第53話 神の雷vs人間の悪あがき
「……来たか」
約束の3日後。第35階層。
黒曜石の神殿にて、**『雷轟の竜戦士』**は玉座からゆっくりと立ち上がりました。
「待っていたぞ。死に急ぐ者たちよ」
「いいえ。私たちは『生き急ぐ』者たちですよ」
私が先頭に立って答えると、竜戦士は黄金の瞳を細めました。
その全身から放たれるプレッシャーは、3日前と変わらず圧倒的。
Aランクすら凌駕する、神域の守護者。
「問おう。我を傷つける術は得たか?」
「ああ、たっぷり仕込んできたぜ」
カイルさんが大剣を構えます。
エレナさんが盾を前に出し、リンさんが影に溶け込みます。
そして私は、チョーカーのスイッチを『最大』に回しました。
「行くぞッ!!」
開戦の合図は、竜戦士の雷槍でした。
音速を超える刺突。
標的は、前回と同じくエレナさん。
「学習せぬか。その盾ごと貫く!」
バチリ、と空気が焦げる音と共に、槍がエレナさんに迫ります。
前回は、パリィの上から貫通されました。
ですが、今の彼女は違います。
「(来る……! 殺気、魔力の流れ、ベクトル……!)」
エレナさんは動きませんでした。
槍が盾に触れるコンマ一秒前。
彼女は自身の魔力を爆発的に循環させ、盾の表面に『鏡』を作り出しました。
シスター・クラリス直伝、『対魔反射』。
カァァァンッ!!
甲高い音が響き、竜戦士の腕が大きく跳ね上がりました。
槍が弾かれたのです。
それも、威力をそのまま相手に返す形で。
「ぬ……っ!?」
「ただの壁だと思ったか! 私は『鏡』だ!」
竜戦士が体勢を崩した一瞬の隙。
カイルさんが懐に飛び込みました。
「遅い!」
竜戦士は左手で雷の障壁を展開します。
触れれば黒焦げ、叩けば弾かれる絶対防御。
しかし、カイルさんの大剣『紅蓮のイグニス』には、力みがありませんでした。
「(ベルタ婆さん……見ててくれよ!)」
カイルさんは呼吸を止め、剣の重みに全てを委ねました。
殺気を消し、抵抗を消し、認識すら滑り抜ける幽霊のような一撃。
『空断』。
ヌッ……。
音がしませんでした。
大剣は雷の障壁を「すり抜け」るように切断し、竜戦士の鋼鉄の鱗を切り裂きました。
「ガァッ……!?」
鮮血が舞います。
竜戦士が驚愕に目を見開きました。
障壁が反応しなかった。斬られたことに気づくのが遅れた。
「小賢しいッ!」
竜戦士が咆哮し、全方位に衝撃波を放ちました。
カイルさんとエレナさんが吹き飛ばされます。
ですが、その衝撃波の死角――竜戦士の影の中に、異物は潜んでいました。
「(私は空気。私は塵。私は……無)」
リンさんです。
彼女は衝撃波が通り過ぎた後、音もなく竜戦士の背中に張り付いていました。
ヴォルグ団長の精鋭部隊すら欺いた、完全なる隠密。
「失礼します」
ドスッ!
リンさんの短剣が、竜戦士の首筋――鎧の隙間に深々と突き刺さりました。
そこへ流し込まれる、ヴォルグ団長直伝(盗撮)の雷撃魔法。
「グオオオオオッ!!」
竜戦士が膝をつきました。
あり得ない光景です。
たった数日前まで手も足も出なかった相手を、私たちは追い詰めている。
「見事だ……!」
竜戦士が槍を杖にして立ち上がりました。
その体からは血が流れていますが、戦意は衰えるどころか、太陽のように燃え上がっています。
「人間ごときが、ここまで我を追い詰めるとは。……認めよう。貴様らは強い」
竜戦士が槍を放り投げました。
そして、両手を天に掲げます。
「故に、我も全霊で応えよう。……消し飛べ」
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
塔全体が震え始めました。
天井付近に、とてつもない密度の雷球が生成されていきます。
それは魔法ではありません。
この塔のエネルギーそのものを集束させた、神の裁き。
「(やべぇ……! あれは防げねえ!)」
「(反射できるレベルを超えている……!)」
カイルさんとエレナさんが顔色を変えます。
リンさんも影から弾き出されるほどのプレッシャー。
これを撃たれれば、私たちは全滅です。
「終わりだ」
竜戦士が腕を振り下ろそうとした、その時。
「待ってください! その攻撃、私が注文しました!」
私が三人の前に飛び出しました。
手には、ミントさんとヴォルグ団長に作ってもらった特注の魔導具――**『避雷針・極』**が握られています。
「なっ、ルシアン!? 死ぬ気か!」
「ええ、死ぬ気で楽しみます!」
私は避雷針を床に突き刺し、魔力を注入しました。
すると、避雷針から青白い光の柱が立ち上り、竜戦士の雷球へと接続されました。
「なんだそれは!?」
「ヴォルグ団長の魔力を封入した、**『強制誘導装置』**です!」
私は叫びました。
「貴方のその雷……全て私一点に集中させていただきます!!」
ズドォォォォォォォォォンッ!!!
雷球が軌道を変え、避雷針――そして私に向かって直撃しました。
視界が白に染まります。
音すら置き去りにする衝撃。
数億ボルトのエネルギーが、私の小さな体を通過し、地面へと抜けていきます。
「ぎゃあああああああああああっ!!!」
痛い? 熱い?
そんな次元ではありません。
魂が洗濯機に入れられたような、存在ごとシェイクされる感覚。
『超速自己再生』がフル回転し、炭化する細胞を秒速で作り変えます。
「(ああっ、すごい! 神の雷! 脳味噌が溶けるぅぅぅ!)」
私は白目を剥きながら、それでも避雷針を離しませんでした。
私が耐えれば、後ろの皆は助かる。
私が耐えれば、この最高の痛みを独り占めできる。
「バカな……! 我が最大火力を、生身で受け止めているだと!?」
竜戦士が驚愕しています。
私の体は限界を超え、光となって崩壊しかけていました。
ですが、私は笑いました。
「まだです……! まだ、足りませんよぉぉぉッ!」
私は最後の力を振り絞り、避雷針に残っていたヴォルグ団長の魔力を逆流させました。
受け止めた雷のエネルギーを、そのまま竜戦士にお返しするカウンター。
「受け取ってください! 私の愛を!!」
バチイィィィィィンッ!!!
逆流した雷撃が、竜戦士を直撃しました。
彼は吹き飛ばされ、玉座に叩きつけられました。
静寂。
煙が晴れると、そこにはボロボロになった竜戦士と、黒焦げの棒きれ(私)が転がっていました。
「……はっ、ははは」
竜戦士が、天井を見上げて乾いた笑い声を上げました。
「参った。……我の負けだ」
彼はゆっくりと体を起こし、再生を始めた私を見つめました。
「技で上回り、力で耐え抜き、最後は狂気でねじ伏せるか。……面白い」
竜戦士が指を鳴らすと、第36階層への扉が開かれました。
そして、彼は玉座の脇にあった宝箱を開け、中から一つの鍵を取り出して放り投げました。
「行け。この先は神域。……死ぬなよ、人間たち」
カイルさんが鍵を受け取り、震える声で言いました。
「……ああ。ありがとな」
私たちは満身創痍で、しかし誇らしげに扉をくぐりました。
神の試練を突破。
『ブレイク・スルー』は、ついに塔の最深部への切符を手にしたのです。




