第81話 影なき世界、行き場を失った暗殺者の焦燥(後編)
「キィィィィィン……」
『輝ける虚像』が再び輝き始めました。
第二波の全方位レーザー攻撃。
カイルさんとエレナさんは満身創痍。私は再生中で動けません。
そしてリンさんは、絶望に押しつぶされそうになっていました。
「(私のせいで……エレナ様が傷ついた……)」
彼女の手の中で、空になった魔石が砕け散ります。
魔法が使えない。影もない。
自分には何もない。
「(欲しい……力が……! 誰にも負けない、私だけの力が……!)」
リンさんの視界が歪みます。
降り注ぐ光。その全てが憎い。
憎くて、憎くて、そして――羨ましい。
「(あの光があれば……影が消えるほどの輝きがあれば、エレナ様を守れるのに)」
彼女の歪んだ愛執が、極限状態で魔力回路を変質させました。
彼女には魔法の才能はありません。
ですが、彼女には**「盗む」**才能がありました。
ヴォルグ団長の雷魔法を見ただけで模倣したように。
今、目の前にある「光」の理屈を、彼女の目は無意識に解析し、盗もうとしていたのです。
「排除シマス」
ファントムが光を放ちました。
死の閃光が迫ります。
「リンッ!!」
エレナさんが再び盾になろうとします。
ですが、それより早く、リンさんが動きました。
彼女は逃げるのではなく、光に向かって手を伸ばしました。
「(光よ……。私に従え)」
彼女の手には、何もありません。
魔石も、杖も。
あるのは、マダム・ガルドが強化した『暗殺者の短剣』のみ。
その刀身は、鏡のように磨き上げられていました。
パァンッ!!
閃光が弾かれました。
エレナさんの盾ではありません。
リンさんの短剣が、光を反射したのです。
「なっ……!?」
「リン!?」
驚く私たちをよそに、リンさんはゆらりと立ち上がりました。
その瞳は、ファントムと同じように無機質に輝いていました。
「……理解しました」
リンさんが短剣を構えます。
周囲の鏡面結晶が放つ光が、吸い込まれるように短剣に集まっていきます。
「影がないなら、作ればいい。光が強すぎるなら、それを奪えばいい」
彼女は、手にした短剣の「異常なまでの反射率」に気づいていました。
マダムが施した黄金コーティングは、単なる装飾ではありません。周囲のあらゆる光――魔法の輝きから、わずかな環境光に至るまで――を捕らえ、逃さず、刃の上に留める性質を持っていたのです。
魔法の理屈は彼女にはわかりません。ですが、「集める」ことなら誰よりも得意です。エレナ様の情報を集めるように、視線を、意識を、そして光を一点に集中させる。
彼女は虫眼鏡で太陽光を焦がすように、周囲に散乱する光エネルギーを物理的に刃の一点へ収束させ始めました。
「光よ。私の影となりなさい」
シュウウウウウ……ッ!
空間の光量が落ちていきます。
逆に、リンさんの短剣は、太陽のように輝き始めました。
彼女の足元に、濃い「影」が生まれます。
強烈な光源(自分)が生み出した、最強の影。
「行くぞ、ファントム!」
リンさんが影に沈みました。
『影渡りのブーツ』の能力発動。
彼女は自分の影を通り道にして、光速で移動しました。
「消エタ!?」
ファントムが動揺します。
光だけの世界に、突如として生まれた異物。
リンさんはファントムの死角――「光の裏側」から飛び出しました。
「お返しします」
ズバァッ!!
リンさんが短剣を振るうと、吸収していた光エネルギーが斬撃となって放たれました。
『光影一閃』。
光魔法と暗殺術が融合した、彼女だけのオリジナル魔法(物理)。
「ギィィィッ!?」
ファントムの体が切り裂かれます。
光でできた体は物理無効のはずですが、同じ光属性の、しかも高密度のエネルギー干渉には耐えられません。
「(効く……! これなら!)」
リンさんは止まりません。
再び影に潜り、別の角度から出現。
斬りつけ、光を奪い、影を作る。
その影を利用して、さらに加速する。
「速い……! さっきまでと別人の動きだ!」
カイルさんが驚愕します。
光と影が高速で明滅し、リンさんの姿はもはや残像すら見えません。
一方的な蹂躙。
「排除……不能……! 解析……不能……!」
ファントムが混乱し、レーザーを乱射します。
ですが、その光すらもリンさんは短剣で吸収し、自分の力に変えていきます。
「貴方の光は、もう私のものです」
リンさんがファントムの頭上に現れました。
短剣には、限界まで圧縮された光が宿っています。
「エレナ様の敵は……光だろうと闇に葬る!」
ズドンッ!!!
脳天への一撃。
短剣がファントムの核を貫き、内側から光を爆発させました。
パァァァァァァァァンッ!!!!
まばゆい閃光と共に、ファントムは霧散しました。
周囲の鏡面結晶も砕け散り、第48階層に静寂が戻ります。
「……終わりました」
リンさんが着地し、短剣を納めました。
その顔色は蒼白で、魔力切れ寸前でしたが、瞳には確かな自信が宿っていました。
「リン……!」
エレナさんが駆け寄り、リンさんを抱きしめました。
「見事だ! あの光の巨人を、一人で倒すとは!」
「エレナ様……。私、役に立ちましたか?」
「ああ! 最高の活躍だったぞ!」
リンさんが幸せそうに微笑み、そのままエレナさんの腕の中で気絶しました。
限界を超えた魔力操作の反動でしょう。
「やれやれ。とんでもない化け物が覚醒しましたね」
私は再生した体で(服はボロボロですが)近づきました。
カイルさんも苦笑いしています。
「敵の力を利用して、自分の土俵に引きずり込むとはな。……あいつ、俺たちの中で一番タチが悪いかもしれん」
第48階層、突破。
リンさんの覚醒により、私たちはまた一つ、壁を超えました。
「残り2階層。……いよいよですね」
私たちは気絶したリンさんをエレナさんが背負い、次の扉へと向かいました。
神域の最深部。
そこには、想像を絶する試練が待っているはずです。




