第73話 呼吸するだけで死ぬ世界、ようこそ神の領域へ
「さて、いよいよ後半戦のスタートですね」
ヴォルテックスの街での騒動(元カレ……ではなく元パーティとの決着)を終え、私たちは再び『雷鳴の塔』第41階層の扉の前に立っていました。
ここから先は、ヴォルグ団長すら踏み入ったことのない未知の領域。
神域の深層です。
「気合入れろよ。ここから先は、今までとはワケが違うはずだ」
「ああ。盾の紐を締め直そう」
カイルさんとエレナさんが緊張した面持ちで構えます。
リンさんも影に潜み、ジュジュは私の肩で「キュゥ……(なんかヤバい気配)」と震えています。
「では、開けますよ」
私が重厚な扉に手をかけ、押し開けました。
ゴオオオオオオオッ!!
開いた瞬間、鼓膜を破るような轟音と共に、猛烈な熱風と冷気が同時に吹き出してきました。
「なっ……!?」
「熱ッ!? いや、寒い!?」
第41階層。
そこは、極彩色に渦巻く**『元素の混沌』**でした。
地面は溶岩のように煮え滾り、天井からは絶対零度の吹雪が降り注ぎ、空間には雷と暴風が荒れ狂っています。
火、水、風、土、雷。
全ての属性が制御を失い、災害となって襲いかかる地獄の風景。
「(……ッ! 息が、できない!)」
一歩足を踏み入れただけで、肺が焼け、凍りつきます。
大気中の魔力濃度が高すぎて、酸素よりも魔素の方が濃いのです。
常人なら即死。私たちですら、立っているだけで体力が削られていきます。
「カイル様! エレナ様! 防御を!」
リンさんが叫びますが、敵はいません。
この**「空間そのもの」**が敵なのです。
ドッゴォォォォォン!!
突然、目の前の空間で炎と氷が衝突し、水蒸気爆発が起きました。
衝撃波が私たちを襲います。
「くっ、『対魔パリィ』ッ!」
エレナさんが前に出て弾きますが、衝撃の質が違いました。
物理的な風圧の中に、呪いのような属性ダメージが混じっているのです。
「ぐぅっ……! 鎧越しに熱が……! 骨まで凍る……!」
「エレナ! 大丈夫か!?」
カイルさんが支えようとしますが、彼の大剣『紅蓮のイグニス』も、急激な温度変化で悲鳴を上げています。
金属疲労。このままではアダマンタイトすら砕け散りかねません。
「……素晴らしい」
私はスライムローブをバタつかせながら、嵐の中を進みました。
「見てください! 私の右腕は炭化し、左腕は凍傷で壊死しています! 同時に味わえるなんて贅沢すぎます!」
私は両手を広げ、混沌を全身で受け止めました。
再生が追いつかないほどの環境ダメージ。
ですが、それが逆に私の魔力回路を極限まで活性化させます。
「ですが、これではまともに戦えませんね。……ジュジュ、出番ですよ」
「キュイッ!?(無理! 死ぬ!)」
「死にません。私がフィルターになります」
私は震えるジュジュを両手で包み込み、掲げました。
「この空間に満ちる暴走した魔力……すべて私が一度体内に取り込み、**『無属性の純粋な魔力』**に濾過してあげます。貴方はそれを吸って、結界を張りなさい!」
「キュ、キュイ~!(ルシアンが壊れちゃう!)」
「壊れるのが仕事です! さあ!」
私はチョーカーを最大出力にし、さらに自身の魔力吸収率を上げました。
周囲の炎、氷、雷が、避雷針のように私に吸い寄せられます。
ジュワアアアアアッ!!!
「ぎゃあああああッ!! 中が! 内臓が属性の展覧会になってますぅぅぅ!!」
私の体内で、異なる属性の魔力が衝突し、暴れ回ります。
それを無理やり『自己再生』のエネルギーで中和し、純粋な魔力としてジュジュに供給。
「キュイイイイッ!!」
ジュジュが額の宝石を輝かせ、半透明のドーム状結界『カーバンクル・シェル』を展開しました。
嵐が遮断され、安全地帯が生まれます。
「はぁ……はぁ……。助かった……」
「ルシアン、お前……中身大丈夫か?」
カイルさんが心配そうに見てきます。
私は口から黒い煙と白い冷気を同時に吐き出しながら、サムズアップしました。
「問題……ありません。胃袋が少し炭になって、腸が凍っただけです」
「重症じゃねえか!」
結界のおかげで進めるようになりましたが、問題はここからです。
この混沌の中には、当然、住人がいます。
「グルルォォォ……」
溶岩の池から這い出してきたのは、燃え盛る岩の巨人。
吹雪の空から舞い降りたのは、氷の翼を持つ鳥。
『エレメンタル・ゴーレム』と『ブリザード・ホーク』。
どちらもBランク上位。下層ならフロアボス級の強敵が、ここでは雑魚として群れています。
「物理無効……いや、物理耐性が極端に高いな」
カイルさんが大剣を構えますが、相手は流動するエネルギーの塊。
『脱力』の剣技で斬っても、すぐに再生してしまいます。
「核を潰すしかありません! リンさん!」
「見えます。……ですが、近づけません」
リンさんが悔しそうに言いました。
敵の周囲は高密度の属性嵐。
『影渡りのブーツ』でも、実体のない熱や冷気は防げないのです。
「詰み、か?」
エレナさんが盾を構え直します。
守ることはできても、攻め手がない。
環境ダメージでジリ貧になる未来が見えます。
「いいえ。……カイルさん、思い出してください」
私は再生した指で、敵を指差しました。
「ベルタ師匠は言っていましたね。『抵抗を消して斬る』と。……それは物理的な抵抗だけですか?」
「え?」
「魔力にも『流れ』と『抵抗』があります。相手がエネルギー体なら、その流れに逆らわず、同調して斬ればいい」
「同調……」
カイルさんがハッとして、大剣を見つめました。
『紅蓮のイグニス』は、魔力を通しやすい性質を持っています。
「俺の魔力を、敵の属性に合わせる……? いや、敵の魔力を受け流して、剣に乗せるのか?」
カイルさんが目を閉じ、深呼吸しました。
襲いかかる炎のゴーレム。
その熱量を、恐怖ではなく「力」として感じる。
「……見えた」
カイルさんが目を開きました。
大剣には魔力を込めず、ただ敵の炎を受け入れるように構えます。
「溶け合え……! **『元素同調・断』**ッ!!」
カイルさんが大剣を一閃させました。
刃がゴーレムの炎に触れた瞬間、炎が剣に吸い込まれるように形を変え、そして霧散しました。
魔力の結合を解いたのです。
核が露出し、カイルさんの剣がそれを砕きました。
「斬れた……! 炎を斬ったぞ!」
カイルさんが歓喜の声を上げます。
物理の極意を、対魔法戦に応用した瞬間でした。
「エレナさんもです! 弾くのではなく、鏡のように『色』を変えて反射するのです!」
「む、難しいことを……! だが、やってみる!」
エレナさんもまた、氷の鳥のブレスに対し、自身の魔力波長を瞬時に『氷属性』に合わせて盾を構えました。
同属性による反発係数の最大化。
カキィィンッ!!
ブレスが完璧に反射され、鳥自身を凍らせました。
「よし! 行けるぞ!」
私たちは適応しました。
神域の理不尽な環境に、自分たちの技術をアップデートさせて対抗する。
それこそが、Sランクへの資格。
「さあ、進みましょう! この程度の地獄、私の胃袋の中よりマシです!」
「お前の胃袋どうなってんだよ!」
ツッコミを受けながら、私たちは混沌の階層を突き進んでいきました。
難易度の次元が変わった塔。
ですが、私たちの「突破力」もまた、次元を超えつつありました。




