第56話 神の庭の主、六翼の処刑者
天空庭園の最奥。
白亜の回廊を抜けた先にあったのは、空中に浮かぶ巨大な円形広場でした。
遮るものは何もなく、頭上には偽りの太陽がギラギラと輝いています。
「……来るぞ」
カイルさんが大剣を構えると同時に、上空から神々しい光が降り注ぎました。
光の中から現れたのは、純白の大理石でできた巨人。
背中には六枚の翼を持ち、手には黄金の錫杖。
顔には目鼻がなく、ただ冷徹な仮面のような面立ちをしています。
第36階層の主、『断罪の熾天使像』。
「キィィィィィィン……」
セラフィムが錫杖を掲げると、背後の六枚の翼が分離し、独立した砲台となって空中に展開しました。
ファンネルのようなオールレンジ攻撃。
「散れッ!!」
エレナさんの号令と同時に、無数の光線が雨のように降り注ぎました。
ズドドドドドドッ!!
石畳が砕け、爆風が舞います。
一発一発が、さっきの雑魚の矢よりも重い。
それを数十発同時に、しかも上空から撃ち下ろしてくるのです。
「くそっ、届かねえ!」
カイルさんが地団駄を踏みます。
敵は高度20メートル付近に滞空しており、こちらの大剣は届きません。
魔法使い(本職)がいない私たちのパーティにとって、空飛ぶ敵は鬼門です。
「リン! ワイヤーで引きずり下ろせ!」
「やってみます!」
リンさんがマダム特製の『ワイヤー射出機』を構え、セラフィムに向かって発射しました。
シュッ!
ミスリル製の極細ワイヤーが空を切り、セラフィムの足首に巻き付きます。
「捕らえました!」
「でかした!」
カイルさんとエレナさんがワイヤーを掴み、全力で引っ張ります。
二人の怪力なら、ドラゴンだって地上に引きずり落とせるはず。
ですが――。
「ギギギ……ッ!」
セラフィムは空中でピクリとも動きませんでした。
それどころか、無機質な顔をこちらに向け、翼の砲門を一斉にリンさんに向けました。
「なっ……!?」
「リンさん、危ないです!」
私が飛び出し、リンさんを突き飛ばしました。
直後、光線の集中砲火が私を直撃しました。
ジュワアアアアッ!!
「あぐっ、ぎゃあああ! 熱い! 光線が体を貫通して地面まで焼いてますぅぅ!」
私はハリネズミのように光線に貫かれ、地面に縫い付けられました。
痛い。内臓が焼ける臭いがする。
ですが、それ以上に厄介なのは。
「(重い……! ただ浮いているだけではありません、こいつは空間そのものに『固定』されています!)」
重力制御か、あるいは空間魔法か。
物理的な力で引っ張っても、座標が固定されているためビクともしないのです。
「効かぬか、下等生物よ」
セラフィムの頭部に、直接脳内に響くような念話が届きました。
無感情な声。
「我は断罪者。地を這う蟻ごときに、天の座は譲らぬ」
セラフィムが錫杖を振り下ろしました。
すると、頭上の太陽の輝きが増し、広場全体を覆うほどの巨大な魔法陣が展開されました。
広域殲滅魔法**『天の裁き(ジャッジメント・レイ)』**の予兆。
「おいおい、冗談だろ!? ここら一帯ごと消し飛ばす気か!?」
「逃げ場がないぞ!」
カイルさんとエレナさんが顔色を変えます。
防御も回避も不可能な、絶対的な死の光。
これを防ぐ手段など――。
「ありますよ」
黒焦げになった私が、フラフラと立ち上がりました。
「ルシアン?」
「簡単なことです。全体攻撃なら、『全体』を私一人に圧縮すればいい」
私はチョーカーのダイヤルを回しました。
『最大』を超えて、リミッターを解除する『暴走』領域へ。
強烈なフェロモンと共に、私が放つ魔力を一点に集中させ、避雷針のように掲げました。
「神様気取りの石像さん! こっちです! その立派な錫杖で、私を貫いてみなさい!!」
「……不浄なり」
セラフィムの「意識」が、私に釘付けになりました。
完璧な計算で動く自動防衛システムにとって、私の存在は許容しがたいバグ(異物)。
殲滅魔法の照準が、広場全体から、私という一点に収束していきます。
「ルシアン、死ぬぞ!!」
「構いません! その代わりカイルさん、お願いしますよ!」
私は空を指差しました。
「あいつが攻撃を撃つ瞬間、固定が解かれます! その隙に、貴方の『愛』を届けてください!」
カイルさんがハッとして、大剣を構えました。
エレナさんも意図を察し、盾を構えてカイルさんの足場になります。
「来るぞ……!!」
空が白く染まりました。
極太の光の柱が、私に向かって投下されます。
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!
「ぎゃあああああああああああっ!!!」
視界が消失。聴覚が消失。
私の肉体は瞬時に蒸発し、魔力だけの存在になりかけ、そして『超速自己再生』が無理やり現世に繋ぎ止めます。
生と死の狭間を高速回転する、永遠の刹那。
「(ああ、これです……! これが神域の痛み……!)」
私の意識が飛びかけた、その時。
光の柱の外側を、赤い流星が駆け上がりました。
「いっけええええええええッ!!」
エレナさんの全力の跳躍補助(踏み台)を受け、カイルさんが空高く舞い上がりました。
攻撃のために座標固定を解除したセラフィム。
その無防備な懐に、ロマン砲が肉薄します。
「届いたぜ、神様!!」
カイルさんは空中で大剣を振りかぶりました。
その刀身は既に、灼熱の紅蓮に染まっていました。
私が体を張って稼いだ数秒間。そのわずかな、しかし貴重な時間で、カイルは限界まで魔力を充填させていたのです。
チャージ完了と同時に放たれた跳躍。
「これだけじゃねえぞ……!」
膨大な魔力が剣に宿る。通常ならその反動で体がブレるところです。
ですが、カイルさんはフッと全身の力を抜きました。
魔力の奔流すらも剣の「重み」の一部として受け入れ、重力に身を委ねる。
ベルタ婆さんに叩き込まれた『脱力』の極意と、最強の『ロマン砲』の融合。
「混ざり合え! 魔力と重力! 『流星・落牙』ッ!!」
カイルさんの体ごと回転した大剣が、セラフィムの脳天に叩きつけられました。
熱線の破壊力と、物理的な質量攻撃。
二つの最強が重なった一撃は、もはや「斬撃」ではありませんでした。
ズドガァァァァァァァァンッ!!
空間ごと削り取るような轟音。
アダマンタイトの刃が熱線と共に神の石像をバターのように溶断し、粉砕しました。
セラフィムの体が真っ二つに割れ、左右に爆散しました。
同時に、私を焼いていた光の柱も霧散します。
カイルさんが着地し、残心。
空から降ってくる石像の破片が、キラキラと輝いていました。
「……はぁ、はぁ。ざまぁみろ」
カイルさんが勝利の笑みを浮かべます。
私は再生したばかりのツルツルの体(服も再生中)で、拍手を送りました。
「お見事です。あんな高いところまで、よく届きましたね」
「お前のおかげだよ、変態。……二度とやりたくねえけどな」
カイルさんが手を差し伸べてくれました。
第36階層、突破。
神域の入り口で待ち受けていた洗礼を、私たちは「肉体」と「勇気」の力技でねじ伏せました。
「さあ、先へ進みましょう。神域はまだ始まったばかりです」
私たちは瓦礫の山を越え、次の扉へと向かいました。




