第63話 凱旋パレード、聖女の愛は物理的にも重すぎる
「……あの、姉さん。この格好はなんでしょうか」
聖都セント・アーク、王城の控え室。
私は鏡に映る自分を見て、深い溜息をつきました。
いつものスライムローブではありません。
純白のシルクに金糸の刺繍、そして過剰なまでのフリルがあしらわれた、まるで「お人形さん」のような礼服。
首元にはチョーカーではなく、リボンが結ばれています。
「あら、とっても似合っているわよルシアン♡」
姉のアリスが、私の髪を梳かしながらうっとりと呟きました。
「貴方は『救国の英雄』であり、次期教皇候補なのですから。これくらい高貴で、かつ**『庇護欲をそそる』**格好でなくては」
「動きにくいですし、防御力もゼロです」
「当然よ。貴方を守るのはこの私。鎧なんて無粋なものは必要ないわ」
姉さんは私の背後から抱きつき、その豊満な胸(聖なるクッション)に私の頭を押し付けました。
甘い香り。そして逃げ場のない拘束感。
これぞ『聖女の檻』です。
「(……早く帰りたい。塔の冷たくて痛い床が恋しいです)」
◇
そして始まった、戦勝記念パレード。
聖都の目抜き通りは、数万の市民で埋め尽くされていました。
紙吹雪が舞い、ファンファーレが鳴り響く中、私たちは巨大なオープン馬車に乗って進みます。
「うおおおおおッ! ブレイク・スルー万歳!!」
「ルシアン様ー! こちらを向いてー!」
凄まじい歓声。
私たちは一躍、時の人となっていました。
「へへっ、悪くねえな! 俺たち、本当に英雄になっちまったぜ!」
カイルさんが新品の正装(タキシード風の軽鎧)を着て、観衆に手を振っています。
その視線はチラチラと、前方の席に座るアリス姉さんに向けられていますが、姉さんは私に夢中で彼のことなど視界に入っていません。
「人が多いな……。これでは敵がどこに潜んでいるか分からん」
エレナさんはドレス姿(の上から要所を甲冑で守ったスタイル)で、緊張した面持ちです。
リンさんは……どこでしょうか。ああ、エレナさんの影の中に潜んでいますね。通常運転です。
そして私の肩には、新しい相棒のジュジュ(カーバンクル)が乗っています。
「キュイッ!(人間多い! 魔力美味そう!)」
「ダメですよジュジュ。一般人を吸ってはいけません」
私がジュジュをたしなめていると、隣に座る姉さんがマイク(魔導拡声器)を手に取りました。
「親愛なる国民の皆様! ごきげんよう!」
ワァァァァァッ!!
聖女の一声で、地響きのような歓声が上がります。
「この度の勝利は、神の加護と兵士たちの奮闘、そして何より……私の最愛の弟、ルシアンの活躍によるものです!」
姉さんが私を抱き寄せ、頬ずりをしました。
公衆の面前での公開処刑(溺愛)です。
「ルシアンは慈悲深く、自らの身を呈して兵士たちを守りました。彼こそが、次代を担う聖人! どうか皆様、彼に惜しみない称賛を!」
姉さんの演説は完璧でした。
ですが、その腕の力が強すぎて、私の肋骨がミシミシと悲鳴を上げています。
「(痛い……でも、これは愛の痛みではなく、ただの圧迫です。興奮しません)」
その時でした。
群衆の熱狂に紛れて、ピリッとした殺気が私の肌を刺しました。
「(……来ましたね)」
パレードという無防備な状況。
英雄となった私を狙う、敗戦国(帝国)の残党か、あるいは教皇の座を狙う反対勢力か。
いずれにせよ、私にとっては「退屈しのぎ」のお客様です。
ヒュンッ!!
ビル影から、一本の凶弾が放たれました。
音速の魔弾。
狙いは――姉さん(聖女)の頭部。
「(おや、私ではなく姉さんですか?)」
姉さんは気づいていません。演説に夢中です。
王宮騎士団の警備も、歓声にかき消されて反応が遅れています。
「させませんよ」
私は反射的に動きました。
姉さんの前に体を滑り込ませ、両手を広げます。
ドォォォォンッ!!
魔弾が私の胸に着弾しました。
肋骨が砕け、肺が破裂し、体が後方へ吹き飛びます。
「ぐふっ……! ああっ、いい威力! 熱量と衝撃のバランスが絶妙です!」
私は血を吐きながら、馬車の床に転がりました。
再生が始まります。
痛みは最高のご馳走。
ですが。
この場には、私が傷つくことを何より許さない人物がいました。
「……ルシアン?」
姉さんの演説が止まりました。
彼女は、血まみれになった私を見て、そして弾が飛んできた方向をゆっくりと見ました。
その瞬間。
聖都の空が、一瞬で暗転しました。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
「……誰?」
姉さんの声から、感情が消えました。
代わりに溢れ出したのは、都市一つを圧殺できるほどの、桁違いの魔力(殺意)。
「私のルシアンを……私の宝物を傷つけたのは、どこの虫ケラかしら?」
姉さんの髪が逆立ち、背後に光の翼(禍々しい)が出現します。
上空に展開されるのは、戦略級魔法の多重術式。
犯人だけでなく、その区画ごと消滅させる気です。
「ま、マズイ! アリス様が暴走するぞ!」
カイルさんが叫びました。
暗殺者を止めるのは簡単ですが、ブチ切れた聖女を止めるのはSランクの魔物を倒すより困難です。
「カイルさん、エレナさん! 姉さんを止めてください! 街が消えます!」
「無茶言うな! ……くそっ、やるしかねえ!」
カイルさんが大剣を抜き、姉さんが展開した魔法陣に向かって『流星・落牙』の構えを取ります。
破壊するためではありません。魔力の奔流を相殺するためです。
「リン! 犯人を確保しろ!」
「了解です!」
影から飛び出したリンさんが、ビル影に向かって疾走しました。
その間にも、姉さんの魔法が完成しようとしています。
「消えなさい。塵一つ残さず」
「姉さん! 落ち着いて! 私は無傷です!」
私が再生した体を見せても、姉さんの目には入っていません。
完全に『排除モード』に入っています。
「ジュジュ! あの魔法を吸いなさい!」
「キュイッ!?(あんなデカいの無理!)」
「いいから吸うんです! デザートですよ!」
私はジュジュを姉さんの頭上に投げました。
ジュジュが必死に口を開け、展開されかけた魔法の一部を吸い込み、暴発を防ぎます。
その隙に、カイルさんが姉さんの前に立ちはだかりました。
「アリス様! 落ち着いてください! ルシアンは無事です! 俺たちが守りました!」
「……邪魔よ。貴方も消えたいの?」
姉さんがカイルさんに冷たい視線を向け、指先を向けました。
死の宣告。
ですが、カイルさんは引きませんでした。
「俺は……貴女の笑顔を守りたいんだ! こんな怒りに満ちた顔、貴女には似合わねえ!」
カイルさんの決死の愛の告白(叫び)。
その熱量が、一瞬だけ姉さんの理性を引き戻しました。
「……え?」
その隙に、リンさんが半殺しにした暗殺者を引きずって戻ってきました。
「確保しました。帝国の工作員です」
「でかした!」
エレナさんが暗殺者を掲げ、民衆に向かって叫びました。
「見よ! 我らが『ブレイク・スルー』が、聖女様を狙う卑劣な刃を阻止したぞ!」
「おおおッ! さすがだ!」
「聖女様万歳! 英雄万歳!」
歓声が戻り、姉さんの魔法も霧散しました。
どうやら「演出」として処理することに成功したようです。
「……ふぅ。寿命が縮みました」
私は冷や汗を拭いました。
パレードは再開されましたが、姉さんはまだ不満げに私を抱きしめています。
「もう……。ルシアンが無茶するからよ。次は絶対に許さないからね」
「はい、善処します(無理です)」
カイルさんは腰を抜かしていましたが、どこか満足げでした。
一応、彼にとっての『愛しのアリス様』と会話(?)できたのですから。
こうして、波乱のパレードは幕を閉じました。
私たちは改めて思い知りました。
この国で一番危険なのは、魔物でも帝国軍でもなく、**「弟を愛しすぎる聖女」**なのだと。
(早く塔に帰りたい……。あそこが一番安全な場所です……)
私の「平和な日常(監禁生活)」への恐怖は、ますます強まるばかりでした。




