第77話 鋼鉄の拳、砕ける鎧、そして「素手」という最強の盾
第46階層の『虚空の剣聖』を撃破した私たちは、息つく暇もなく第47階層へと進みました。
残るは4階層。
神域の深層は、一歩進むごとに空気の密度が増し、重力が歪むようなプレッシャーがのしかかってきます。
「……暑苦しいな」
扉を開けた先に待っていたのは、燃え盛る炎のリングに囲まれた**『闘技場』**でした。
ただし、観客はいません。
リングの中央に、あぐらをかいて座る巨体が一つあるだけ。
黄金の肌に、隆起した筋肉。
武器は持たず、腰に布を巻いただけの姿。
ですが、その体からは、これまでのどの魔物よりも濃密な「暴力」の気配が漂っています。
第47階層の守護者、『金剛の武神像』。
「武器なしか。……ナメられたものだな」
エレナさんがハルバードを構え、前に出ます。
しかし、武神像はゆっくりと立ち上がると、ただ静かに構えを取りました。
自然体。隙だらけに見えて、どこにも踏み込めない完璧な立ち姿。
「行くぞ!」
カイルさんが先制攻撃を仕掛けます。
『流星・落牙』のチャージはまだですが、ベルタ師匠直伝の『脱力』斬撃は健在。
不可視の剣速で、武神の首を狙います。
パァンッ!!
「なっ……!?」
カイルさんの大剣が、武神の「平手打ち」一発で弾かれました。
剣の腹を叩く、最小限の動き。
しかし、その衝撃は凄まじく、カイルさんの体が独楽のように回転して吹き飛びます。
「カイル!?」
「手ごわいぞ! ただの力任せじゃない!」
エレナさんが盾を構えて突進します。
『白銀の城壁』の重量と、魔力ブーストによるタックル。
戦車のような突撃を、武神は一歩踏み込んで迎え撃ちました。
ドゴォォォォンッ!!!
「がはっ……!?」
エレナさんの体がくの字に折れ、後方へ弾き飛ばされました。
盾の上から、正拳突きを食らったのです。
アダマンタイトの盾はひしゃげ、衝撃が鎧の内部へと浸透しています。
「(……浸透勁。表面の硬さを無視して、中身を破壊する技術ですね)」
私は戦慄(と興奮)を覚えました。
この敵は、エレナさんのような「重装甲タイプ」の天敵です。
どんなに硬い鎧を着ていても、衝撃を中で爆発させられれば意味がない。
「素晴らしい! 殴られただけで内臓が破裂しそうです!」
私が飛び出し、武神の拳を顔面で受け止めました。
ボゴッ!!
「あぶべっ!? 脳が揺れる……! 意識が……飛び……」
一撃で再生が追いつかないほどのダメージ。
私が دم鞠のように転がっている間に、武神は追撃の手を緩めず、体勢を立て直そうとするエレナさんに迫ります。
「くっ……! 速い!」
エレナさんがハルバードを突き出しますが、武神はそれを素手で掴み、へし折りました。
武器を失い、盾もひしゃげた状態。
武神の拳が、エレナさんの兜を砕こうと迫ります。
「(防げない……! この拳は、受け止めてはダメだ!)」
エレナさんの脳裏に、先ほどの階層での光景が蘇りました。
『虚空の剣聖』が、カイルさんの全力の一撃を、手の甲だけで軽々と逸らしたあの動き。
力まない。逆らわない。
ただ、流れるように。
「(武器など……要らんッ!)」
エレナさんは破損した盾を捨てました。
そして、迫りくる武神の拳に対し、自らのガントレットを纏った手を差し出しました。
止めるのではありません。
拳の側面に、優しく触れるように。
スッ……。
接触の瞬間、エレナさんは全身の力を抜き、同時に魔力を循環させました。
相手の運動エネルギーを自分の体に取り込み、そして後ろへと流す。
フワッ。
武神の拳が、エレナさんの顔の横を滑り抜けました。
空を切った武神が、わずかに体勢を崩します。
「……今だッ!」
エレナさんは踏み込みました。
相手の懐深く。
そして、流したエネルギーに自分の体重を乗せ、ゼロ距離からの掌底を叩き込みました。
「**『金剛・返し(カウンター)』**ッ!!」
ズドンッ!!
鈍い音が響き、巨体の武神が数メートル後退しました。
黄金の胸板に、拳の跡がくっきりと刻まれています。
「や、やったか!?」
カイルさんが叫びます。
エレナさんは荒い息を吐きながら、自らの拳を見つめました。
「……掴んだ。これが、剣聖が見せた『理』か」
重装備に頼るのではない。
己の肉体を、技術を、魔力を、すべて連動させて「柔」の盾とする。
エレナ・ガードナーは、この極限状態で一つ上のステージへと登りました。
しかし。
「ゴオオオオオ……ッ!!」
武神像から、どす黒い闘気が噴き出しました。
ダメージは入っています。ですが、倒れるには程遠い。
それどころか、反撃を受けたことで、武神の瞳に「怒り」の赤光が宿りました。
「……本気モードってやつかよ」
武神の背中から、千手観音のように魔力の腕が展開されました。
無数の拳が、雨のように降り注ぐ構え。
「ふぅ……。どうやら、一発殴った程度では許してくれないようだな」
エレナさんは兜を脱ぎ捨て、素顔を晒して構え直しました。
その顔に恐怖はありません。
あるのは、武人としての静かな闘志。
「来い、武神! 貴様の拳が尽きるか、私の体が砕けるか……根比べといこう!」
「私を忘れてもらっては困ります! その拳の半分は私が引き受けますよ!」
私も再生した体でエレナさんの隣に並びました。
カイルさんも大剣を構え直します。
リンさんは影の中で、必殺の機を窺っています。
「まだだ……! まだ終わらねえ!」
第47階層の死闘。
神の拳と、人の意地。
勝負の行方は、まだ見えません。




