第7話 空飛ぶトカゲは、最高の遊園地アトラクションです
「ヒュオオオオオオ……!」
死神峠。その名の通り、断崖絶壁が続く細い山道には、骨まで凍りつくような冷たい強風が吹き荒れていました。
一歩足を踏み外せば、谷底へ真っ逆さま。
そんな危険な道を、私たちは荷馬車を囲んで進んでいました。
「……なぁルシアン。万が一のために確認しておくぞ」
カイルさんが大剣の柄に手をかけ、油断なく空を睨みながら話しかけてきました。
「この先に巣食うワイバーンだが、個体としての強さは『Cランク』相当だ。硬さも攻撃力も、この前倒したミスリル・ゴーレムに比べれば大したことはねえ」
「おや、では楽勝ですね」
「そう単純じゃねえんだよ。奴らの厄介な点は『数』と『空』だ。集団で波状攻撃を仕掛けてくる上に、俺のチャージ攻撃は、高速で飛び回る相手には当てにくい」
カイルさんの懸念はもっともです。
彼の『メテオ・バスター』は破壊力こそ最強ですが、発射までに足が止まるため、素早い空中戦は相性が悪いのです。
「そこで、提案があるのですが」
私は待っていましたとばかりに挙手しました。
「奴らの狩りの習性はご存じですか? 獲物を足で鷲掴みにして上空へ連れ去り、高いところから落として絶命させてから食べるそうです」
「ああ、有名な話だな。高度100メートルからの落下だ。人間なら即死だ」
「つまり、『持ち上げられている間』と『落ちている間』は、敵の動きが直線的になるということですよね?」
カイルさんがピタリと足を止め、嫌なものを見る目で私を見ました。
「……おい。お前、何を言おうとしてる?」
「簡単な作戦ですよ。私が囮になって、わざと捕まります」
私は真剣な(そして期待に満ちた)表情で力説しました。
「私が上空へ連れ去られれば、敵はその重みで動きが鈍くなります。そこを貴方が狙い撃てばいいのです」
「却下だ!!」
カイルさんの怒声が峠に響きました。
「バカかお前は! 撃ち落とした後どうすんだ! そのまま落下してミンチだぞ!?」
「大丈夫です。地面に激突する瞬間に回復すれば、理論上は生存可能です」
「理論が破綻してんだよ! そもそも、高度100メートルから落ちる恐怖に耐えられるわけが……」
「想像してみてください、カイルさん」
私はうっとりと空を見上げました。
「風を切る音。内臓が浮き上がる浮遊感。そして、全身の骨が一斉に悲鳴を上げる着地の瞬間……。遊園地のアトラクションなど目ではありませんよ。タダで乗れるなんて、役得以外の何物でもありません」
「……ダメだ。マルクさん、こいつの手綱もしっかり握っておいてくれ」
「は、はい……」
マルクさんも引きつった笑いを浮かべています。
まったく、二人とも心配性ですね。
「ギャオオオオオオッ!!」
その時、雲の切れ間から耳をつんざくような咆哮が響き渡りました。
「噂をすれば……来たッ! 上だ!!」
カイルさんが叫ぶと同時に、上空から巨大な影が降ってきました。
翼長5メートルを超える飛竜、ワイバーンです。
しかも1体ではありません。3体……いえ、4体!
「ヒッ……!」
馬がいななき、荷馬車が大きく揺れます。
先頭のワイバーンが、鋭い鉤爪を立てて荷馬車に襲いかかりました。
「させねえよッ!」
カイルさんが大剣を振るい、牽制の大振りを放ちます。
ワイバーンはひらりと翼を翻して回避しましたが、その隙に他の個体が背後から迫っていました。
「ルシアン! 右だ!」
「はいはい、お任せを!」
私は右側から迫るワイバーンの前に躍り出ました。
目の前に迫る巨大な顎。
個々の力はゴーレムより低いとはいえ、腐っても竜種。その牙はナイフのように鋭く、涎が滴っています。
「素敵な歯並びですね。噛み合わせを確認させてください!」
私は避けるどころか、自らその口の中に腕を突っ込みました。
ガブッ!!
「ぐっ……! おお、これは……!」
腕の骨が砕け、牙が筋肉を食い破る感触。
そのまま持ち上げられそうになりますが、私は逆にワイバーンの舌を掴んで引きずり下ろしました。
「重いですか? 私の罪(体重)は!」
「ギャッ!?」
私が無理やり地面に引きずり下ろしたところを、カイルさんがすかさず斬りつけます。
1体撃破。
しかし、懸念通り、残りの3体は旋回し、私たちの剣が届かない上空から、執拗に荷馬車を狙って急降下を繰り返します。
「くそっ! チョロチョロと……! 降りてきて正々堂々と戦え!」
カイルさんが悪態をつきますが、ワイバーンは賢い。
地上戦が不利と悟るや、ヒット&アウェイ戦法に切り替えたのです。
「まずいぞ、このままじゃジリ貧だ……!」
その時でした。
1体のワイバーンが、カイルさんの死角を突き、荷馬車の幌を切り裂きました。
ビリィッ!
幌が破れ、中の木箱がいくつか地面に転がり落ちました。
衝撃で箱の蓋が開き、中身が散らばります。
それは高価な宝石でも、珍しい美術品でもありませんでした。
散らばったのは、大量の**『薬瓶』と、『乾燥した薬草』**でした。
「こ、これは……?」
カイルさんが目を見開きます。
マルクさんが悲鳴を上げ、自分の身を投げ出して薬瓶を覆い隠しました。
「ああっ! ダメだ! これだけは……これだけは守らなければ!!」
「マルクさん!? 危ない!」
上空から次のワイバーンが、無防備なマルクさんの背中を狙って急降下してきます。
カイルさんは間に合わない。
「まったく、商売道具を粗末にしてはいけませんよ」
私はマルクさんの上に覆いかぶさりました。
ドンッ! という衝撃と共に、ワイバーンの爪が私の背中を深々とえぐります。
「ぐぅっ……! (ああっ、背骨が削れる音が……!)」
「ル、ルシアン殿!?」
マルクさんが青ざめた顔で私を見上げます。
私の背中からは血が噴き出していますが、私は爽やかに(痛みに耐える歪んだ笑顔で)微笑みました。
「無事ですか? ……それにしても、奇妙な商品ですね。宝石よりも、この『薬』が大事なのですか?」
「そ、そうです……! これはただの商品ではありません!」
マルクさんは涙ながらに叫びました。
「隣街のベルンでは今、謎の熱病『黒斑病』が流行しているのです! 多くの子供たちが苦しみ、命を落としています……! この薬草は、その特効薬なのです!」
カイルさんが息を呑みました。
「特効薬……? じゃあ、あんたは金のためじゃなく……」
「金などどうでもいい! 私の娘も、その病で寝込んでいるのです! この薬があれば助かる……だから、何としても今日中に届けなければならないのです!」
マルクさんの告白に、カイルさんの表情が一変しました。
驚きから、決意へ。
そして、燃えるような怒りへ。
「……そうかよ。あんた、最高の商人だぜ」
カイルさんは大剣を構え直し、空を舞うワイバーンたちを睨みつけました。
「聞いたかルシアン! この荷物は、子供たちの命だ!」
「ええ、聞きましたとも」
私は背中の傷を『回復』で塞ぎながら立ち上がりました。
マルクさんの自己犠牲。
娘を想う父の愛。
そして何より、**「多くの命を救うための戦い」**というシチュエーション。
これ以上の舞台装置はありません。
「カイルさん。貴方の『メテオ・バスター』なら、空中の敵も撃ち落とせますか?」
「当たり前だ! ……だが、さっきも言った通りだ! 動き回られたら照準が定まらねえ!」
「では、作戦通りいきましょう」
私はワイバーンの群れを見上げ、ニヤリと笑いました。
「は? 作戦って……おい、まさか!」
「私が空に行きます」
カイルさんが止める間もなく、私は両手を広げて走り出しました。
「さあ、空飛ぶトカゲの皆さん! こっちですよ! ここに最高に活きが良く、噛みごたえのある餌がいますよ!!」
私の挑発に、残りの3体のワイバーンが一斉に反応しました。
さあ、冒頭で却下されたはずの、楽しい空中散歩の始まりです。




