表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/85

第7話 空飛ぶトカゲは、最高の遊園地アトラクションです

「ヒュオオオオオオ……!」


死神峠。その名の通り、断崖絶壁が続く細い山道には、骨まで凍りつくような冷たい強風が吹き荒れていました。

一歩足を踏み外せば、谷底へ真っ逆さま。

そんな危険な道を、私たちは荷馬車を囲んで進んでいました。


「……なぁルシアン。万が一のために確認しておくぞ」


カイルさんが大剣の柄に手をかけ、油断なく空を睨みながら話しかけてきました。


「この先に巣食うワイバーンだが、個体としての強さは『Cランク』相当だ。硬さも攻撃力も、この前倒したミスリル・ゴーレムに比べれば大したことはねえ」

「おや、では楽勝ですね」

「そう単純じゃねえんだよ。奴らの厄介な点は『数』と『空』だ。集団で波状攻撃を仕掛けてくる上に、俺のチャージ攻撃は、高速で飛び回る相手には当てにくい」


カイルさんの懸念はもっともです。

彼の『メテオ・バスター』は破壊力こそ最強ですが、発射までに足が止まるため、素早い空中戦は相性が悪いのです。


「そこで、提案があるのですが」


私は待っていましたとばかりに挙手しました。


「奴らの狩りの習性はご存じですか? 獲物を足で鷲掴みにして上空へ連れ去り、高いところから落として絶命させてから食べるそうです」

「ああ、有名な話だな。高度100メートルからの落下だ。人間なら即死だ」

「つまり、『持ち上げられている間』と『落ちている間』は、敵の動きが直線的になるということですよね?」


カイルさんがピタリと足を止め、嫌なものを見る目で私を見ました。


「……おい。お前、何を言おうとしてる?」

「簡単な作戦ですよ。私が囮になって、わざと捕まります」


私は真剣な(そして期待に満ちた)表情で力説しました。


「私が上空へ連れ去られれば、敵はその重みで動きが鈍くなります。そこを貴方が狙い撃てばいいのです」

「却下だ!!」


カイルさんの怒声が峠に響きました。


「バカかお前は! 撃ち落とした後どうすんだ! そのまま落下してミンチだぞ!?」

「大丈夫です。地面に激突する瞬間に回復すれば、理論上は生存可能です」

「理論が破綻してんだよ! そもそも、高度100メートルから落ちる恐怖に耐えられるわけが……」

「想像してみてください、カイルさん」


私はうっとりと空を見上げました。


「風を切る音。内臓が浮き上がる浮遊感。そして、全身の骨が一斉に悲鳴を上げる着地の瞬間……。遊園地のアトラクションなど目ではありませんよ。タダで乗れるなんて、役得以外の何物でもありません」

「……ダメだ。マルクさん、こいつの手綱もしっかり握っておいてくれ」

「は、はい……」


マルクさんも引きつった笑いを浮かべています。

まったく、二人とも心配性ですね。


「ギャオオオオオオッ!!」


その時、雲の切れ間から耳をつんざくような咆哮が響き渡りました。


「噂をすれば……来たッ! 上だ!!」


カイルさんが叫ぶと同時に、上空から巨大な影が降ってきました。

翼長5メートルを超える飛竜、ワイバーンです。

しかも1体ではありません。3体……いえ、4体!


「ヒッ……!」


馬がいななき、荷馬車が大きく揺れます。

先頭のワイバーンが、鋭い鉤爪を立てて荷馬車に襲いかかりました。


「させねえよッ!」


カイルさんが大剣を振るい、牽制の大振りを放ちます。

ワイバーンはひらりと翼を翻して回避しましたが、その隙に他の個体が背後から迫っていました。


「ルシアン! 右だ!」

「はいはい、お任せを!」


私は右側から迫るワイバーンの前に躍り出ました。

目の前に迫る巨大な顎。

個々の力はゴーレムより低いとはいえ、腐っても竜種。その牙はナイフのように鋭く、涎が滴っています。


「素敵な歯並びですね。噛み合わせを確認させてください!」


私は避けるどころか、自らその口の中に腕を突っ込みました。


ガブッ!!


「ぐっ……! おお、これは……!」


腕の骨が砕け、牙が筋肉を食い破る感触。

そのまま持ち上げられそうになりますが、私は逆にワイバーンの舌を掴んで引きずり下ろしました。


「重いですか? 私の罪(体重)は!」

「ギャッ!?」


私が無理やり地面に引きずり下ろしたところを、カイルさんがすかさず斬りつけます。

1体撃破。

しかし、懸念通り、残りの3体は旋回し、私たちの剣が届かない上空から、執拗に荷馬車を狙って急降下を繰り返します。


「くそっ! チョロチョロと……! 降りてきて正々堂々と戦え!」


カイルさんが悪態をつきますが、ワイバーンは賢い。

地上戦が不利と悟るや、ヒット&アウェイ戦法に切り替えたのです。


「まずいぞ、このままじゃジリ貧だ……!」


その時でした。

1体のワイバーンが、カイルさんの死角を突き、荷馬車のほろを切り裂きました。


ビリィッ!


幌が破れ、中の木箱がいくつか地面に転がり落ちました。

衝撃で箱の蓋が開き、中身が散らばります。

それは高価な宝石でも、珍しい美術品でもありませんでした。


散らばったのは、大量の**『薬瓶』と、『乾燥した薬草』**でした。


「こ、これは……?」


カイルさんが目を見開きます。

マルクさんが悲鳴を上げ、自分の身を投げ出して薬瓶を覆い隠しました。


「ああっ! ダメだ! これだけは……これだけは守らなければ!!」

「マルクさん!? 危ない!」


上空から次のワイバーンが、無防備なマルクさんの背中を狙って急降下してきます。

カイルさんは間に合わない。


「まったく、商売道具を粗末にしてはいけませんよ」


私はマルクさんの上に覆いかぶさりました。

ドンッ! という衝撃と共に、ワイバーンの爪が私の背中を深々とえぐります。


「ぐぅっ……! (ああっ、背骨が削れる音が……!)」

「ル、ルシアン殿!?」


マルクさんが青ざめた顔で私を見上げます。

私の背中からは血が噴き出していますが、私は爽やかに(痛みに耐える歪んだ笑顔で)微笑みました。


「無事ですか? ……それにしても、奇妙な商品ですね。宝石よりも、この『薬』が大事なのですか?」

「そ、そうです……! これはただの商品ではありません!」


マルクさんは涙ながらに叫びました。


「隣街のベルンでは今、謎の熱病『黒斑病』が流行しているのです! 多くの子供たちが苦しみ、命を落としています……! この薬草は、その特効薬なのです!」


カイルさんが息を呑みました。


「特効薬……? じゃあ、あんたは金のためじゃなく……」

「金などどうでもいい! 私の娘も、その病で寝込んでいるのです! この薬があれば助かる……だから、何としても今日中に届けなければならないのです!」


マルクさんの告白に、カイルさんの表情が一変しました。

驚きから、決意へ。

そして、燃えるような怒りへ。


「……そうかよ。あんた、最高の商人だぜ」


カイルさんは大剣を構え直し、空を舞うワイバーンたちを睨みつけました。


「聞いたかルシアン! この荷物は、子供たちの命だ!」

「ええ、聞きましたとも」


私は背中の傷を『回復ヒール』で塞ぎながら立ち上がりました。

マルクさんの自己犠牲。

娘を想う父の愛。

そして何より、**「多くの命を救うための戦い」**というシチュエーション。


これ以上の舞台装置はありません。


「カイルさん。貴方の『メテオ・バスター』なら、空中の敵も撃ち落とせますか?」

「当たり前だ! ……だが、さっきも言った通りだ! 動き回られたら照準が定まらねえ!」


「では、作戦通りいきましょう」


私はワイバーンの群れを見上げ、ニヤリと笑いました。


「は? 作戦って……おい、まさか!」

「私が空に行きます」


カイルさんが止める間もなく、私は両手を広げて走り出しました。


「さあ、空飛ぶトカゲの皆さん! こっちですよ! ここに最高に活きが良く、噛みごたえのあるエサがいますよ!!」


私の挑発に、残りの3体のワイバーンが一斉に反応しました。

さあ、冒頭で却下されたはずの、楽しい空中散歩デッド・クルーズの始まりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ