいか分からねえ」
「…………」
ベルタ婆さんは包丁を置き、カイルさんの前に歩み寄りました。
そして。
ゴチンッ!!!
「痛っ!?」
強烈な拳骨が、カイルさんの頭に炸裂しました。
あまりの威力に、カイルさんが涙目で頭を押さえます。
「いってぇ! いきなり何すんだよ婆さん!」
「シャキッとしな! 生きてるだろうが!」
ベルタ婆さんは仁王立ちで怒鳴りつけました。
「剣が折れた? 心が折れた? ……それがどうした! 命があるなら、腹は減るだろうが!」
婆さんは再び厨房に戻ると、巨大な皿に山盛りの肉と野菜を盛り付け、ドン! とカウンターに叩きつけました。
「食いな! 腹いっぱい食って、寝て、また立ち上がりゃいいんだよ! 人間なんてのは、その繰り返しさ!」
「婆さん……」
「金はいらないよ。その代わり、残したら承知しないからね!」
湯気を立てる料理。
カイルさんは呆然とそれを見つめ、やがて震える手でフォークを取りました。
一口食べると、彼の目からポロポロと涙がこぼれ落ちました。
「……うめぇ。ちくしょう、うめぇよ……」
カイルさんは泣きながら、それでもガツガツと料理を胃に詰め込みました。
師匠の不器用な優しさが、冷え切った心に染み渡っていくようでした。
◇
腹を満たし、少しだけ生気が戻ったカイルさんを連れて、私たちはマダム・ガルドの工房を訪れました。
「……派手にやったわね」
マダムは、粉々になった大剣の破片を見て、悲しげに、しかしどこか誇らしげに呟きました。
「神様相手にここまで使い込んだんなら、コイツも本望でしょうよ」
「すまねえマダム。あんたの最高傑作を……」
「謝るんじゃないわよ。道具は使われてナンボだわ」
マダムは破片を丁寧に集めると、工房の奥へ行きました。
そして、一本の「何か」を引きずって戻ってきました。
それは、布に包まれた長大な物体でした。
「これを見なさい」
マダムが布を取り払うと、そこには一本の**『鉄塊』**が現れました。
装飾も、魔力回路も、洗練された美しさもありません。
ただひたすらに分厚く、黒く、無骨なだけの巨大な剣。
「こ、これは……?」
「『剛剣・断山』。あのベルタの婆さんが、現役時代に使っていた剣よ」
「師匠の……剣……!?」
カイルさんが息を呑みました。
元Sランク『首狩りベルタ』の愛剣。
「ただのアダマンタイトの塊よ。何のギミックもない。だけどね、この剣は婆さんが引退するまで、一度も刃こぼれすらしなかった」
マダムは愛おしそうに剣を撫でました。
「あの婆さん、昨日アタシのところに来てね。『弟子が戻ってきたら、コレを使ってやってくれ』って置いていったのよ」
「婆さんが……俺のために……?」
「アンタの剣は、魔力伝導率を上げるために純度を調整していた。だから脆かった。……でも、コイツは違う」
マダムはニヤリと笑いました。
「純度100%の超圧縮アダマンタイト。魔力なんて通さない頑固者だけど、その代わり、神様が踏んでも折れないわ」
「でも、魔力が通らなきゃ『メテオ・バスター』が撃てねえ」
「だから、混ぜるのよ」
マダムは『イグニス』の破片を指差しました。
「イグニスの残骸(魔力伝導体)を溶かして、この断山の表面にコーティングし、さらに芯材として埋め込む。……バカみたいに手間がかかる作業だけど、成功すれば」
マダムの瞳が、職人の情熱で燃え上がりました。
「**『絶対に折れない強度』と『最強の魔力伝導』**を併せ持つ、化け物みたいな剣が生まれるわ」
「……!」
カイルさんが震える手で、師匠の剣『断山』に触れました。
冷たく、重い。
ですが、そこには師匠が積み重ねてきた数多の戦いの記憶と、弟子への想いが詰まっていました。
「……頼む、マダム。やってくれ」
カイルさんは顔を上げました。
その瞳には、昨日までの絶望はありません。
「俺はもう一度立つ。師匠の剣と、俺たちの剣……二つを背負って、あの雷神に挑む!」
「いい顔になったじゃない。……任せなさい! アタシとミントの全技術を注ぎ込んで、神殺しの剣に仕立て上げてやるわ!」
カンカンカン!!
工房に、再び希望の音が響き始めました。
折れた剣は、より強く生まれ変わるために。
そして折れた心もまた、師匠の愛によって熱く繋ぎ直されたのです。
「(ふふ。いいですね、熱血展開。……私も負けていられません)」
私は密かに決意しました。
カイルさんが最強の矛を手に入れるなら、私は最強の盾(肉壁)として、その一撃を届けるための道を切り開かねばなりません。
決戦は3日後。
私たちは、止まっていた時間を再び動かし始めました。




