第82話 学習する神の泥人形、模倣してはいけない「禁断の思考」
「……何もないな」
第49階層。
そこは、果てしなく広がる真っ白なキャンバスのような空間でした。
床も壁もなく、ただ白い地面が地平線の彼方まで続いているだけ。
魔物の気配も、罠の気配もありません。
「最後の砦にしては、殺風景ですね」
「油断するな。何もないということは、何でもありということだ」
エレナさんが盾を構え、慎重に進みます。
その時、空間の中央に、ポツンと置かれている「それ」を見つけました。
人の形をした、灰色の泥人形。
目鼻はなく、のっぺらぼうの顔。
サイズは人間と同じくらいですが、ピクリとも動きません。
第49階層の主、『千変の神粘土』。
「……なんだありゃ? 敵か?」
カイルさんが大剣の切っ先で、泥人形をツンツンとつつきました。
瞬間。
泥人形の表面が波打ち、瞬く間に変形しました。
ドロリ……ガシャンッ!
泥が硬質化し、黄金の肌と隆起した筋肉を持つ巨人の姿を形成しました。
第47階層で死闘を繰り広げた、あの『金剛の武神像』です。
「なっ……!?」
武神像は無言のまま踏み込み、カイルさんの懐に入り込みました。
そして、ゼロ距離からの掌底――浸透勁を放ちます。
ドゴォッ!!
「がはっ……!?」
カイルさんが吹き飛び、地面を転がります。
本物と変わらない威力。鎧の上から中身を破壊する衝撃。
「カイル! 大丈夫か!」
エレナさんが盾を構えて助けに入ります。
すると、泥人形は再び形を変えました。
今度は、中身のない鎧と透明な剣を持つ姿――第46階層の『虚空の剣聖』へ。
「剣聖だと!?」
剣聖は剣を振るいました。
距離を無視した空間切断。
ザンッ!!
「ぐぅッ!」
エレナさんが『対魔反射』で防ぎますが、衝撃で大きく後退させられます。
遠距離からは空間斬撃、接近すれば武神の拳。
「リン! 魔法で牽制を!」
「はい!」
リンさんが爆破の魔石を投げつけました。
しかし、泥人形はまたしても変形しました。
背中に雷光の翼を生やした竜の騎士――第35階層の『雷轟の竜戦士』へ。
「我ガ守リハ鉄壁」
竜戦士が雷の障壁を展開し、爆発を無効化しました。
そして、カウンターの雷撃を放ってきます。
バチヂヂヂッ!!
「きゃあっ!?」
リンさんが回避しますが、追撃が速い。
三位一体。
これまでに私たちが苦戦し、乗り越えてきた強敵たちの姿と能力を、状況に応じて完璧に使い分けてくるのです。
「遠距離は剣聖、中距離は竜戦士、近距離は武神……! 隙がねえ!」
「全部乗せかよ! 反則だろこんなの!」
カイルさんとエレナさんが絶望的な顔をします。
それぞれのボス単体でも死闘だったのに、それらを自在にスイッチしてくる相手。
対応しようと近づけば武神に殴られ、離れれば空間ごと斬られ、魔法は雷で相殺される。
「学習していますね……。この塔で敗れた強者たちのデータを記録し、再現しているようです」
私は分析しました。
あいつは「最強の戦術」を常に選択し続けている。
戦えば戦うほど、手札の多さに押しつぶされる。
「どうする!? このままじゃジリ貧だ!」
「攻撃が通じない! 全て対応される!」
カイルさんとエレナさんが追い詰められていきます。
私たちの全ての「強さ」を知り尽くし、それ以上の手札で封殺してくる怪物。
これを倒す手段など――。
「ありますよ」
私が前に出ました。
スライムローブをなびかせ、チョーカーを最大出力にします。
「ルシアン? お前の耐久力じゃ、ただのサンドバッグになるだけだぞ!」
「ええ。ですが、あいつは『学習』するのでしょう?」
私はニヤリと笑いました。
「なら、『私』を学習させてあげましょう」
私は泥人形に向かって両手を広げ、ノーガードで歩み寄りました。
「さあ、神の泥人形さん! 過去のデータばかり参照していないで、目の前の『未知』を見なさい! 私の肉体、私の魔力、そして私の**『精神構造』**を!」
泥人形が私を見ました。
解析開始。
私の異常な再生能力、膨大な魔力量、そして攻撃をあえて受けるという行動パターン。
それは、過去のどのデータにもない異質なもの。
「解析……解析……」
泥人形の体が波打ち、私の姿――黒いローブの美少年へと変化しました。
偽ルシアンの完成です。
ですが、ただのコピーではありません。
背中には竜戦士の雷の翼、手には剣聖の透明な剣、そして肉体は武神の金剛。
私の再生能力をベースに、歴代ボスの最強能力を全部乗せしたキメラ。
「よし! 今です! 全員で攻撃してください!」
「はぁ!? お前(の偽物)を殴れってのか!?」
「そうです! 遠慮なく! 全力で!」
カイルさんたちは困惑しながらも、私の指示に従って偽ルシアンに攻撃を仕掛けました。
大剣、ハルバード、魔法。
必殺のフルコースが、偽ルシアンに直撃します。
ドゴォォォンッ!!!
偽ルシアンは吹き飛び、壁に叩きつけられました。
土煙が晴れると、そこには――。
「……無傷、だと?」
カイルさんが絶句しました。
偽ルシアンの体は、傷一つなく再生していました。
それどころか、受けたダメージを魔力に変換し、さらにプレッシャーを増しています。
「解析完了。再生能力、並ビニ苦痛ノ魔力変換効率、最適化」
偽ルシアンが無機質に告げました。
「なっ……!?」
「ま、マズイですね」
私は冷や汗を流しました。
泥人形は、私の「超速自己再生」と「被虐の聖域(の原理)」を完璧にコピーしてしまったのです。
つまり、殴れば殴るほど回復し、強くなる不死身の怪物が誕生してしまいました。
「余計なことしやがって! 倒せなくなったじゃねえか!」
「私の再生力に、歴代ボスの攻撃性能……。これ、詰んでませんか?」
偽ルシアンが手をかざしました。
空間切断の構え。
ザンッ!!
「ぐわぁっ!?」
回避不能の斬撃がカイルさんを襲います。
さらに、エレナさんには浸透勁の拳、リンさんには追尾する雷撃。
攻撃しても再生され、放置すれば殺される。
正真正銘の「悪手」でした。
「あはは……。私、敵に塩を送るどころか、敵を神にしてしまいましたね」
「笑い事か!!」
絶体絶命。
最強のスペックを持った偽ルシアンが、トドメを刺そうと近づいてきます。
しかし。
その動きが、不意に止まりました。
「……エラー。エラー。矛盾ヲ検知」
偽ルシアンが頭を抱えて震え始めました。
AIが導き出す「戦闘の最適解(勝ちたい)」と、私の肉体が叫ぶ「本能的欲求(殴られたい)」が真っ向から対立したのです。
「攻撃ヲ……回避……イイエ、受ケ入レル……? 痛ミハ……快楽……?」
偽ルシアンの顔が、苦悶と恍惚の入り混じった、非常に気持ち悪い表情に歪んでいきます。
「エラー。……イイエ、解ヲ発見」
偽ルシアンの震えが止まりました。
AIが導き出した答え。それは、私の狂気を否定することではありませんでした。
「被弾ハ……魔力変換ノ効率ヲ最大化スル。痛ミヲ受ケ入レルコトデ……出力ハ無限ニ上昇スル」
偽ルシアンが顔を上げました。
その瞳には、もはや迷いはありません。あるのは、私と同じ……いいえ、私以上に純化された「被弾への渇望」と「勝利への執着」。
「回避ハ不要。防御モ不要。全テ受ケ止メ、全テヲ力ニ変エル……コレコソガ、最適解!」
「なっ……!? バグりやがった!」
カイルさんが叫びます。
偽ルシアンは両手を広げ、ノーガードで突っ込んできました。
カイルさんの斬撃を真正面から受け、傷口から溢れる魔力をそのまま攻撃に転用してカウンターを放ちます。
「ガアアアッ!!」
「ぐわっ!?」
カイルさんが吹き飛ばされます。
殴れば殴るほど強くなる。しかも、躊躇なく突っ込んでくる。
「(マズいですね……。私の戦法を、AIの演算能力で完璧に使いこなしています)」
ですが、弱点も生まれました。
「回避しない」ということは、どんな攻撃も当たるということ。
「カイルさん! チャージです! あいつはもう避けません!」
私は叫びました。
「最大火力の『流星・落牙』なら、再生する間もなく消し飛ばせます!」
「だ、だが、あんな暴走機関車を前にしてチャージなんかしてたら……!」
「私が止めます!」
私はカイルさんの前に立ち、スライムローブを広げました。
「本物の『タンク』の意地、見せてあげますよ! 偽物ごときに、私の定位置は譲りません!」
「私を忘れるなッ!」
私の隣に、ボロボロのエレナさんが並びました。
盾はひしゃげ、鎧もヒビだらけですが、その瞳は燃えています。
「カイルを守るのがタンクの役目だ! 貴様一人にいい恰好はさせんぞ!」
「エレナさん……! ふふ、では二人で受け止めましょう!」
「……わかった! 信じるぜ二人とも!」
カイルさんが大剣を構え、魔力を練り始めます。
偽ルシアンがそれに気づき、標的をカイルさんに定めました。
「脅威ヲ排除。邪魔ヲスルナァッ!!」
偽ルシアンが、竜戦士の雷と武神の拳、そして剣聖の斬撃を複合したデタラメな攻撃を放ってきます。
全てを受け止めるのは自殺行為。
ですが。
「させませんよおおおッ!!」
「通さんッ!!」
私はチョーカーを限界突破させ、エレナさんは『白銀の城壁』に全魔力を注ぎ込みました。
私は肉の壁となり、エレナさんは鋼の壁となり。
二重の防壁が、偽ルシアンの猛攻を受け止めます。
ドガガガガガガガガッ!!!
「あぐっ、ぎゃあああ! 痛い! でも最高です!」
「ぐぅぅぅッ! 重い……だが、耐えられるッ!」
肉が飛び、骨が砕ける私。
鎧が軋み、衝撃が内臓を揺らすエレナさん。
二人のタンクが、カイルさんへの道を死守しました。
「ルシアン! エレナ! どけぇぇぇッ!!」
準備完了。
カイルさんの大剣が、太陽のように輝いています。
「消え失せろ! 『流星・落牙』ッ!!」
ズゴオォォォォォォォォォンッ!!!
カイルさんの全力の一撃が、無防備な偽ルシアンを直撃しました。
回避を捨てたAIは、その破壊力の前に成す術もありません。
再生能力を上回る熱量と質量が、泥人形を原子レベルまで粉砕しました。
「……勝った、のか?」
カイルさんが荒い息を吐きながら剣を下ろします。
私はボロボロの体(再生中)で、サムズアップを返しました。
「ええ。私たちの勝ち(精神的勝利)です。偽物は所詮、痛みを『手段』としてしか見ていませんでしたから」
「手段で十分だろ……」
ともあれ、最後の砦は突破しました。
目の前には、最後の扉。
第50階層への階段が続いています。
「行きましょう。次こそ本当の最後。……『雷神の心臓』と、この塔の真実が待っています」
私たちは一度呼吸を整え、神域の頂点へと足を踏み出しました。




