第78話 千の拳、一の盾、そして砕け散る神の像
「オオオオオオオッ!!」
『金剛の武神像』の咆哮と共に、背中から展開された魔力の腕が一斉に襲いかかってきました。
その数、百……いや、千。
黄金の拳の雨が、視界を埋め尽くします。
「くっ、数が多いッ!」
カイルさんが大剣を振り回し、迫りくる拳を弾きますが、迎撃が追いつきません。
一発一発が岩盤を砕く威力。それを絶え間なく連打してくるのです。
「危ない、カイル!」
「ぐわっ!?」
防御の隙間を抜け、拳の一撃がカイルさんの横腹を捉えました。
『白銀の城壁』に匹敵する強度を持つ武神の拳は、カイルさんを軽々と吹き飛ばします。
「リンさん、下がってください! 貴女の装甲では即死です!」
「ですが……!」
リンさんも『影渡りのブーツ』で回避に専念せざるを得ません。
死角のない全方位攻撃。隠密すら意味をなさない「面」の制圧。
「(……なら、私が引き受けるしかありませんね!)」
私はチョーカーを最大にし、一番密度の高い弾幕の中へ飛び込みました。
「私です! 私を殴ってください! 千発全部、私の体で受け止めますよぉぉぉッ!」
ドガガガガガガガガッ!!!
「あべっ、ぶべっ、ぎゃあああ! 早い! 重い! 全身がタコ殴りです! 骨が粉になるぅぅぅ!」
一秒間に数十発の拳を受け、私の体は原形を留めないほど変形しました。
再生速度と破壊速度が拮抗し、私は肉塊となって空中に固定されます。
これぞ究極のサンドバッグ。
「ルシアン……! 無茶を!」
エレナさんが叫びます。
私は再生しかけた口で、血を吐きながら叫び返しました。
「無茶じゃありません! ご褒美です! ……それに、見えますかエレナさん! 奴の攻撃が私に集中している今、奴の『核』が!」
私の捨て身(と欲望)の集敵により、武神像の胸部にあるコアの守りが手薄になっていました。
千の拳の多くが、私という「柔らかくて殴り心地の良い肉」に向けられているからです。
「……見えた」
エレナさんの瞳が、静かに澄み渡りました。
彼女は武器を持っていません。盾も捨てました。
あるのは、己の肉体と、マダム・ガルドの傑作『白銀の城壁』のみ。
「カイル、リン! 私の道を作ってくれ!」
「おうよ! 任せろ!」
「承知いたしました!」
カイルさんが痛む体を押して立ち上がり、大剣に魔力を込めました。
リンさんが影から飛び出し、爆破の魔石を握りしめます。
「こじ開けるぞ! 『熱砂・崩撃』ッ!!」
「『ブラスト・マイン』ッ!!」
カイルさんの炎の斬撃と、リンさんの爆発が、私の周囲で暴れ回る魔力の腕を強引に弾き飛ばしました。
一瞬だけ生まれた、武神像への直線ルート。
「今だッ!!」
エレナさんが踏み込みました。
全力疾走。
ですが、武神像もただではやられません。私を殴っていた腕の一部を戻し、エレナさんに向けて迎撃の拳を放ちました。
正面からのクロスカウンター。
「(避けられない……!)」
いいえ、避ける必要はありません。
エレナさんは走る速度を緩めず、迫りくる拳に対し、スッと全身の魔力を循環させました。
フワッ。
武神の拳が、エレナさんの肩を掠めます。
当たったはずの衝撃が、まるで水のように後ろへと流れていきました。
極限の『対魔パリィ』と『循環』の融合。
彼女は鎧の表面に展開した魔力で、敵の拳を滑らせたのです。
「届くッ!」
エレナさんは武神の懐に入り込みました。
ゼロ距離。
彼女は腰を落とし、大地を踏みしめ、全身のバネを使って右拳を突き上げました。
握られた拳は、ただの打撃ではありません。
これまでの苦戦、仲間たちの援護、そして自身の騎士としての誇り。
全てを乗せた、一点突破の矛。
「砕け散れェッ!! **『白銀・粉砕撃』**ッ!!!」
ズゴオォォォォォォォォンッ!!!
エレナさんのガントレットが、武神像の胸部――黄金の装甲を貫き、その奥にあるコアを直撃しました。
衝撃波が武神の背中から突き抜け、神殿の壁を吹き飛ばします。
「ガ、ア……!?」
武神像の動きが止まりました。
千の腕が空中で霧散していきます。
胸に空いた大穴から、光が漏れ出し――。
パァァァァンッ!!
武神像は全身に亀裂を走らせ、砕け散りました。
黄金の破片が雨のように降り注ぎます。
「……ふぅ」
エレナさんは拳を下ろし、残心しました。
そのガントレットは砕け、拳からは血が流れていましたが、彼女の表情は晴れやかでした。
「勝った……のか?」
カイルさんが呆然と呟きます。
肉塊から元の姿に戻った私が、パチパチと拍手を送りました。
「お見事です、エレナさん。武器を失ってなお、貴女自身が最強の武器でしたね」
「フン。貴様が体よく殴られてくれたおかげだ」
エレナさんは照れくさそうに鼻を鳴らしましたが、すぐに痛そうに拳をさすりました。
「しかし、素手で殴るのも痛いものだな……。それに、見てくれ」
エレナさんが自身の右腕を掲げました。
マダム・ガルドの最高傑作『白銀の城壁』のガントレット部分は粉々に砕け散り、素肌が露出しています。
さらに、カイルさんの大剣も刃こぼれが酷く、私のローブも(再生中ですが)限界です。
「第47階層、突破はしましたが……装備がボロボロですね」
「ああ。この状態で次の階層へ行くのは自殺行為だ。一度戻って、マダムに泣きつくしかねえな」
「残り3階層。……いよいよ、神域の深奥ですが、焦りは禁物ということですね」
リンさんが、武神の残骸からドロップアイテム(黄金の欠片)を回収しながら言いました。
「そうだな。万全の状態で挑んでこそ、最強への敬意だ」
私たちは傷だらけの体で笑い合い、転移魔法陣を使ってヴォルテックスの街へと帰還しました。
塔の頂まで、あとわずか。
最後の戦いに向けて、つかの間の休息です。




