第68話 歯車仕掛けの処刑台、潤滑油は私の鮮血で
「カチッ……コチッ……カチッ……」
第38階層の扉を開けた瞬間、私たちの耳に届いたのは、無機質で規則正しいリズムでした。
目の前に広がるのは、無数の巨大な歯車が噛み合い、蒸気を上げながら回転する**『大時計の迷宮』**。
床も壁も天井も、すべてが真鍮色の金属で構成され、油の臭いと蒸気が充満しています。
「うわっ、足場が動いてるぞ!」
カイルさんが叫びます。
私たちが立っている床自体が、直径数メートルの歯車の一部でした。
常に回転し、移動し続ける足場。
タイミングを見誤れば、歯車と歯車の間に挟まれてミンチです。
「精密なギミックですねぇ。指一本挟まれただけで、綺麗に切断されそうです」
「感想が怖いんだよ! 落ちないように気をつけろ!」
私たちは回転する床を飛び移りながら奥へと進みます。
しかし、この階層の主役は、足場の悪さだけではありませんでした。
ガシャン! ガシャン!
蒸気機関の音と共に現れたのは、ミスリル合金でできた人型の機械兵**『クロックワーク・ナイト』**の軍団。
感情のないレンズの瞳を赤く光らせ、機械的な動作で襲いかかってきます。
「排除シマス。排除シマス」
「喋った!? こいつら、ゴーレムとは違うぞ!」
エレナさんが盾を構えますが、機械兵たちの動きは不気味なほど正確でした。
一糸乱れぬ連携。
0.1秒の誤差もない同時攻撃。
「くっ、隙がない! パリィのタイミングをずらされる!」
エレナさんが防戦に回ります。
さらに、壁からは回転ノコギリが飛び出し、床からは槍が突き出すトラップの嵐。
ここは、侵入者を効率的に処理するための「処刑工場」なのです。
「(素晴らしい……! 全てが計算され尽くした殺意のピタゴラスイッチ!)」
私は感動しました。
野性的な魔物の攻撃とは違う、冷徹な計算に基づく暴力。
これは、味わってみるしかありません。
「皆さん、トラップの位置がわかりにくいですね? 私が『センサー』になります!」
私はチョーカーを全開にし、機械兵の群れとトラップ地帯のど真ん中へ飛び込みました。
「排除対象、確認。殺害モードへ移行」
機械兵たちが一斉に私をターゲットしました。
回転ノコギリが私の脇腹を抉り、床からの槍が太ももを貫き、機械兵のハルバードが肩を粉砕します。
ガガガガガッ!! ギュイイイイイ!!
「あぐっ、ぎゃああああ! 精密! 傷口の断面が綺麗すぎて感動しますぅぅッ!」
私は全身から血を噴き出しながら、歯車の回転に巻き込まれました。
私の血が潤滑油となり、ギミックが滑らかに(?)加速します。
「ルシアン様が……ミンチになりながら道を示してくれています」
リンさんが冷静に状況を分析しました。
「あそこ! ルシアン様がプレス機に挟まれている隙に、奥の通路が開いています!」
「あいつの使い方、それで合ってるのか!?」
カイルさんが叫びつつも、私が体を張って(潰されて)止めたプレスの隙間を駆け抜けます。
私の体はグシャグシャですが、カイルさんたちが通る数秒間だけ、機械の動作を強制的にロックすることに成功しました。
「ルシアン、痛くないのか!?」
「痛いに決まってるじゃないですか! 最高です!」
私はプレス機からペラペラになった体を引き剥がし、瞬時に再生して追いかけました。
◇
迷宮の最奥。
そこには、巨大な振り子が行き交う、一本の細い通路がありました。
下は奈落。
振り子は音速に近い速度で左右に振れており、通ろうとする者を容赦なく弾き飛ばします。
「無理だ……。あんな速度、見切れない」
「タイミングを合わせても、風圧で落とされるぞ」
エレナさんとカイルさんが立ち尽くします。
機械兵たちも追ってきています。絶体絶命。
「(ふむ。リズムですね)」
私は振り子の動きを観察しました。
正確無比なリズム。
ならば、そのリズムを「狂わせ」ればいい。
「カイルさん、エレナさん。私の背中を蹴ってください」
「は?」
「思いっきり蹴って、あの振り子の『軸』に私をぶつけてください!」
私は通路の先に身を乗り出しました。
「私が『異物』となって、あの完璧な時計仕掛けを狂わせます!」
「……お前、本当に死ぬぞ?」
「死にません! 早く!」
追手の足音が迫ります。
カイルさんは覚悟を決め、大剣『紅蓮のイグニス』の峰(腹)を構えました。
「蹴るくらいじゃ届かねえだろ。……特大の一発、入れてやるよ!」
ドォォォン!!
カイルさんはフルスイングで、私の背中を大剣でぶっ飛ばしました。
「いってこい、特攻野郎ッ!!」
私は人間砲弾となって飛び出し、高速で動く振り子の根本――回転軸のギア部分に激突しました。
ガギィィィィィィッ!!!
「ぐべぇッ!!」
凄まじい衝撃。
私の体がギアに巻き込まれ、骨が砕け、肉が引きちぎられます。
ですが、私は再生能力をフル稼働させ、増殖した肉体でギアの隙間を埋め尽くしました。
私という「頑丈すぎるゴミ」が詰まったことで、巨大な機械仕掛けが悲鳴を上げます。
キキキ……ガガッ……ブツンッ!!
振り子のワイヤーが切れ、巨大な刃が奈落へと落ちていきました。
通路が安全になります。
「今だ! 走れ!」
カイルさんたちが通路を駆け抜けます。
私はギアに挟まったまま(首から下は大変なことになっていますが)、笑顔で手を振りました。
「お先に行ってください! 私はこの機械と少し『話し合い(物理的融合)』をしてから行きますので!」
「……絶対後で回収してやるからな!」
カイルさんたちが扉の向こうへ消えると、私はゆっくりとギアから抜け出しました(再生完了)。
周囲の機械兵たちは、親機である大時計が壊れたことで機能を停止しています。
「ふぅ。機械油と血の匂い……悪くないアロマでした」
私は服を再生させ、仲間を追って扉を開けました。
第38階層突破。
この塔は、私の「耐久力」を試すためのアトラクションか何かなのでしょうか。
だとしたら、製作者(神)には感謝状を贈りたい気分です。
次なる階層へ。
神域の深淵は、まだまだ続きます。




