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第51話 敗北の味がする肉と、祈りという名の暴力



「3日……か」


城塞都市ヴォルテックスの宿屋。

私たちは重苦しい沈黙の中にいました。

第35階層の守護者『雷轟の竜戦士』。その圧倒的な実力差は、私たちの心を折るには十分すぎました。


「今のままじゃ勝てねえ。あの障壁を破るには、もっと速く、もっと重い一撃が必要だ」

「私もだ。あの槍の一撃……私のパリィごと貫かれた。防御の次元が違う」


カイルさんとエレナさんが拳を握りしめます。

3日という猶予は、強くなるための時間。ですが、普通に鍛錬したところで埋まる差ではありません。


「行きましょう。私たちには、導いてくれる先達がいるではありませんか」


私が言うと、二人は顔を上げ、力強く頷きました。


「ああ。泣きついてでも教えてもらうしかねえ!」

「恥を忍んで教えを乞おう。プライドで仲間は守れん!」


私たちは手分けして、それぞれの「師匠」の元へと走りました。


   ◇


【カイル side】


「いらっしゃい! ……なんだいその辛気臭いツラは」


定食屋『ベルタ』。

女主人のベルタ婆さんが、巨大な肉切り包丁でオーク肉を解体しながら、ジロリと俺を睨んだ。


「婆さん……いや、師匠。頼みがある」


俺はカウンターに頭を擦り付けた。


「俺に、もっとすげぇ剣術を教えてくれ! 雷の障壁ごと敵をぶった斬るような、最強の技を!」

「……断る」


ベルタ婆さんは即答し、包丁をまな板に突き立てた。


「アンタには『脱力』を教えたはずだ。剣の重さに身を委ね、抵抗を消して斬る。それができれば、たいていのモンは斬れる」

「それじゃ通じねえんだよ! 相手は触れた瞬間に雷で弾き返してくる! 剣が届く前に止められちまうんだ!」


竜戦士の雷の障壁。

あれは物理的な硬さじゃない。俺の剣が触れるコンマ一秒前に、超高密度の魔力が反発して弾き飛ばすんだ。


「……ふん。なるほどね」


婆さんは煙管キセルを取り出し、紫煙を吐き出した。


「アンタ、まだ『斬ろう』としてるね?」

「は?」

「相手を斬ろう、肉を断とう、障壁を破ろう。その『殺気』が、相手の防御本能を刺激し、魔力を硬化させるんだよ。……達人クラスの魔力障壁はな、殺気に反応して自動防御するもんさ」


婆さんは厨房の奥から、一枚の薄い布を持ってきた。

それを空中に放り投げる。

ふわふわと漂う布。


「これを斬ってみな」

「布? こんなもん簡単だろ」


俺は大剣を抜き、布に向かって振り下ろした。

ヒュンッ!

剣風が巻き起こり、布は風圧でひらりと逃げてしまった。刃は掠りもしない。


「なっ……!?」

「力めば風が起きる。殺気を出せば空気が逃げる。……いいかい? 本当の『切断』ってのはな、相手に斬られたことすら気づかせないことさ」


婆さんが包丁を構えた。

殺気はない。構えに力みもない。

ただ、そこに老婆が立っているだけ。


彼女がスッと包丁を振った。

風切り音すらしなかった。

だが、空中に舞っていた布は、音もなく二つに分かれて落ちた。


「……!?」

「『空断くうだん』。魔力の流れ、空気の抵抗、相手の認識。その全ての間隙を縫って、刃を通す。……障壁が『弾こう』と反応する前に、斬り終えるんだよ」


反応する前に、斬る。

速度の問題じゃない。認識の死角を突く、究極の脱力。


「あと3日だ。この布を斬れるようになるまで、肉は食わせないよ」

「……上等だ! やってやるよ!」


   ◇


【エレナ side】


街外れの教会。

そこには、相変わらず気だるげに掃除をしているシスター・クラリスの姿があった。


「あらあら、エレナさん。ずいぶんと派手にやられたようですね」


クラリスは私のボロボロになった盾を一目見て、全てを察したようだった。


「教官! お願いします、ご指導を!」

「嫌です。面倒くさい」

「そこを何とか! あの竜戦士の槍……私のパリィの上から貫通してきたのです! あれを防ぐ術を!」


私が必死に頼み込むと、クラリスは「はぁ」とため息をつき、持っていたほうきを私に向けた。


「貴女のパリィは『受け流し』です。川の流れを変えるように、力を逸らしている。……ですが、相手が『津波』だったらどうします?」

「つ、津波……?」

「逸らしきれない奔流は、貴女ごと飲み込みます。……高密度の攻撃を防ぐには、逸らすのではなく、**『反射リフレクト』**させるしかありません」


クラリスが箒を振るった。

ただの掃除道具のはずなのに、そこから不可視の衝撃波が放たれる。


「っ!」


私は盾を構えた。いつものように魔力を循環させ、逸らそうとする。

だが、衝撃波は盾に吸い付くようにまとわりつき、そのまま私の体を吹き飛ばした。


「ぐあっ……!?」

「受け入れるから負けるんです。魔力を『壁』にするのではなく、『鏡』にしなさい」


クラリスが近づいてくる。


「相手の魔力と同じ波長、同じ強度、逆のベクトルを、衝突の瞬間にぶつける。……0.1秒のズレも許されません。失敗すれば自爆です」

「そんな芸当が……!」

「できますよ。貴女のその『石頭(頑固さ)』ならね」


クラリスは不敵に笑い、巨大な十字架を取り出した。


「さあ、特訓再開です。私が放つ聖魔法を、一発でも完全に反射できたら合格です。……死なないでくださいね?」

「望むところだ……! 騎士の意地、見せてやる!」


   ◇


それぞれの場所で始まった、地獄の特訓。

タイムリミットは3日。

それは短すぎる時間かもしれない。

だが、限界を超えるには十分な時間でもあった。


そして私は――。


「ふむ。皆さんが頑張っている間、私も何か準備をしましょうか」


私は工房のミントさんを訪ねていました。

私にできること。

それは、彼らが作った「一瞬の勝機」を、絶対に逃さないための「最悪の泥仕合」を演出することです。


「ミントさん。例の『アレ』……在庫はありますか?」

「えっ? あれ使うの? ……ルシアン君、本当に死ぬよ?」

「構いません。神ごとき(竜戦士)に喧嘩を売るのですから、命くらいチップとして弾まないと」


私はニッコリと笑いました。

決戦の時は近い。

『ブレイク・スルー』の真価が問われる時が。

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