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第59話 絶望の戦場に咲く、狂気の癒し花火



北の国境要塞『鉄壁のアイアン・ファング』。

そこは今、地獄の様相を呈していました。


「衛生兵! こっちだ! 出血が止まらない!」

「矢だ! 矢の雨が来るぞぉッ!!」


城壁の上では、傷ついた兵士たちが悲鳴を上げ、眼下に広がる黒い海――帝国軍3万の大軍勢に怯えていました。

対する守備隊は、近隣からの援軍を合わせても8千。

しかも連日の防衛戦で疲弊しきっており、士気は最悪です。


「……到着しましたね」


私たちは要塞の中庭に降り立ちました。

血と泥と、焦げた鉄の臭い。

これぞ戦場です。


「ひどい有様だな。要塞が落ちるのも時間の問題か」


エレナさんが顔をしかめます。

司令部へ向かおうとしたその時、上空からヒュルルル……という不吉な音が響きました。


「敵襲ーッ! 投石機カタパルトだ!!」


見張り兵の絶叫と共に、巨大な火の玉となった岩塊が数発、城壁を超えて中庭に降り注ぎました。


ズドォォォォンッ!!


爆風と熱波。

逃げ遅れた兵士たちが吹き飛び、瓦礫の下敷きになります。


「うわあああ! もうダメだ! 死ぬ!」

「逃げろ! 勝てるわけがない!」


パニックが連鎖し、戦線が崩壊しかけました。

指揮官の怒号も届きません。

誰もが「死」を予感し、絶望に支配されています。


「(……ああ、なんて嘆かわしい)」


私は震えました。

恐怖ではありません。義憤です。

数万の殺意。降り注ぐ死の雨。そして、救いを求める数千の声。

罪なき人々が一方的に傷つけられるこの地獄を、私は聖職者として看過できません。


「(だからこそ、私が立つ意味がある)」


私が全ての痛みを引き受ければ、彼らは救われる。

私が盾となれば、この凄惨な殺し合いの場は、私だけが傷つき、私だけが満たされる「聖域パラダイス」へと変わるのです。


「カイルさん、エレナさん、リンさん。少し行ってきます」

「は? どこへ?」

「一番目立つところへ」


私はスライムローブを翻し、城壁の最上部へと駆け上がりました。

そこは、敵の矢と魔法が最も集中する激戦区。


「おい貴様! 何をしている! 危ないぞ!」


兵士が制止しようとしますが、私はそれを無視して城壁のへりに立ちました。

眼下には、地平線を埋め尽くす帝国軍。

彼らが放った第二波の矢の雨が、黒い雲のように迫っています。


「さあ、皆さん! 注目してください!」


私はチョーカーの出力を『最大』にし、さらに拡声魔法を使って戦場全体に声を響かせました。


「私は聖教国の特使! そして、貴方たちの盾となる者です! 帝国の皆さん、挨拶代わりの攻撃、遠慮なくどうぞ!!」


挑発。

帝国軍の前線部隊が、城壁の上に立つ無防備な人影(私)に気づきました。

チョーカーのフェロモンが、彼らの闘争本能を刺激します。


「撃てぇぇぇッ!! あの馬鹿を狙え!!」


数千本の矢と、数百発の魔法弾が、一斉に私へと吸い込まれていきます。

空を覆い尽くすほどの質量攻撃。

味方の兵士たちが「終わった」と目を覆いました。


ドガガガガガガガガガッ!!!


矢が突き刺さり、炎が爆ぜ、氷塊が砕け散ります。

私はその中心で、ハリネズミのように串刺しになりながら、炎に焼かれました。


「ぐ、あああああッ! 痛い! 熱い! 重い! これです、この圧倒的な暴力!」


激痛の奔流。

ですが、死にません。

『超速自己再生』がフル稼働し、破壊された肉体を瞬時に再構築していきます。

そして、その過程で生まれた莫大な余剰エネルギーを、私は光に変えました。


「『被虐の聖域サクリファイス・フィールド』――最大展開ッ!!」


カッッッ!!!


私の体から、太陽のような輝きが放たれました。

それは要塞全体を包み込むほどの巨大なドームとなり、降り注ぎました。


「な、なんだこの光は!?」

「傷が……塞がっていく!?」


瀕死だった兵士たちの傷が癒え、切断された腕が繋がり、折れた心が熱く燃え上がります。

私の「痛み」が、彼らの「力」へと変換されていく。


光の中心で、私は全身から矢を生やしたまま(再生中)、高らかに笑いました。


「見なさい! 敵の攻撃など、私一人で受け止められます! 貴方たちが傷つく必要はありません! 私が代わりに、全部、ぜーんぶ痛がってあげますから!!」


その異様な光景に、兵士たちは呆気にとられ、そして震えました。

恐怖ではありません。

「あんなバケモノが味方にいるなら、俺たちは死なないんじゃないか?」という、狂信的な希望に。


「す、すげぇ……! 聖女様の弟君だって噂は本当だったんだ!」

「あの方が盾になってくれるなら……俺たちは攻撃に専念できる!」

「うおおおおおっ! やれるぞ!」


沈んでいた士気が、一気に爆発しました。

私の狂気が伝染し、兵士たちをバーサーカーへと変えたのです。


「……あーあ。また始まったよ」


城壁の下から、カイルさんたちが呆れた顔で見上げていました。


「まあ、効果は絶大だな。行くぞ! ルシアンが的になってる間に、敵の前線を崩す!」

「承知! 私は城門を守る!」

「私は敵の指揮官を『掃除』してきます」


『ブレイク・スルー』も動き出しました。

私の癒やし花火を合図に、反撃の狼煙が上がったのです。


「さあ、もっと! もっと私を攻めてください! 貴方たちの殺意が、この要塞を守る力になるのですから!」


私は次なる矢の雨を、満面の笑みで迎え撃ちました。

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