第46話 重力迷宮、落ち続ける空と逆さまの戦場
「……おい、嘘だろ?」
第31階層への扉をくぐった瞬間、カイルさんが絶句しました。
私たちも言葉を失いました。
そこには、床がありませんでした。
あるのは、どこまでも広がる青空(おそらく幻影)と、そこに無数に浮かぶ大小様々な岩塊の島々。
そして、はるか遠くに見える「上の階への扉」は、あろうことか天地が逆さまになった状態で、空に浮かんでいました。
「道がない……どうやって進めばいいのだ?」
エレナさんが恐る恐る足を踏み出そうとすると、その体がいきなりフワリと浮き上がりました。
「うわっ!? なんだ!?」
「エレナ様!」
リンさんが慌ててエレナさんの手を掴みますが、二人とも風船のように浮かんでいきます。
この階層、重力がバグっています。
「なるほど。場所によって重力の向きや強さが異なる『重力迷宮』ですか。面白いですね!」
私はワクワクしながら、自ら崖から飛び降りました。
ヒュオオオオオ……!
落下する感覚。ですが、ある地点を通過した瞬間、グンッ! と重力の向きが変わり、私は横方向にある岩壁へと「落下」し、激突しました。
グシャッ!
「あぐっ……! いい衝撃です! 予測不能のG(重力加速度)、脳が揺れます!」
「遊んでねえで戻ってこいバカ!」
カイルさんが叫びますが、戻ろうにもどう動けばいいのか分かりません。
ここは、三次元的な空間把握能力と、繊細な身体制御が求められるエリアのようです。
「ギィィィィ……ッ!」
そして当然、敵も現れます。
岩陰から飛び出してきたのは、平たい体を持つエイのような魔物、**『スカイ・レイ』**の群れ。
彼らは重力を自在に操り、空中を泳ぐように接近してきます。
「迎撃するぞ! ……って、足場がねえ!」
カイルさんが大剣を構えますが、足が地に着いていないため、力が入りません。
剣を振った反動で、自分の体がクルクルと回ってしまいます。
「くそっ、これじゃ『脱力』どころじゃない! 制御不能だ!」
「私もだ! 踏ん張りが効かん!」
重装備のエレナさんも、無重力空間ではただの鉄塊。
スカイ・レイたちはそれを見越し、口から圧縮空気の弾丸を吐き出してきました。
回避不能の十字砲火。
「皆さん、私の体に捕まってください!」
私が(岩壁にへばりつきながら)叫びました。
フェロモン全開。
スカイ・レイたちのターゲットが私に切り替わります。
「ルシアン様!」
リンさんがワイヤー付きの苦無を投げ、私とカイルさんたちを繋ぎ止めました。
私は人間アンカーとなって、敵の攻撃を一心に受けます。
ドスッ! バシッ!
「ぐっ、うぅぅ……! 無重力だと衝撃が逃げにくい……! 内臓に来ますねぇ!」
私がサンドバッグになっている間に、リンさんが冷静に周囲を観察しました。
「……見えました。重力の『流れ』が」
リンさんは目を細めました。
彼女のストーキング……いえ、隠密スキルで培われた観察眼は、空気中の塵の動きや、魔物の軌道から、目に見えない「重力の川」を視認したのです。
「カイル様、エレナ様。私の指示通りに跳んでください。あそこにある岩場まで『落ち』ます!」
「落ちるって、どっちにだよ!?」
「あっち(上)です!」
リンさんが指差した方向へ、カイルさんが半信半疑で跳躍しました。
すると、体が吸い込まれるように加速し、遠く離れた岩場へと着地しました。
そこは重力が正常(?)に働いており、足がつきます。
「おおっ! 立てるぞ!」
「エレナ様も! 今です!」
リンさんのナビゲートにより、私たちは次々と安定した足場を確保していきました。
足場さえあれば、こちらのものです。
「反撃開始だ! よくも回してくれたな!」
カイルさんが『紅蓮のイグニス』を振るいます。
重力の影響を計算に入れた一撃。
スカイ・レイの群れが切り裂かれ、霧散していきます。
「私の盾は、空でも健在だ!」
エレナさんも、飛来する空気弾を『対魔パリィ』で弾き返します。
衝撃を利用して姿勢制御を行うなど、早くも環境に適応し始めていました。
「(さすがですね。飲み込みが早い)」
私は安心して、自分に向かってくる残りの敵(3匹)をハグしました。
「さあ、一緒に落ちましょう! どこまでも!」
私は敵を抱えたまま、あえて重力の乱気流へと飛び込みました。
上へ、下へ、右へ左へ。
シェイカーの中身のように振り回され、岩に叩きつけられ、敵と一緒にグチャグチャになるダンス。
「ギャアアアッ!?(離せコイツ頭おかしい!)」
スカイ・レイが悲鳴を上げますが、私は離しません。
最後は、逆さまに浮かぶ出口の扉の近くの床(天井)に、勢いよく叩きつけられてフィニッシュ。
「はぁ……はぁ……。最高のフライトでした」
私が再生しながら起き上がると、カイルさんたちがドン引きしながら降りて(落ちて)きました。
「お前……三半規管どうなってんだ?」
「とっくに壊して再生させました」
攻略法は確立しました。
リンさんのナビゲートで「重力の川」を渡り、カイルさんとエレナさんが迎撃し、私が余計な敵を吸い寄せて自爆する。
『雷鳴の塔』後半戦。
世界がひっくり返っても、私たちのパーティの役割分担は変わりません。
「さあ、次へ行きましょう。もっと理不尽な世界が待っていますよ!」
私たちは逆さまの扉を開け、さらなる深淵へと足を踏み入れました。




