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第72話 決別の一撃、それは見下すためではなく、見上げさせるために



「始めッ!!」


ギルド職員ゲイルの合図と共に、模擬戦が開始されました。

相手は5人。こちらは私、カイルさん、エレナさん、リンさんの4人。

人数差はありますが、問題にはなりません。


「行くぞオラァ! カイル、まずはテメェからだ!」


ヴァンスが剣を抜き、一直線にカイルさんへ突っ込みました。

同時に、後衛の魔法使いが援護射撃の火球を放ち、盗賊が側面に回り込みます。

教科書通りの連携。

Cランク冒険者として、決して弱くはありません。


ですが。


「遅い」


カイルさんは大剣『紅蓮のイグニス』を構えることすらしませんでした。

ただ、静かに一歩踏み出しただけ。

それだけで、ヴァンスの剣の間合いを潰し、眼前に肉薄しました。


「なっ……!?」

「昔の俺なら、ビビってチャージを始めてたかもな。だが……」


カイルさんはヴァンスが振り下ろした剣を、大剣の**「峰」**で軽く払いました。

力任せではありません。

ベルタ師匠直伝の『脱力』。相手の剣の勢いを殺さず、軌道をずらすだけの技術。


ガキンッ!!


ヴァンスの剣が大きく弾かれ、体勢が崩れます。

がら空きになった胴体。


「今の俺は、前を見れる!」


カイルさんは追撃……しませんでした。

代わりに、デコピンをヴァンスの額に叩き込みました。


パァン!!


「ぶべらっ!?」


たかがデコピン。されどアダマンタイト級の筋力による一撃。

ヴァンスはきりもみ回転しながら吹き飛び、壁に激突しました。


一方、側面から迫った盗賊には、リンさんが対応しました。

いや、対応というほどではありません。

盗賊が短剣を構えた瞬間、すでに彼の背後にはリンさんが立っていました。


「……隙だらけです」


トン、と首筋に手刀。

盗賊は白目を剥いて崩れ落ちました。


そして、魔法使いが放った火球は。


「ああっ! ぬるい! ぬるすぎます!」


私が正面から胸で受け止めました。

ボッと服が焦げた程度。

神域の雷撃や、数万の矢に比べれば、そよ風のような威力です。


「な、なんだコイツら……! 化け物か!?」


残った重戦士タンクと聖職者の女性が、震えながら後ずさりします。

エレナさんが溜息をつきながら、重戦士の前に歩み寄りました。


「盾を構えろ。……仲間を守る気概があるならな」

「う、うおおおおッ!」


重戦士が恐怖を振り払い、大盾を構えて突進してきました。

エレナさんはハルバードを使わず、自身の盾のみで迎え撃ちます。


ドォンッ!!


激突。

しかし、揺らいだのは重戦士の方でした。

エレナさんは一歩も動かず、涼しい顔で衝撃を受け流し、逆に弾き返したのです。


「軽いな。……その程度の覚悟で、誰を守るつもりだ?」


エレナさんが軽く盾を振ると、重戦士は دم鞠のように転がっていきました。


勝負あり。

開始からわずか数十秒。

『暁の剣』は、何もできずに壊滅しました。


「……嘘だ……」


壁際で起き上がったヴァンスが、信じられないものを見る目でカイルさんを見上げました。


「お前は……『ロマン砲』だろ……? チャージしなきゃ、ただの雑魚だったはずだろ……! なんで剣術なんか使えんだよ!」

「必要だったからだ」


カイルさんは大剣を背負い直し、静かにヴァンスを見下ろしました。


「俺は守りたかった。自分の弱さを棚に上げて、誰かのせいにするのは簡単だ。……昔の俺もそうだった」


カイルさんの言葉が、ヴァンスに突き刺さります。


「お前らに追放された時、俺は恨んだよ。俺の価値を理解しないお前らが悪いってな。……でも、違ったんだ」


カイルさんは私とエレナさん、そしてリンさんを見ました。


「俺が弱かったから、お前らは俺を切れなかった。俺が未熟だったから、信頼されなかった。……だから俺は、死ぬ気で強くなったんだ」


王都騎士団や『雷鳴の塔』での度重なる敗北。

師匠との過酷な修行。

そして、命を預けられる仲間との出会い。

それらが、カイルさんを変えたのです。


「……殺せよ」


ヴァンスが悔し涙を流しながら、地面を叩きました。


「笑えよ! 負けたんだ! 剣も、鎧も、全部奪って……俺たちを惨めに笑いものにすればいいだろ!」

「断る」


カイルさんは即答しました。

そして、くるりと背を向けました。


「は……?」

「俺たちの装備は、マダム・ガルドの最高傑作だ。お前らなんかに使いこなせる代物じゃねえ。それに……」


カイルさんは肩越しに、かつての仲間たちを見ました。

その目に、侮蔑の色はありませんでした。


「お前らは弱くねえよ。ただ、**『止まってる』**だけだ」

「止まってる……?」

「俺を追い出した時から、お前らの時間は止まったままだ。誰かのせいにして、自分たちの弱さと向き合わなかった。だから、前に進んでいる俺たちには勝てねえ」


カイルさんは歩き出しました。

私たちも後に続きます。


「ヴァンス。謝罪はいらねえ。その代わり……」


カイルさんは立ち止まり、拳を突き上げました。


「追いついて来い」


「……ッ!」


ヴァンスが息を呑みました。


「俺たちはSランクに行く。塔のてっぺんまで登る。……悔しかったら、そこまで文句を言いに来い。その時まで、俺の『ライバル』の席は空けておいてやる」


カイルさんは一度も振り返らず、出口へと向かいました。

その後ろ姿は、かつての頼りない「ロマン砲」ではありませんでした。

堂々たる、英雄の背中。


「……クソッ……! クソォォォッ!!」


背後から、ヴァンスの慟哭が聞こえました。

それは絶望の声ではありません。

己の未熟さを知り、再び立ち上がろうとする、再起の産声うぶごえでした。


「かっこよかったですよ、カイルさん」

「へへっ、キザすぎたか?」


カイルさんが照れくさそうに鼻をこすりました。

エレナさんも満足げに微笑んでいます。


「いや、見事な幕引きだった。彼らもきっと、次は強敵となって現れるだろう」

「楽しみですねぇ。その時は、彼らの攻撃も美味しくなっていることを期待します」


私たちはギルドを出ました。

過去との決別は終わりました。

これでもう、後ろを振り返る必要はありません。


「さあ、帰りましょう! 塔が待っています!」

「ああ! 今度こそ最上階だ!」


『ブレイク・スルー』の歩みは止まりません。

目指すは神域の頂。

私たちの冒険は、ここからさらに加速します。

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