第74話 マリオネットの舞踏会、操り糸は愛(物理)で断ち切ります
「……趣味が悪いですね」
第42階層。
扉を開けた先に広がっていたのは、薄暗く、埃っぽい**『大劇場』**のような空間でした。
天井からは壊れかけたシャンデリアが吊るされ、観客席には無数の「人形」が座っています。
ビスクドール、木製の人形、金属製のオートマタ。
どれも虚ろな瞳でステージ(私たち)を見つめています。
「気味が悪いな。……動くのか、こいつら?」
カイルさんが大剣を構え、客席の人形を警戒します。
しかし、人形たちはピクリとも動きません。
代わりに、ステージの上手から、キキキ……という笑い声と共に、ゆらりと影が現れました。
燕尾服を着た、手足が異常に長い道化師のような魔物。
第42階層の主、**『ファントム・パペッティア(幻影の操演者)』**です。
本体の戦闘力は低いですが、強力な操り魔法と、視認不可能な『魔力の糸』を使う厄介な敵。
「キキキッ……!」
パペッティアが恭しく一礼し、指を弾くと、客席の人形たちがガタガタと立ち上がり、ステージになだれ込んできました。
Bランク相当の戦闘力を持つ『アダマン・マリオネット』の軍団です。
「数が多いな! だが、ただの人形だ!」
「蹴散らすぞ!」
カイルさんとエレナさんが迎撃に向かいます。
『脱力』の大剣と、『循環』の盾。
今の二人なら、ただの物理攻撃しかしてこない人形など敵ではありません。
次々と人形が粉砕されていきます。
「楽勝だな! おいパペッティア、次はテメェだ!」
カイルさんがパペッティアに肉薄しようとした、その時でした。
ヒュンッ!!
カイルさんの体が、不自然に跳ね上がりました。
まるで、見えない巨人に吊り上げられたかのように。
「うおっ!? な、なんだ!?」
「カイル!?」
エレナさんが駆け寄ろうとしますが、彼女の体もまた、ガクンと膝をつきました。
意思とは無関係に、右腕が勝手に動き出し、ハルバードをカイルさんに向けます。
「なっ……! 体が、勝手に……!」
パペッティアが、十本の指を怪しく動かしていました。
その指先からは、極細の魔力糸が伸び、カイルさんとエレナさんの四肢に絡みついていたのです。
「キヒヒ……ッ!」
パペッティアが指を操ると、カイルさんが大剣を振りかぶり、エレナさんが盾を構えて突進しました。
まるで舞台上の操り人形のように、強制的に同士討ちをさせられようとしています。
「やめろ! 止まれ俺の体!」
「くっ、制御できん! 逃げろカイル!」
ガギィィィン!!
大剣と盾が激突し、火花が散ります。
本気の同士討ち。
装備が強力なだけに、一撃が致命傷になりかねません。
「(マズいですね……。物理的な拘束ではなく、神経系への直接介入ですか)」
私は冷静に分析しました。
私の『麻痺耐性』なら防げるかもしれませんが、二人は無防備でした。
糸は見えません。斬ることもできない。
「リンさん! 糸の場所は!?」
「……見えません! 魔力探知にも引っかからない特殊な糸です!」
リンさんが焦りの声を上げます。
彼女の目は鋭いですが、認識できないものは切れません。
「キシャアッ!」
パペッティアが嘲笑うように腕を振り上げると、カイルさんの大剣がエレナさんの首を狙って振り下ろされそうになります。
エレナさんの盾も、防御ではなく攻撃のために振り上げられています。
このままでは、どちらかが死ぬ。
「仕方ありませんね。……私が混ぜていただきましょう!」
私はチョーカーを『最大』にし、二人の間に飛び込みました。
「おやめください! 喧嘩はいけません!」
ズバッ! ドゴォッ!!
カイルさんの大剣が私の右肩を両断し、エレナさんの盾が私の左脇腹を粉砕しました。
「ぐベラッ!? ……ああっ、お二人の愛(物理)が重いッ!!」
私は血飛沫を上げて吹き飛びましたが、即座に再生して立ち上がりました。
二人の攻撃を私が受けたことで、最悪の事態は回避されました。
「ルシアン!?」
「すまない! だが体が止まらないんだ!」
パペッティアが舌打ちするように顔を歪めました。
邪魔な乱入者に対し、苛立ちを露わにして指を向けます。
ヒュッ!
私の手足にも、糸が絡みつきました。
脳に直接命令が響きます。
『剣を拾え』『仲間を斬れ』『回避しろ』。
「(……おや?)」
私の体が勝手に動き、落ちていた剣を拾おうとしました。
そして、カイルさんの追撃を『回避』しようとバックステップを踏みます。
「ふざけるなぁぁぁッ!!」
私は激怒しました。
パペッティアに向かって吠えました。
「回避だと!? 私に『避ける』という屈辱的な行動を強制する気ですか!?」
「ギッ……!?」
パペッティアが困惑したように首を傾げました。
「私の体は! 攻撃を受けるためにあるのです! 避けるなんて、私のポリシーに反します!」
私は、脳内に響く『回避しろ』という命令を、強靭な精神力(性癖)でねじ伏せました。
糸がピーンと張り詰めます。
パペッティアの指が、あり得ない方向に曲がりました。
「ギ、ギギッ……!?(重い! 操作できない!)」
「こっちです! カイルさんの剣はこっちですよ!」
私は糸の制御に逆らい、あえてカイルさんの大剣の軌道上に頭を差し出しました。
ガゴッ!!
「あぐぅッ! いい音! ……もっと! もっと私を操りなさい! 貴方の命令(回避)と、私の本能(被弾)の綱引き勝負です!」
私は自分に絡みついた糸だけでなく、カイルさんとエレナさんに繋がっていた糸まで掴み取り、自分の体に巻き付けました。
全ての操作権を、私という『バグ』に集約させる。
「ギシャアアアアッ!!」
パペッティアが悲鳴を上げます。
私の予測不能な動き(自傷行為)に振り回され、指が千切れんばかりに引っ張られ、繊細な操演が崩壊していきます。
その時。
リンさんの瞳が怪しく輝きました。
「……見えました」
彼女は、私やエレナさんの体に巻き付いている『歪み』を視認しました。
通常なら見えない糸。
ですが、私が無茶苦茶に暴れて糸を引っ張ったことで、空間に微かな歪みが生じていたのです。
「エレナ様を縛る汚らわしい糸……切断します」
リンさんが『影渡りのブーツ』で天井を蹴り、加速しました。
狙うはパペッティアの指先。
「ギッ!」
パペッティアが慌てて人形を盾にしようとしましたが、遅い。
「『シャドウ・エッジ』」
リンさんの短剣が、パペッティアの十本の指を、糸ごと切り落としました。
「ギャアアアアッ!?」
糸が切れ、カイルさんとエレナさんの体が自由を取り戻しました。
同時に、私も自由(被弾し放題)になりました。
「よくも……俺たちを操り人形にしやがったな!」
「覚悟はいいか、下衆!」
怒り心頭のカイルさんとエレナさんが、指を失って無力化したパペッティアに詰め寄ります。
あとは一方的な蹂躙でした。
「『流星・落牙』!」
「『断罪の一撃』!」
二人の必殺技が炸裂し、哀れな操演者は舞台の幕引きと共に消滅しました。
「……ふぅ。酷い目に遭いましたね」
私は再生した体で、切れた糸を払い落としました。
カイルさんが、げっそりした顔で私を見ます。
「お前……操られても『被弾』を優先するとか、筋金入りだな」
「当然です。私の体を意のままにできるのは、私の欲望だけですから」
「ある意味、精神攻撃無効ってことか……」
私たちは苦笑いしながら、次の扉へと向かいました。
第42階層突破。
どんな搦め手も、私たちの「個の強さ(異常性)」の前には通じません。
残るは8階層。
神域の深淵は、さらに深く、暗くなっていきます。




