第8話 空からのスカイダイビング(パラシュートなし)は、人生の走馬灯が見放題です
「さあ、お腹を空かせたトカゲの皆さん! メインディッシュのお通りですよ!」
私が両手を広げて走り出すと、上空を旋回していた3体のワイバーンが一斉に反応しました。
獲物が自ら飛び出してきたのですから、彼らにとっては飛んで火に入る夏の虫ならぬ、走って胃に入る冬の聖人です。
「ギャオオッ!」
先頭の1体が、矢のような速度で急降下してきました。
鋭い鉤爪が、私の肩をガシリと掴みます。
「ぐっ……! (おお、鎖骨が砕ける音……!)」
強烈な激痛と共に、体が宙に浮きます。
本来なら、ここで恐怖に暴れるか、絶望して悲鳴を上げるところでしょう。
ですが、私は違います。
「逃がしませんよ……!」
私は鉤爪を突き立てられたまま、逆にワイバーンの太い足に抱きつきました。
まるで、久しぶりに再会した恋人をハグするかのように、全身全霊の力で。
「ギャ!?」
ワイバーンが驚いて足を振りますが、私は離れません。
私の握力は、度重なる再生強化によって万力並みになっています。
骨が食い込もうが、肉が裂けようが、絶対に離さない。
「さあ、もっと高く! 天国まで連れて行ってください!」
私の願いが通じたのか、ワイバーンは私を振りほどこうと、羽ばたきを強めて急上昇しました。
残りの2体も、「獲物を独り占めにはさせない」とばかりに追ってきます。
◇
高度50メートル……100メートル。
あっという間に、地上の景色が豆粒のように小さくなっていきます。
「ガアッ! ギャオオッ!」
周囲では、他の2体が私を奪おうと、噛みつき攻撃を仕掛けてきます。
空中で繰り広げられる肉の奪い合い。
右から噛まれ、左から爪で裂かれ、上からは落とそうと揺さぶられる。
「あはっ、あはははは! すごい、すごいですよ! 360度どこからでも痛みが来ます!」
私はワイバーンの足にしがみつきながら、空中でボロ雑巾のように振り回されていました。
風圧で呼吸ができず、酸素不足で視界がチカチカします。
普通なら気絶していますが、痛みが意識を強制的に覚醒させ続けてくれます。
一方、地上では。
「くっ……うぅぅぅ……ッ!」
カイルさんが大剣を構え、極限まで魔力を練り上げていました。
『メテオ・バスター』は強力ですが、照準を合わせるには精神統一が必要です。
上空で不規則に動き回る私を目で追っていては、魔力が散ってしまいます。
そこで、重要なのが「観測手」の役割。
「……まだだ、まだ早い……ッ!」
荷馬車の影から、商人のマルクさんが空を見上げて叫んでいました。
彼は恐怖に震えながらも、その目をカっと見開き、上空の乱戦を凝視しています。
3体のワイバーンが、私という「餌」に群がり、一箇所に固まる瞬間。
そして、カイルさんの射線上に奴らが入る瞬間。
その一点を、素人の彼が見極めなければなりません。
「ルシアン殿……! 死なないでくだされ……!」
上空の私は、もう原型を留めていないかもしれません。
ですが、マルクさんは信じてくれました。
私が「合図があるまで絶対に離さない」と言ったことを。
そして、その時は来ました。
3体のワイバーンが、私を引っ張り合う綱引き状態になり、空中でピタリと静止した瞬間。
「今だぁぁぁぁぁッ!!」
マルクさんの裂帛の叫び声が、風に乗って上空まで届きました。
ナイスタイミングです、マルクさん。
商売人らしく、損得を見極める目は確かですね!
「それでは皆さん、空中散歩はここまでです!」
私はワイバーンの足に別れのキス(噛みつき)をして、パッと手を離しました。
「ギャ?」
突然軽くなったことに、ワイバーンたちが呆気にとられます。
私は重力に従い、真っ逆さまに落下を開始しました。
ヒュオオオオオオオッ!!
凄まじい風切り音。
背中側から落ちていく私の視界には、身を寄せ合った3体のワイバーンが、ポカンとこちらを見下ろしている姿が映っています。
そして、そのさらに向こう。
地上で太陽のように輝く、一点の光が見えました。
「消し飛びやがれえええええッ!!」
カイルさんの咆哮と共に、極太の光帯が天を衝きました。
ズドオォォォォォォンッ!!
光は、落下する私の数メートル横をギリギリですり抜け(熱気で髪がチリチリになりました)、直上のワイバーンたちを飲み込みました。
断末魔を上げる暇もなかったでしょう。
3体のワイバーンは、光の中でその輪郭を溶かし、細胞の一片に至るまで蒸発しました。
空に輝く、一瞬の星。
まさに『メテオ(流星)』の名に相応しい一撃です。
「た~ま~や~……」
私は心の中で花火の掛け声を上げながら、猛スピードで地面へ迫りくる岩肌を見つめました。
残り30メートル、10メートル、5メートル。
「回復・準備……!」
グシャッ。
◇
「ル、ルシアン殿ーーッ!!」
マルクさんが、地面に激突した私のもとへ駆け寄ってきました。
そこには、トマトを壁に投げつけたような惨状が広がっていましたが、白い光が収束すると同時に、五体満足の私が起き上がりました。
「っはぁ……! い、今の衝撃……背骨が首を突き抜ける感覚……新感覚でした……!」
「ひいいっ! 生きてる!? 本当に生きてるのですか!?」
「ええ、ピンピンしていますよ。ただ、服がまたダメになってしまいましたが」
私はボロボロになった神官服を嘆きました。
一方、カイルさんは大剣を杖にして、肩で息をしながら空を見上げていました。
「はぁ……はぁ……。やったか……?」
「完勝ですよ、カイルさん。塵一つ残っていません」
見上げると、そこには雲一つない青空が広がっていました。
ワイバーンたちは完全に消滅し、素材となる牙や皮の一つも落ちてきません。
「あーあ。素材があれば、結構な金になったのになぁ」
「最初に倒した1体分だけですね。まあ、欲張ってはいけません」
私たちは苦笑しました。
報酬(素材)は減ってしまいましたが、もっと大切なものは守り抜きました。
「ルシアン殿、カイル殿……!」
マルクさんが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、私たちの手を握りしめました。
「ありがとうございました……! おかげで、荷物も私も無事です! これで娘を、街の子供たちを救えます!」
「へへっ、よせやい。依頼だからな」
カイルさんが照れくさそうに鼻をこすりました。
私も微笑んで頷きます。
子供たちの命を救い、カイルさんの最強証明もでき、私は最高のスカイダイビングを楽しめた。
これぞ『三方よし』というやつですね。
◇
峠を越えると、眼下には大きな街並みが広がっていました。
交易都市ベルン。
私たちの最初の目的地です。
「着いたな……」
「ええ。意外と早かったですね」
「お前が死にかけまくるから、体感時間は10年くらいだったけどな」
カイルさんはげっそりとしていましたが、その表情は晴れやかでした。
私たちはDランク。
まだまだ駆け出しの冒険者ですが、この『死神峠』を越えたという事実は、確かな自信となって二人の背中を押していました。
「さあ、行きましょうカイルさん! ベルンにはどんな危険な依頼があるか、楽しみですね!」
「お前な……まずはマルクさんの護衛完了が先だろ。あと、服買えよ。半裸だぞ」
「はいはい、善処します」
私たちは夕日に染まるベルンの大門をくぐり、喧騒の中へと足を踏み入れました。




