第43話 偽物が教えてくれた、ヒーラーとしての「正しい」狂気
「……なぁルシアン。怒らずに聞いてくれよ?」
第29階層へ向かう前の小休止。
焚き火を囲みながら、カイルさんが焼き鳥(リンさんが捕まえた謎の鳥)を齧りつつ口を開きました。
「あの偽物のお前の動き……正直、めちゃくちゃ優秀だったよな」
「むっ」
私は露骨に嫌な顔をしました。
ドッペルゲンガー戦での偽ルシアン。
彼は私の顔で、私の声で、あろうことか後衛に徹し、的確な支援魔法と回復魔法を飛ばしていました。
「確かに。あの偽物が支援に回っていた時、こちらの攻撃の回転率は上がっていた」
「だろ? ルシアンが前で囮になるのも助かるんだけどよ、あいつみたいに『全体を見て最適なサポートをする』動きも、ヒーラーとしては正解なんじゃねえか?」
カイルさんとエレナさんの言葉は、正論でした。
私はタンク兼囮として優秀ですが、純粋なヒーラーとしての仕事(味方の回復やバフ)は、被弾に忙しくて疎かになりがちです。
「……不愉快ですが、認めざるを得ませんね」
私は唇を尖らせました。
「奴は『最適解』を選んでいました。被弾を避け、魔力を温存し、味方を活かす。……ですが、それでは私の『魂(性癖)』が死んでしまいます!」
「そこなんだよな問題は」
カイルさんが頭を掻きます。
私の生存理由である「被弾」と、パーティの安定性を高める「支援」。
この二つは水と油。両立は不可能――そう思っていました。
◇
そして突入した第29階層。
そこは、地面から有毒な瘴気が吹き出す**『腐敗の沼地』**でした。
「ゴポォ……」
現れたのは、ドロドロに溶けたゾンビの群れ『ベノム・グール』。
彼らの攻撃には強力な腐食毒が含まれており、さらに沼地自体が常に私たちの体力を削ってきます。
「くっ、キリがねえ! 斬っても斬っても再生しやがる!」
「鎧が……! 瘴気で腐食している!」
カイルさんとエレナさんが苦戦します。
リンさんは毒を無効化する装備を持っていますが、火力不足で押し切れません。
そして私は――。
「ああっ、全身が溶けるぅぅ! このドロドロ感、最高です!」
いつものようにグールの群れに飛び込み、毒まみれになって喜んでいました。
ですが、今回は状況が違いました。
「ルシアン! こっちも回復してくれ!」
「毒消しが足りん!」
カイルさんとエレナさんのHPが、瘴気のスリップダメージで削られていくのです。
私が自分を回復するのに手一杯で、二人に回復が回らない。
偽ルシアンなら、ここで全体回復を使い、浄化魔法で瘴気を払っていたでしょう。
「(……悔しいですが、偽物の判断が正しい)」
私は毒に侵されながら考えました。
私が被弾を楽しんでいる間に、仲間が死んでしまっては元も子もありません。
かといって、後ろに下がって安全圏から回復を飛ばすなんて、そんな退屈なマネは死んでも嫌です。
「前衛で殴られながら、後衛並みの支援をする……そんな都合のいいことができるわけが……」
その時。
ふと、偽ルシアンの動きが脳裏をよぎりました。
奴は魔法を使う時、**「被弾しないこと」をトリガーにしていました。
逆に言えば、私は「被弾すること」**で魔力が高まり、集中力が増す体質です。
「(……待ってください。被弾の衝撃を、ただの快楽として消費するのではなく、**『魔力の起爆剤』**として利用したら?)」
殴られた瞬間のエネルギー。
痛みが脳を刺激し、魔力回路がフル回転するあの一瞬。
その余剰エネルギーを、自分(自己再生)だけでなく、外部へ放射したら?
「試してみる価値はありますね……!」
私はチョーカーの出力を最大にし、グールの群れの中央へ躍り出ました。
「さあ皆さん! 私をもっと強く、深く、愛してください!!」
ドスッ! グチュッ! バシィッ!!
数十体のグールが一斉に私を襲います。
爪が肉を裂き、酸が骨を溶かす。
激痛。
普段なら、そこで「ああん♡」と声を漏らして終わるところですが、今回は違います。
「(痛みは魔力! 傷は詠唱!)」
私は痛みをトリガーにして、体内の魔力を爆発的に循環させました。
自己再生に使っていた魔力を、あえてオーバーフローさせ、周囲に撒き散らすイメージ。
「――『被虐の聖域』ッ!!」
カッッッ!!!
私の体から、眩いばかりの白い光が爆発しました。
それは攻撃魔法ではありません。
高密度の治癒魔法の奔流です。
「なっ……!?」
光を浴びたカイルさんとエレナさんが驚愕しました。
彼らの傷が、毒が、疲労が、一瞬で消え去ったのです。
それだけではありません。溢れ出る生命エネルギーが、彼らの身体能力を底上げしています。
「なんだこれ!? 力が湧いてくるぞ!」
「体が……羽のように軽い!」
逆に、アンデッドであるグールたちは、聖なる光を浴びてジュウジュウと焼かれ、苦悶の声を上げています。
「成功……です!」
私は全身血まみれ(再生中)のまま、光の中心で仁王立ちしました。
「私が殴られれば殴られるほど、そのダメージが『回復の光』となって周囲に拡散します! つまり!」
私は恍惚の表情で叫びました。
「私が痛い思いをすればするほど、貴方たちは元気になります!!」
「理論が狂ってる!!」
「だが、凄まじい効果だ!」
カイルさんがツッコミを入れつつも、大剣を構えました。
私の周囲に展開された聖域の中では、彼らは無敵に近い状態です。常時リジェネとバフがかかり続けているのですから。
「行くぞエレナ、リン! ルシアンが殴られてる間に片付けるぞ!」
「承知!」
「ルシアン様……素敵です(引)」
覚醒した『ブレイク・スルー』の進撃が始まりました。
私が先陣を切ってボコボコにされ、その悲鳴と共に放たれる光が仲間を癒やし、強化する。
「被弾したい私」と「支援してほしい仲間」。
全ての需要を満たす、狂気の永久機関が完成した瞬間でした。
「あはははは! もっと! もっと私を傷つけて! 皆が幸せになりますよおおお!!」
第29階層の瘴気は、私の歪んだ愛によって、またたく間に浄化されていきました。




