第67話 銀河を駆けるストーカー、その愛は重力をも無視する
「あはははは! 素晴らしい! 無重力だと血が球体になって漂いますね! 幻想的です!」
第37階層『星屑の回廊』。
上下感覚のない暗黒空間で、私は『スターダスト・ゴーレム』からの集中砲火を浴びながら、自分の血でプラネタリウムを作っていました。
飛び散った血が赤い宝石のように空中に留まり、爆発の光を反射してキラキラと輝いています。
「遊んでる場合か変態! 前が見えねえよ!」
カイルさんが私の血の玉を手で払いながら、大剣を振るいます。
足場が不安定な浮遊岩の上ですが、彼はベルタ師匠直伝の『脱力』を応用し、剣の慣性モーメントを利用してクルクルと回転しながら敵をなぎ倒しています。
まるで独楽のようです。
「キリがないぞ! 倒しても倒しても、奥の闇から湧いてくる!」
エレナさんが盾で『スター・ボム』を弾きながら叫びました。
彼女の指摘通り、遥か彼方の暗闇に、ひときわ大きく輝く**『星の核』**のような水晶体が浮いており、そこからゴーレムが無限に生成されているようです。
「あれが本体か! ……だが、遠すぎる!」
距離にして数百メートル。
足場は飛び石状にしかなく、飛んでいくにはリスクが高すぎます。
しかも、コアの周囲には護衛のゴーレムが密集しており、近づく者には弾幕の雨が降り注ぎます。
「どうしますか? 私が人間ロケットになって突っ込みましょうか?」
「お前が突っ込んでも、向こうで歓喜の悲鳴を上げるだけで終わるだろ!」
カイルさんが却下しました。ごもっともです。
遠距離攻撃手段といえばジュジュの『ルビー・レイ』ですが、あの距離のコアを一撃で破壊するには出力不足。
その時でした。
「……行けます」
足元の影から、静かな声がしました。
リンさんです。
彼女は、マダム・ガルドから贈られた黒いブーツ――**『影渡りのブーツ(シャドウ・ウォーカー)』**を履き、浮遊岩の「裏側(底面)」に逆さまに張り付いていました。
「リン!? お前、落ちないのか?」
「はい。このブーツは磁場と重力を制御します。私の認識する『下』が、地面になります」
リンさんが岩の縁をスタスタと歩き、私たちの横(側面)に立ちました。
彼女にとって、重力の向きは自由自在。
天井だろうが側面だろうが、彼女が踏みしめた場所が「地」となるのです。
「私がコアを破壊します。……ですが、あの弾幕の中を接近するには、少し『囮』が必要です」
「お任せください! 囮と書いてルシアンと読む、私が引き受けましょう!」
私は即座に挙手しました。
「作戦を伝えます。ルシアン様はチョーカーを最大出力にして、あちらの岩場へ飛んでください。敵の射線を一点に集めます」
「了解です! 流れ星になります!」
「その隙に、私が『影』を渡って接近します」
リンさんが短剣を構えました。
その瞳は、遥か彼方のコアだけを捉えています。
「行きます!」
私は浮遊岩を蹴り、宇宙空間へと飛び出しました。
チョーカー全開。
私が放つ濃厚なフェロモンが、真空(っぽい空間)を伝播していきます。
「こっちですよー! 私という一番星を見落とさないでくださいねー!」
ゴゴゴゴゴ……!
コアの周囲にいた数百体のゴーレムが一斉に反応しました。
全ての砲門が私に向けられます。
ズドドドドドドドドッ!!!
「あーっ! すごい! 光の洪水を泳いでいるみたいですぅぅぅ!!」
私は魔力障壁など張らず、生身で光弾の雨を受け止めました。
体中が弾け飛び、再生し、また弾ける。
光の奔流に押し流されながら、私は敵の注意を完璧に釘付けにしました。
その裏で。
「(……エレナ様の敵は、私が消す)」
リンさんが走りました。
彼女は足場のない空間を、目に見えない「何か」を蹴って疾走していました。
それは、敵が放った流れ弾であったり、漂う岩の破片であったり。
『影渡りのブーツ』の重力制御により、あらゆる物体を瞬時に「足場」へと変え、三次元的な機動で闇を駆けます。
「速い……! まるで黒い稲妻だ!」
カイルさんが驚愕します。
リンさんは敵の弾幕の隙間を縫い、時には敵ゴーレムの背中に着地し、それを踏み台にしてさらに加速しました。
「邪魔です」
踏み台にされたゴーレムが、リンさんの通過と同時に爆散します。
彼女が通過した後に残るのは、粉砕された敵の残骸のみ。
そして、コアの目前。
「(見えました。あそこが……急所)」
リンさんは空中で体を反転させ、ブーツの磁力を最大にしました。
コアの魔力に反発する磁場を形成し、急ブレーキと同時に体を固定。
ゼロ距離。
「エレナ様の視界に、ゴミは不要です」
ザシュッ!!
リンさんの短剣が、コアの中心核を貫きました。
同時に、マダムから貰った『爆破の魔石』をねじ込みます。
「さようなら」
リンさんが離脱すると同時に、コアが内側から膨張し、まばゆい光と共に爆発しました。
ズドォォォォォンッ!!!
衝撃波が広がり、周囲のゴーレムたちが連鎖的に機能を停止し、崩れ落ちていきます。
無限湧きが止まりました。
「やったか!」
「見事だ、リン!」
カイルさんとエレナさんが歓声を上げます。
私は光の雨に打たれながら(まだ楽しんでいます)、帰還するリンさんを見ました。
彼女は爆風を背に、重力を無視して優雅に着地しました。
「ただいま戻りました、エレナ様」
「無事か! 怪我は!?」
「エレナ様の心配……ああ、最高のご褒美です……♡」
エレナさんに抱きつかれ、リンさんが恍惚の表情でとろけています。
重力すら無視する彼女ですが、エレナさんへの愛の重力だけには逆らえないようです。
「やれやれ。頼もしい仲間ですね」
私は再生した体で合流しました。
第37階層クリア。
神域の理不尽な環境も、私たちの「異常性」の前には形無しです。
「さあ、次へ進みましょう。この調子なら、宇宙の果てまで行けそうですね!」
「行かねえよ! 早く地面のある場所に戻りたいんだよ俺は!」
私たちは星屑の回廊を抜け、次の扉へと向かいました。




