第55話 神域の入り口、美しき処刑場にて
「……いい輝きだ。前より馴染む気がする」
工房の前。
カイルさんが、マダム・ガルドによって打ち直された大剣『紅蓮のイグニス・改』を構え、その感触を確かめました。
刀身に埋め込まれた雷竜の素材が、青白い稲妻のような輝きを放っています。
「私の鎧もだ。重量は増しているはずなのに、羽のように軽く感じる」
エレナさんも、『白銀の城壁・改』の関節を動かし、そのスムーズさに驚いています。
マダムの職人芸(と徹夜)により、二人の装備は「神域」仕様へと進化していました。
「リンちゃんのはまだ時間かかるから、とりあえずコレを持っていきな!」
マダムがリンさんに渡したのは、予備の魔石と、特製の『ワイヤー射出機』でした。
磁力ブーツはまだですが、これで立体機動力がさらに上がります。
「ありがとうございます、マダム。エレナ様の露払い、完璧にこなしてみせます」
「行ってきな! アタシの夢、叶えてちょうだいよ!」
マダムに見送られ、私たちは再び『雷鳴の塔』の門をくぐりました。
第35階層までは転移魔法陣で一っ飛び。
そして、竜戦士ヴォルトが守っていた玉座の裏、厳重に封印されていた扉の前に立ちました。
「行くぞ。ここから先は『神域』だ」
カイルさんが重い扉を押し開けました。
◇
第36階層。
そこは、塔の中とは思えない光景が広がっていました。
「……空?」
頭上には、抜けるような青空と、眩い太陽(魔力で作られた擬似太陽)が輝いています。
足元には白亜の石畳が敷き詰められ、周囲には色とりどりの花が咲き乱れる、美しい**『天空庭園』**。
これまでの薄暗くジメジメしたダンジョンとは、天と地ほどの差です。
「綺麗ですねぇ。ピクニックでもしたくなります」
「油断するなルシアン。……肌がヒリつくほどの魔力濃度だ」
エレナさんが警告した通り、この空間には濃密すぎる魔力が満ちていました。
呼吸するだけで肺が熱くなるような感覚。
魔力耐性のない一般人なら、立っているだけで魔力酔いを起こして倒れるでしょう。
「キィィィィン……」
美しい鳥のさえずりのような音が響き、庭園の奥から「それ」は現れました。
純白の翼を生やし、黄金の弓を持った石像。
『エンジェル・スタチュー』。
一体だけではありません。花畑の中から、木陰から、次々と起動してこちらを包囲します。
「石像か。動きは遅そうだが……」
カイルさんが大剣を構えた瞬間。
ズドンッ!!
音速を超える光の矢が、カイルさんの顔面をかすめました。
頬から血が流れます。
「なっ……!? 見えなかったぞ!」
「速い! しかも詠唱なしか!」
スタチューたちは無表情のまま、次々と光の矢を放ってきました。
ただの矢ではありません。着弾と同時に爆発する、高威力の魔法矢です。
Cランク帯の魔物なら必殺技レベルの攻撃を、こいつらは通常攻撃として連射してくるのです。
「くっ、数が多い! パリィしきれん!」
エレナさんが前に出て盾となりますが、爆発の衝撃を殺しきれず、ジリジリと後退します。
リンさんが影から奇襲をかけようとしましたが、スタチューは背中に目がついているかのように反応し、翼で迎撃しました。
「硬い……! 私の短剣が通らない!」
「これが神域の雑魚敵かよ……! 冗談きついぜ!」
カイルさんが悪態をつきます。
個々の強さが、下層の中ボス並み。それが集団で、統率された動きで襲ってくる。
これが『神域』の洗礼。
「皆さん、落ち着いてください」
私はスライムローブを広げ、矢の雨の中に飛び出しました。
「私のチョーカーは『最大』です。つまり、ここの天使様たちも私に夢中のはず!」
フェロモン散布。
スタチューたちの無機質な瞳が、一斉に私を捉えました。
標的変更。
数百本の光の矢が、私一点に集中します。
ドガガガガガガガッ!!!
「あぐっ、ぎゃああああ! 熱い! 痛い! 爆発で体が宙に浮きっぱなしですぅぅ!」
私はお手玉のように空中で爆発を受け続けました。
全身が炭化し、再生し、また焼かれる無限ループ。
ですが、そのおかげでカイルさんたちの射線が通りました。
「よく耐えたルシアン! 今だ、反撃開始!」
カイルさんが踏み込みました。
『脱力』の極意により、初速が消えた神速の一撃。
大剣がスタチューの胴体を音もなく両断します。
「硬いが、斬れる! マダムの剣のおかげだ!」
エレナさんも負けてはいません。
『白銀の城壁・改』に魔力を循環させ、爆発的な脚力で懐に潜り込みます。
「砕けろッ!」
ハルバードの一撃が、スタチューの頭部を粉砕しました。
リンさんも、破壊された断面の隙間に爆破魔石をねじ込み、内部から破壊していきます。
「ハァ……ハァ……。なんとか、片付いたか」
数分後。
周囲には瓦礫の山が築かれていました。
たった一度の戦闘で、カイルさんたちは肩で息をしています。
「消耗が激しいな……。一戦一戦がボス戦並みだ」
「回復しますね。……ああっ、私の黒焦げボディから放たれる癒やしの光を浴びてください!」
私が再生しながら光を放つと、二人は複雑そうな顔で回復を受けました。
「先が思いやられるな。あと14階層もあるのか?」
「ええ。ですが楽しみじゃありませんか。雑魚でこの強さなら、ボスはどれほど素晴らしい暴力を持っているのでしょう!」
私は空(天井)を見上げました。
美しき処刑場、第36階層。
神域の旅は、まだ始まったばかりです。




