第83話 雷神は玉座より動かず、希望は光の中で蒸発する
第49階層の泥人形を突破した私たちは、ついに最後の扉の前に立ちました。
この先は第50階層。神域の頂点。
マダム・ガルドが夢見た『雷神の心臓』が眠る場所。
「……行くぞ。準備はいいな?」
カイルさんが大剣『紅蓮のイグニス・オーバーロード』の柄を強く握りしめます。
私、エレナさん、リンさん、そしてジュジュ。
全員が頷き、カイルさんが重厚な扉を押し開けました。
ゴゴゴゴゴゴ……
開かれた扉の向こう。
そこは、塔の中とは思えないほど静謐な空間でした。
天井はなく、頭上には渦巻く雷雲と、そこから降り注ぐ無数の稲妻。
床は雷雲そのものでできており、歩くたびにパチパチと火花が散ります。
そして、その中心。
雷光で編まれた玉座に、**「それ」**は座っていました。
身長5メートル。
青白い雷そのものが人の形を成し、神々しい黄金の鎧を纏った巨人。
手には何も持っていません。
ただ、その存在だけで空間が歪み、空気が悲鳴を上げているのが分かります。
塔の主、『雷神の化身』。
「……人間か」
化身が口を開くと、雷鳴のような轟音が響き渡りました。
「久しいな。此処まで辿り着いた羽虫を見るのは、数百年ぶりか」
化身は玉座から動こうともせず、頬杖をついたまま私たちを見下ろしました。
侮蔑ですらありません。
人間が蟻を見る時、感情を抱かないのと同じ。
圧倒的な「格」の差。
「(……ッ! 息が止まりそうです。プレッシャーだけで骨が軋むなんて……!)」
私の本能が警鐘を鳴らしています。
これは戦っていい相手ではない。災害だ、と。
ですが、ここで引くわけにはいきません。
「挨拶は不要だ! 行くぞォッ!!」
カイルさんが叫びました。
様子見などしません。相手は神話級の怪物。
最初からクライマックスでなければ、傷一つつけられないことを理解しているからです。
「プランS(初手全力)だ! 合わせろ!!」
私のチョーカーを最大出力にし、ジュジュが私の魔力を吸い上げます。
同時に、私は自らの腕をナイフで裂き、大量の血と共に魔力を暴走させました。
「『被虐の聖域』・限界駆動ッ!!」
カッッッ!!!
私の体から放たれた光が、仲間たちを包み込みます。
治癒と身体強化の超絶バフ。
カイルさんたちの筋力、敏捷性、魔力が数倍に跳ね上がります。
「リン! 視界を奪え!」
「はいッ! 光よ!」
リンさんが『暗殺者の短剣』を掲げました。
第48階層で覚醒した光集束技術。
周囲の雷光を刃に集め、フラッシュバンの数百倍の閃光を放ちます。
「目眩し……小賢しい」
化身が僅かに目を細めました。
その一瞬の隙。
「もらったァッ!」
エレナさんが『白銀の城壁』の魔力循環を全開にし、音速で突っ込みました。
盾を構えた体当たり。
ですが、ただのタックルではありません。
第47階層で武神像を砕いた、衝撃変換カウンターの応用。
「『金剛・粉砕撃』!!」
エレナさんのガントレットが、化身の胸板に直撃しました。
城門すら吹き飛ばす衝撃。
ドォォォォンッ!!
化身の体がわずかに揺らぎました。
しかし、仰け反りもしません。
黄金の鎧には、傷一つつきません。
「硬い……ッ!?」
「退けエレナ! 本命が来る!」
エレナさんが即座に離脱します。
その背後から、空へと跳躍していたカイルさんが降ってきました。
大剣『紅蓮のイグニス』は、赤熱し、空間を焦がすほどの魔力を纏っています。
ベルタ師匠の『脱力』と、私の『聖域』によるバフ、そしてマダムの『パイルバンカー』機構。
全てを乗せた、ブレイク・スルー最強の一撃。
「喰らえぇぇぇッ! 『流星・落牙』・最大出力ッ!!!」
カイルさんが振り下ろしました。
大剣が化身の脳天に迫ります。
この一撃は、第36階層の熾天使像すら一撃で葬り去った威力。
当たれば、神とて無事では済まないはず。
ガィィィィンッ!!!
凄まじい衝撃音が響き、雷光と爆風が吹き荒れました。
私たちは爆風に耐えながら、結果を見守ります。
煙が晴れ、視界が開けました。
「……嘘、だろ……?」
カイルさんの絶望に染まった声が響きました。
そこには、無傷の化身の姿がありました。
玉座から立ち上がってすらいません。
ただ、右手を軽く上げていただけ。
カイルさんの『流星・落牙』は、化身の**「人差し指と親指」**によって、軽く摘まれて止められていたのです。
「な……ッ!?」
「……軽いな」
化身がつまらなそうに呟きました。
「これが貴様らの全力か? 蚊が止まったかと思ったぞ」
パキンッ。
乾いた音がしました。
化身が指に力を入れただけで、マダム・ガルドの最高傑作、アダマンタイト製の『紅蓮のイグニス』の刀身に、亀裂が走ったのです。
「俺の……剣が……!」
「遊びは終わりだ」
化身が指を弾きました(デコピン)。
カイルさんの大剣の腹を、軽く弾く動作。
ズドォォォォォォンッ!!!!!
「がはぁッ!?」
たったそれだけで、カイルさんは砲弾のように吹き飛び、はるか後方の壁(雷雲の壁)まで叩きつけられました。
大剣は粉々に砕け散り、カイルさんは血反吐を吐いて動かなくなりました。
「カイル!!」
「カイル様!」
エレナさんとリンさんが駆け寄ろうとしますが、化身の威圧感に足が竦みます。
「さて……。掃除の時間だ」
化身が初めて玉座から立ち上がりました。
その瞬間、絶望的な質量の魔力が、部屋全体を圧迫しました。
重力が倍になったかのような重み。
勝てない。
次元が違う。
私たちの全力は、神の指先一つにすら届かなかった。
「あ、あ……」
私は震える足で立ち尽くしました。
被弾? 快楽?
そんな余裕はありません。
これは処刑です。一方的な、慈悲なき蹂躙の始まりでした。




