第44話 中ボス程度では、私たちの「快楽」は止められません
第29階層の腐敗の沼地を(私の体を犠牲にして)浄化した私たちは、ついに第30階層の扉の前に立ちました。
ここを越えれば、待望の『中継地点』。
休息と、地上への帰還が許されるセーフティエリアです。
「……いるな。デカいのが」
カイルさんが鼻を鳴らしました。
扉の向こうから、強烈な威圧感が漂ってきます。
Bランク上位に相当する魔物の気配。
「行くぞ。今の私たちなら、足止めを食らう理由はない」
エレナさんが扉を押し開けました。
広がる円形闘技場のような空間。
その中央に鎮座していたのは、獅子の頭、山羊の胴体、蛇の尾を持つ合成獣。
全身に雷雲を纏った**『ストーム・キマイラ』**でした。
「グルルルルッ!!」
キマイラが咆哮し、三つの頭から同時に雷撃、毒霧、火炎を吐き出しました。
複合属性の広範囲攻撃。
初見のパーティなら、これだけで半壊するでしょう。
ですが。
「おや、歓迎会ですか? 花火が少し派手すぎませんか!」
私は一歩も引かず、むしろ前へ飛び出しました。
チョーカー全開。フェロモン散布。
キマイラの全ての攻撃が、磁石に吸い寄せられるように私に集中します。
ドガァァァァァッ!!
雷に焼かれ、毒に蝕まれ、炎に包まれる私。
普通なら即死です。骨すら残らないでしょう。
しかし、今の私は違います。
「(来ました……! 痛みが、熱さが、魔力に変わる……!)」
私はあえて防御を捨て、全てのダメージを体内で循環させました。
そして、過剰なエネルギーを一気に放出します。
「『被虐の聖域』展開!!」
カッッッ!!!
私を中心に、白銀の光が爆発しました。
それは癒やしの光。
私の受けたダメージ量に比例して、仲間の傷を癒やし、身体能力を向上させる狂気のバフ。
「うおおおおっ! 力が溢れてきやがる!」
「体が軽い! 羽が生えたようだ!」
光を浴びたカイルさんとエレナさんが加速しました。
キマイラの動きが止まって見えているようです。
「エレナ様、右の蛇をお願いします!」
「任せろ!」
リンさんが影から飛び出し、キマイラの死角である山羊の頭に短剣を突き立てました。
同時に、エレナさんが突進。
蛇の尾が迎撃しようと噛み付いてきますが、彼女はそれを『循環』で受け流し、そのままハルバードで切断しました。
「ギャオッ!?」
キマイラが痛みに暴れますが、もう遅い。
正面からは、赤い彗星となったカイルさんが迫っていました。
「重い剣だと思ってたが……今なら小枝みてぇだ!」
カイルさんは『脱力』の極意と、私のバフによる筋力強化を組み合わせ、大剣『紅蓮のイグニス』を片手で振り回しました。
「消えろッ! 『崩撃』!!」
ズバァンッ!!
魔力チャージすら必要ありませんでした。
単純な物理破壊力だけで、キマイラの獅子の頭が胴体から弾け飛びました。
三つの頭を同時に潰され、合成獣は断末魔を上げる間もなく崩れ落ちました。
戦闘時間、わずか数十秒。
かつては死闘を演じたクラスの強敵が、今の私たちには準備運動にもなりませんでした。
「……ふぅ。呆気なかったですね」
私は再生した体で、黒焦げの服を払いました。
カイルさんとエレナさんも、息一つ切らしていません。
「ああ。ルシアンの回復エリアがあるだけで、こうも戦いが楽になるとはな」
「無敵になった気分だったぞ。……代償として、お前が悲鳴を上げ続けているのが玉に瑕だが」
エレナさんが複雑そうな顔をしています。
私の悲鳴=回復の合図ですから、BGMとしては最悪でしょう。
「さあ、行きましょう。中継地点です」
私たちはキマイラの死体を乗り越え、奥の扉を開けました。
そこには、久しぶりに見る穏やかな光に満ちた部屋と、地上への転移魔法陣がありました。
「やっと……休める……」
「長かったな……」
泥のように座り込む仲間たち。
第30階層到達。
『雷鳴の塔』の前半戦を、私たちはついに制覇しました。
ですが、本当の地獄はここからです。
上層部には、雷帝すら警戒するSランクの怪物が眠っているのですから。




