第52話 ストーカーの復讐劇と、雷帝への極秘取引
カイルさんが包丁を握り、エレナさんが十字架で殴られている頃。
私とリンさんは、魔術師団の本部を訪れていました。
「……また貴様らか」
執務室のデスクで書類の山と格闘していたヴォルグ団長は、私たちを見るなり露骨に嫌な顔をしました。
「何の用だ。私は忙しい。部下が不祥事を起こしたせいで、始末書の山なのだぞ」
「おや、それは申し訳ありません(原因の一端は私たちがボコボコにしたせいですが)」
私は軽く頭を下げ、隣のリンさんを促しました。
今日の用件の半分は、彼女の希望です。
「団長様。お願いがあります」
リンさんが一歩前に出ました。
その瞳は、いつもの無機質なものではなく、暗く燃える鬼火のような光を宿していました。
「私に……**『人手』**を貸してください」
「人手だと?」
「はい。貴方の部下である魔術師たちを、私の訓練相手として貸していただきたいのです」
リンさんは、悔しそうに唇を噛み締めました。
「第32階層で、私は『疾風の鎌』に敗北しました。速さで負け、隠密を見破られ、手も足も出なかった……。エレナ様をお守りする影として、これ以上の屈辱はありません」
彼女のプライドはずたずたです。
エレナさんは許してくれましたが、リンさん自身が自分を許せていないのです。
「私は克服したい。風よりも速く動き、雷よりも鋭い感覚を持つ敵を、単独で葬り去る技術を。……そのためには、雷魔法の使い手である貴方の部下たちが最適なのです」
ヴォルグ団長は興味深そうに眉を上げました。
「ほう? つまり、私の精鋭部隊を『仮想敵』にしたいと?」
「違います。**『標的』**です」
リンさんは懐からナイフを取り出し、指先で回しました。
「彼らに本気で私を殺しに来させてください。広範囲探知、雷撃の弾幕、結界による捕縛……ありとあらゆる手段で私を追い詰めてほしい。私はその包囲網を潜り抜け、彼らの首にナイフを突きつける訓練をします」
それは訓練というより、命懸けの殺し合い(ごっこ)です。
集団による魔法弾幕の中を、隠密だけで搔い潜る。一歩間違えば黒焦げです。
「……いいだろう。部下たちにとっても、対アサシン戦のいい訓練になる」
ヴォルグ団長は許可を出しました。
「ただし、手加減はさせんぞ。死んでも文句は言うな」
「望むところです。エレナ様の役に立てないなら、死んだも同然ですから」
リンさんは深く一礼し、音もなく部屋を出て行きました。
彼女の愛の重さは、もはや執念の域を超えていますね。素晴らしいです。
「さて、次は貴様か」
団長が私に向き直りました。
「貴様も訓練相手が欲しいのか? 私の雷ならいつでも撃ってやるぞ」
「いえ、それはまたの機会に(デザートにとっておきます)。今日は、**『商談』**に来ました」
私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出しました。
そこに書かれているのは、ミントさんと共に考案した、対『雷轟の竜戦士』用の秘策の設計図。
「3日後の再戦。私たちは勝つつもりですが、正面からぶつかれば勝率は五分五分……いえ、もっと低いでしょう。相手は神域の守護者ですから」
「ふん、謙虚だな。で、どうするつもりだ?」
「絡め手を使います。ですが、それには**『超高密度の雷魔力』**を一点に固定する必要があります」
私は設計図をデスクに広げました。
「ミントさんの魔導具だけでは出力が足りません。そこで、雷帝である貴方の力をお借りしたいのです」
「私が冒険者に力を貸すと? 中立の立場を崩せと言うのか?」
「いいえ。これはあくまで『ギルドへの依頼』ではありません。個人的な取引です」
私はニヤリと笑いました。
「もし協力していただけるなら……報酬として、**『塔の最上階の記録』**を一番にお見せします」
「……ッ」
団長の目の色が変わりました。
彼は塔の管理者でありながら、最上階への到達を果たしていません。
『雷神の心臓』の伝説。その真偽を知ることは、雷魔法を極める彼にとって悲願のはず。
「……貴様、私の足元を見たな?」
「まさか。Win-Winの関係ですよ」
団長はしばらく沈黙し、そして獰猛に笑いました。
「いいだろう。乗ってやる。……だが、失敗は許さんぞ。私の魔力を使って負けるなど、ヴォルテックスの恥だ」
「ご安心を。私の辞書に『敗北』はありません。『ご褒美』があるだけです」
交渉成立。
カイルさんは剣を極め、エレナさんは盾を磨き、リンさんは影を研ぎ澄ます。
そして私は、盤面をひっくり返すためのジョーカー(と強力なコネ)を用意しました。
約束の3日後。
私たちは再び、あの絶望的な玉座の間へと向かいます。
神殺しの準備は、整いました。




