第79話 壊れた傑作と、師弟が奏でる鍛冶の音色
「……アンタたち、一体何と喧嘩してきたの?」
城塞都市ヴォルテックス、天才魔導具工房(マダム占拠中)。
作業台の上に並べられたボロボロの装備を見て、マダムは愛用のハンマーを取り落としそうになりました。
特にエレナさんの『白銀の城壁』の惨状は凄まじいものでした。
右手のガントレットは粉砕され、胸甲には巨大な拳の跡がめり込み、全身に亀裂が走っています。
アダマンタイト製の最高傑作が、鉄屑寸前です。
「第47階層の『金剛の武神像』です。素手で殴り合いました」
「素手で……? この鎧を着て、さらに魔力防御をして、それでもここまで壊されたっていうの?」
マダムは震える手で、ひしゃげたガントレットを撫でました。
怒りではありません。
それは、自分の作品が極限まで使い倒され、持ち主を守り抜いて壊れたことへの、職人としての感動でした。
「よくぞ……よくぞ耐え抜いたわね。アタシの可愛い子(鎧)たちが、アンタたちの命を繋いだんだ」
マダムは涙を拭い、ニカっと笑いました。
「いいわ! 合格よ! ここまで使い込んでくれるなら、職人冥利に尽きるってものよ!」
「直せますか、マダム?」
「愚問ね。直すだけじゃないわ。……コイツを使って、さらに『上』へ進化させるのよ」
私が差し出した袋から、眩い黄金の輝きが溢れ出しました。
武神像の残骸、**『金剛の欠片』**です。
「こ、これは……オリハルコン!? いや、それ以上に純度が高い神代の金属だわ……!」
マダムが息を呑みます。
アダマンタイトすら凌駕する硬度と、無限の魔力容量を持つ幻の素材。
「……ダメね。これだけの素材、アタシの腕(鍛冶)だけじゃ活かしきれない。ただ硬くするだけじゃ、武神の拳には勝てないわ」
マダムは真剣な顔で、工房の奥に向かって怒鳴りました。
「おいミント! いつのまでサボってんのよ! 出てきなさい!」
「ひゃいっ!?」
工房の隅のガラクタ山が崩れ、アフロヘアの少女が飛び出してきました。
ミントさんです。
「もう……師匠ってば声が大きいよぉ。ていうか、ここボクの店なんだけど? なんで居候の師匠に我が物顔でアゴで使われなきゃいけないのさ……」
ミントさんが口を尖らせて不満を漏らします。
確かに、ここはミントさんの城。
ですが、数ヶ月前に転がり込んできたマダムによって、工房の一等地は完全に制圧されていました。
「細かいことは気にすんじゃないよ! 家賃代わりに技術を見せてやるって言っただろうが」
「それはそうだけどぉ……ボクだって自分の研究が……」
「四の五の言わない! ほら、これを見な!」
マダムは黄金の欠片をミントさんに放り投げました。
「わっ、とと……って、え?」
ミントさんが欠片を受け取った瞬間、その表情が一変しました。
不満げだった顔が、驚愕と興奮に染まっていきます。
「この輝き、ありえない魔力伝導率……! 師匠、これってまさか……!」
「ああ、神代の金属さ。……どうだい? この素材を見て、アンタの魔導具師としての心は踊らないのかい?」
マダムがニヤリと笑うと、ミントさんはゴクリと喉を鳴らし、ゴーグルを装着しました。
その目は、完全に「職人」の目になっていました。
「……踊るに決まってるじゃん! やるよ! やらせてよ師匠! これで永久機関だって作れそうだよ!」
天才魔導具技師、陥落。
最強の鍛冶師と弟子のタッグ結成です。
「いい? 狙いは『衝撃の変換』よ。受けたダメージを魔力に変えて、出力に転用する回路を組みなさい」
「了解! でも師匠、この硬度だと普通の炉じゃ溶けないよ?」
「だからアンタの『プラズマ・バーナー』を使うんでしょ! 火力最大! 炉が溶けても構わないわ!」
カンカンカン! ギュイイイイーン!!
ハンマーの音と、魔導具の駆動音が重なり合い、工房が熱気と火花に包まれます。
二人は口汚く罵り合いながらも、息の合った連携で黄金の金属を形に変えていきます。
「そこ! 魔力密度が甘い!」
「うるさいなぁクソババア! 今調整してるってば!」
「口答えするんじゃないわよクソガキ! ……いいわ、その角度よ!」
私たちはその光景を、ただ圧倒されて見守っていました。
職人たちの戦争。
それは、私たちの戦いに劣らぬほどの熱量でした。
そして、丸二日後。
「……できたわ」
「……完成だね」
煤だらけになったマダムとミントさんが、満足げな顔で作業台を指差しました。
そこには、神々しいまでに生まれ変わった装備たちが並んでいました。
まずは、エレナさんの新しいガントレット。
白銀のアダマンタイトをベースに、黄金の装飾が施された美しい篭手。
『金剛の聖篭手』。
「衝撃変換機能付きだ。受けた打撃エネルギーを魔力に変換し、次の攻撃に乗せる。……殴られれば殴られるほど強くなる、アンタ好みの仕様よ」
「素晴らしい……! これなら、殴り合いでも負けん!」
次に、カイルさんの大剣。
刀身の中央に黄金のラインが走り、グリップ部分には魔導シリンダーのような機構が追加されています。
『紅蓮のイグニス・オーバーロード』。
「排熱機構を強化した。チャージ中の魔力暴走を防ぎつつ、インパクトの瞬間に爆発的な加速を加える『パイルバンカー』機能をつけたわ」
「パイルバンカー!? 男のロマンじゃねえか!」
カイルさんが目を輝かせます。
そして、リンさんの短剣とブーツにも、黄金の粒子がコーティングされ、ステルス性能と切れ味が強化されました。
「それと、そこのチビちゃんにもプレゼントよ」
マダムが手招きすると、ジュジュが私の肩から作業台へと飛び乗りました。
そこには、小さな小さな首輪――いいえ、可愛らしい**『リボン』**が置かれていました。
黄金の糸で織られ、中央には余った金剛の欠片が宝石のように輝いています。
「**『聖獣のタリスマン』**だ。ボクが回路を組んで、師匠が織り上げたんだよ」
ミントさんが鼻の下をこすりました。
「ルシアン君からの魔力供給を最適化するコンバーター機能付きさ。これがあれば、急激な魔力吸収でオーバーヒートすることなく、安定して高出力魔法を撃てるようになる」
「キュイッ!?(マジで!?)」
ジュジュが目を輝かせ、器用にリボンを首に巻きました。
似合っています。白毛に黄金が映えて、さらに高貴な聖獣に見えます(中身はただの食いしん坊ですが)。
「キュキュ〜ッ!(強そう! 気に入った!)」
ジュジュは尻尾を振って喜びを表現しました。
「で、私のは?」
「アンタのローブは素材がないから修理だけよ。その代わり……」
マダムは、私のチョーカーを指差しました。
そこには、小さな黄金の鈴が追加されていました。
「『魔除けの鈴』……の逆よ。鳴らすと、特定の周波数で魔物の神経を逆撫でする音波が出る。フェロモンと合わせれば、塔中の魔物がアンタに殺到するわ」
「最高です!!」
物理と魔法。
二つの才能が融合し、『ブレイク・スルー』の装備は神域仕様へとアップデートされました。
「行きなさい! これで負けたら、アタシが許さないわよ!」
「師匠との最高傑作、壊さないでよね!」
師弟の激励を受け、私たちは新たな力を手にしました。
残り3階層。
神域の最深部へ向けて、最後の進撃が始まります。




