第5話 貴方が「恋」をするなら、私はその愛の試練(物理)を受けたいのです
「カンパ〜イ!!」
冒険者ギルドの酒場。
木製のジョッキがぶつかり合い、エールが飛沫を上げます。ミスリル・ゴーレム討伐という大金星を挙げた私たちは、周囲の冒険者たちから称賛と奇異の視線を浴びながら、祝杯をあげていました。
「ぷはーっ! うめぇ! やっぱ大仕事の後の酒は最高だな!」
「そうですね。私も、昨日の全身粉砕骨折の心地よい余韻が残っているので、ミルクが美味しいです」
「……お前、飯食う時にその話するのやめろよ」
カイルさんは私の特製ミルクを見てげんなりした顔をしましたが、すぐに上機嫌で地図を広げました。
「さて、ルシアン。これからのことだが……」
その時でした。
酒場の入り口が騒がしくなり、冒険者たちが一斉にざわめき始めました。
「おい、見ろよあれ!」
「王都のパレードだ! 『聖女様』がいらしてるぞ!」
「マジか! 生の聖女様だ!」
酒場の窓から見える大通りを、煌びやかな馬車の列が通っていきます。その中心にあるオープンタイプの馬車に、一人の女性が乗っていました。金色の髪に、雪のように白い肌。神々しいほどの美貌を持ち、民衆に優雅に手を振るその姿は、まさしくこの国の象徴。私の実の姉、アリス・セイントでした。
「(げっ、姉さん……。こんな辺境まで視察ですか)」
私はとっさに顔を背けました。
姉さんは極度のブラコン……いえ、過保護なので、私がこんな危険な真似(特攻)をしているとバレたら、実家に強制送還されて座敷牢に入れられてしまいます。
回復魔法の実験台(自分)がなくなるのは困ります。
「……おい、ルシアン」
カイルさんが、呆けたような声を出しました。
見ると、彼は半開きの口で、窓の外の姉さんを凝視していました。
その手から、ジョッキが滑り落ちてガシャンと割れます。
「あの方……誰だ?」
「え? 王国聖女のアリス様ですが」
「アリス様……」
カイルさんの頬が、みるみるうちに林檎のように赤く染まっていきます。
瞳孔が開き、呼吸が荒くなり、まるで高熱を出した患者のようです。
「美しすぎる……。まるで女神だ……」
「はあ(まあ、世間的にはそうでしょうね)」
「俺、決めた」
カイルさんは、通り過ぎていく馬車に向かって、力強く宣言しました。
「俺は、あの方と結婚する!!」
「ブフォッ!!」
私は盛大にミルクを吹き出しました。
「け、結婚!? 貴方、正気ですか? 相手は雲の上の存在ですよ?」
「わかってる! だからこそ燃えるんだ! 一目惚れなんてレベルじゃねえ、魂が惹かれたんだ!」
カイルさんは私の肩をガシリと掴みました。ものすごい力です。
「だが、今の俺はただの駆け出し冒険者だ。あの方に近づくことすらできねえ。身分が違いすぎる」
「そうですね。天と地ほどの差があります」
「だから!」
カイルさんの目に、野心の炎が轟々と燃え上がりました。
「俺は『Sランク冒険者』になる!!」
Sランク。
それは国に数人しかいない、生ける伝説級の冒険者。爵位すら与えられ、王族とも謁見が許される英雄の称号。
「Sランクになって、名声を手に入れて、堂々とあの方にプロポーズするんだ! ルシアン、笑うか? 無謀だって笑うか?」
カイルさんは真剣そのものでした。
私は……笑うどころか、感動に震えていました。Sランクになるためには、どうすればいいか。ギルドの規定によれば、昇格試験として以下の討伐が必須となります。
『灼熱の古龍』(ブレスで消し炭確定!)
『深海の海王』(水圧でペチャンコ確定!)
『死の森の魔王種』(猛毒と呪いのフルコース!)
それら全てを倒さなければ、Sランクにはなれません。
「笑いませんよ、カイルさん。素晴らしい目標です」
私はカイルさんの手を、骨がミシミシと音を立てるほど強く握り返しました。
「貴方のその恋、私が全力で応援します」
「ルシアン……! お前ってやつは、なんていい奴なんだ!」
「ええ、ええ。Sランクを目指すということは、これから地獄のような強敵たちと連戦するということですからね!」
私の脳裏には、ドラゴンの爪に引き裂かれ、クラーケンの触手に締め上げられる自分の姿が浮かんでいました。ああ、想像しただけで脳が溶けそうです。
「よし、決まりだ! 愛しの聖女様のために、俺は最強になる!」
「はい!(愛しの強敵たちのために、私は最強のサンドバッグになります!)」
私たちの想いは一つ(動機は天と地ほど違いますが)です。
「待っていろアリス様! 必ず俺が迎えに行くからな!」
カイルさんは窓の外に向かって叫びました。
そのアリス様が、隣に座っている私の実姉であり、私がカイルさんの義理の弟になる可能性があるという事実に、彼はまだ気づいていません。
「(ふふ……姉さんに紹介する時は、ぜひ全身複雑骨折の状態でお会いしたいものですね)」
私は地図に記された危険地帯を眺めながら、これからの過酷で幸福な旅路に想いを馳せるのでした。




