第54話 神域への階段、その前の一時停止(ティータイム)
第35階層の守護者、竜戦士ヴォルトとの死闘を制した私たちは、彼が残した転移魔法陣を使い、一度ヴォルテックスの街へと帰還しました。
「ぷはーっ! 生き返るぅぅッ!」
定食屋『ベルタ』。
カイルさんがジョッキを傾け、琥珀色の液体を喉に流し込みました。
テーブルには、山盛りの肉料理と、色とりどりの野菜炒めが並んでいます。
「よくやったねぇ、あんたたち。まさかあの竜戦士を退けるとは」
厨房から顔を出したベルタ婆さんが、巨大な包丁で果物を剥きながらニヤリと笑いました。
「竜戦士ヴォルト……。あたしが現役の頃も、何人ものSランク冒険者が挑んで、鼻をへし折られて帰ってきたもんだよ。それを突破するなんて、大したモンだ」
「へへっ、師匠の教えのおかげですよ。『脱力』がなけりゃ、あいつの障壁は斬れなかった」
カイルさんが照れくさそうに笑います。
確かに、今回の勝因は全員の成長が噛み合ったこと。
誰か一人でも欠けていれば、私たちは今頃塔の床のシミになっていたでしょう。
「しかし、ここからが本番だぞ」
エレナさんが水を飲みながら、真剣な表情で地図を広げました。
塔の構造図(推測)。
「ヴォルト殿は言っていた。『この先は神域』だと。第36階層から最上階の第50階層まで……残り15階層。魔物の強さも、ギミックの凶悪さも、これまでとは次元が違うはずだ」
「神域……。響きだけでゾクゾクしますね」
私は特製ミルク(カルシウム増量)を飲みながら、うっとりと天井を見上げました。
「神話級の怪物、即死トラップ、そして未知の拷問……。想像するだけで、私の『被虐の聖域』が疼きます」
「お前のそのポジティブさ、時々本当に心配になるよ」
カイルさんが呆れますが、リンさんは無表情で肉を切り分けながら頷きました。
「エレナ様の行く手を阻むものは、神でも悪魔でも排除します。……そのためにも、装備のメンテナンスは必須ですね」
リンさんの言う通りです。
竜戦士との戦いで、カイルさんの大剣は刃こぼれし、エレナさんの鎧も凹み、私のローブもボロボロ(これはいつものことですが)です。
万全の状態で挑まなければ、神域の露と消えるのは目に見えています。
◇
食事を終えた私たちは、マダム・ガルドの工房を訪れました。
「あら、おかえり。生きてたみたいね」
マダムは私たちのボロボロの装備を見るなり、嬉しそうに口角を上げました。
「ふん、いい壊れ方してるじゃない。限界まで使い倒した道具特有の、美しい傷跡だわ」
「マダム、修理をお願いできますか? これから神域へ挑むんです」
「当たり前よ! アタシの最高傑作を、半端な状態で神様の前に出すなんて許さないわ!」
マダムは袖をまくり上げ、ハンマーを手に取りました。
「任せなさい。修理ついでに、竜戦士の素材を使って強化してやるわ。……アンタたちが持ち帰った『雷鱗』と『角』、いい魔力を秘めてるからね」
マダムの職人魂に火がついたようです。
カンカンカン! と小気味よい音が工房に響き始めました。
その間、私たちは工房の隅で休息を取ることにしました。
窓の外には、夕闇に沈む『雷鳴の塔』がそびえ立っています。
常に雷雲を纏い、人を拒絶する絶対不可侵の巨塔。
「……なぁ、ルシアン」
カイルさんが窓の外を見ながら、ポツリと呟きました。
「俺たち、本当にあそこを登りきれるのかな」
「弱気ですか?」
「いや……。ただ、怖くねえって言ったら嘘になる。竜戦士ですらあんなに強かったんだ。その上にいる『塔の主』は、一体どれだけの化け物なんだろうってな」
カイルさんの手は、わずかに震えていました。
それは武人としての本能的な恐怖。
生物として、上位の存在に対する畏怖。
「大丈夫ですよ」
私はカイルさんの隣に立ちました。
「どれだけ強い敵が現れても、私が一番最初に殴られますから。貴方はその後ろで、震えが止まるまでチャージしていればいいのです」
「……ははっ。違げぇねえ」
カイルさんが笑い、震えが止まりました。
「そうだな。お前が体を張って、エレナが守って、リンが道を切り開く。……俺は、最後に美味しいところを持っていくだけだ」
「ええ。それが『ブレイク・スルー』の戦い方ですから」
私たちは顔を見合わせ、拳を合わせました。
「待っていろアリス様。俺は必ず、この塔を制覇して、Sランクになってみせる!」
「私は、騎士としての誇りを胸に、仲間を守り抜く!」
「私は……エレナ様のためなら、世界を敵に回しても構いません」
「(私は、もっと痛い攻撃を……! もっと素晴らしい絶望を!)」
それぞれの願いを胸に。
準備は整いつつあります。
装備が直り次第、いよいよ最終章へのアタック開始です。
塔の頂に眠るという『雷神の心臓』。
そして、Sランクへの称号。
全てを手に入れるため、私たちは再び死地へと向かいます。




