第70話 双子の守護者、阿吽の呼吸を「ノイズ(私)」が乱します
蟲の絨毯を抜け、私たちは第40階層へと到達しました。
重厚な扉の向こうに広がっていたのは、静寂に包まれた円形闘技場。
観客席には誰もいませんが、張り詰めた空気が、ここが「死合い」の場であることを告げています。
「……来るぞ」
カイルさんが大剣を構えると同時に、闘技場の左右にある門が開き、二体の騎士が現れました。
右から現れたのは、細身の青い鎧に身を包み、二刀流の曲刀を構えた**『蒼雷の剣士』。
左から現れたのは、重厚な赤い鎧を纏い、巨大な戦鎚を担いだ『紅雷の戦鎚』**。
第40階層の主、**『双雷の守護騎士』**です。
「二体同時か……! 厄介だな」
「しかも、ただのセットではないぞ。見ろ、あの魔力の繋がりを」
エレナさんが指摘した通り、二体の騎士の間には、目に見えない魔力のパスが繋がっていました。
それは、思考と感覚を共有し、完璧な連携を約束する絆。
「ザッ!」
剣士が疾走し、戦鎚が跳躍しました。
速い。
剣士がカイルさんの死角へ回り込み、戦鎚がエレナさんの頭上から落ちてきます。
阿吽の呼吸。0.1秒のズレもない同時攻撃。
「くっ、速いッ!」
「重いッ!」
カイルさんが剣士の斬撃を大剣で受け流し、エレナさんが戦鎚の一撃を盾で弾きます。
ですが、守護騎士たちの攻撃は止まりません。
剣士がカイルさんを翻弄して体勢を崩させ、その隙に戦鎚が追撃を入れる。
逆に、エレナさんが戦鎚を防いで足が止まったところを、剣士が背後から切り裂く。
「ぐあっ……!?」
「きゃあッ!」
二人が吹き飛ばされます。
個々の戦闘能力も高いですが、何より連携が完璧すぎて、付け入る隙がありません。
「リン! 攪乱できるか!?」
「やってみます!」
リンさんが影から飛び出し、剣士の背後を狙いました。
ですが、剣士は振り返りもせず、背後のリンさんに刃を向けました。
戦鎚の方が見ていた(・・・・)からです。視界共有。
「くっ……! 近づけません!」
「ジュジュ、援護射撃!」
「キュイッ!」
ジュジュが『ルビー・レイ』を放ちますが、二体は交差するように動いて回避し、逆にその動きを利用して私たちに迫ってきます。
「強い……! まるで一つの生き物みたいだ!」
カイルさんが焦りの色を見せます。
このままでは、完璧な連携の前に削り殺されます。
「(ふむ。完璧な連携、美しいですね)」
私は感心しながら、戦況を分析しました。
彼らは互いを完全に信頼し、補い合っている。
ならば、その「信頼」こそが弱点になるはず。
「皆さん! 相手が『阿吽の呼吸』なら、こちらは**『呼吸困難』**にさせてやりましょう!」
私はスライムローブを広げ、二体の騎士のちょうど中間地点――連携の要となるポジションへ飛び込みました。
「お邪魔しますよぉぉぉッ!」
チョーカー最大出力。
強烈なフェロモンが、二体の騎士の思考にノイズを走らせます。
「ギギッ!?」
「ガアッ!?」
二体の騎士が同時に私を見ました。
排除すべき異物。
生理的な嫌悪感。
彼らの完璧な思考共有の中に、「私を殺したい」という強烈な個人の欲求が混入します。
「さあ、どっちが先に私を殺しますか? 早い者勝ちですよ!」
私は剣士に向かって投げキッスをし、戦鎚に向かってお尻をペンペンと叩きました。
ブチッ。
騎士たちの理性の糸が切れる音がしました。
「ギシャアアアアッ!!」
二体が同時に私に向かって殺到しました。
連携など無視。我先に私を潰そうと、最短距離で突っ込んできます。
「あははは! モテモテですぅぅッ!」
ズババババッ!! ドゴォォォン!!
剣士の乱れ斬りで全身を刻まれ、戦鎚の一撃で地面にめり込む私。
再生が追いつかないほどのダメージ。
ですが、そのおかげで敵の連携は分断され、互いの攻撃が邪魔し合うほどの団子状態になりました。
「(今です……!)」
私はミンチになりながら、カイルさんとエレナさんに視線を送りました。
「散開しました! カイルさんは赤を! エレナさんとリンさんは青をお願いします!」
「お前……またそんな無茶を!」
カイルさんは呆れたように叫びましたが、その手の大剣はすでに灼熱の赤に染まっていました。
私が囮になってタコ殴りにされている数秒間。
その隙を見逃さず、彼は限界まで魔力をチャージしていたのです。
「行くぞカイル! ルシアンが作った好機、無駄にするな!」
カイルさんとエレナさんが飛び出しました。
連携を失い、私に夢中になっている騎士たちは、背後からの殺気に気づくのが遅れました。
「チャージ完了だ! まずは片方ッ! 『流星・落牙』ッ!!」
カイルさんの大剣が、戦鎚の騎士の兜を脳天から両断しました。
魔力と重力の奔流が、鎧ごと中身を粉砕します。
「こちらも決める! リン、合わせろ!」
「はい、エレナ様!」
エレナさんが盾で剣士の動きを止め、その影からリンさんが飛び出しました。
マダム特製『影渡りのブーツ』による、重力を無視した跳躍。
剣士の首元に、電気を帯びた短剣が突き刺さります。
「落ちろッ!」
エレナさんのハルバードが横薙ぎに一閃。
剣士の胴体が上下に分かれました。
二体の騎士が同時に崩れ落ち、光の粒子となって消えていきます。
同時撃破。
もし片方だけ残っていれば『蘇生』を使われたかもしれませんが、その暇すら与えませんでした。
「……はぁ、はぁ。勝ったか」
カイルさんが大剣を下ろします。
私は地面の穴(戦鎚で叩き込まれた跡)から這い出し、再生した体で服の埃を払いました。
「お疲れ様です。やはり、完璧なものほど汚したくなる(ノイズを入れたくなる)のが世の常ですね」
「お前の存在自体がノイズだよ……」
カイルさんは呆れつつも、手を貸してくれました。
第40階層突破。
塔の攻略も、いよいよ大詰めです。
「残り10階層。ここから先は、Sランク級の化け物がうようよしているはずだ」
「望むところです。私の体も、もっと激しい刺激を求めていますから」
私たちは扉を開けました。
その先には、また新たな地獄(楽園)が待っているはずです。




