第39話 制限時間30秒の着替えタイムと、マダムの秘めたる野望
「グルルルルゥゥゥ……ッ!!」
『雷磁の巨獣』が、侵入者である私たちを睨みつけ、背中の結晶を激しく発光させました。
強烈な磁場が空間を支配しています。
ですが、今の私たちには効きません。
「行くぞオラァッ!」
カイルさんが『ロック・ドラゴンの大腿骨(棍棒)』を振りかぶり、野人のような雄叫びを上げて突っ込みました。
ベヒーモスが迎撃の雷ブレスを吐きますが、エレナさんが『カイザー・クラブの甲羅(盾)』で受け止めます。
「ぐっ……! 重いが、弾けないことはない!」
さすがはカニの王様の甲羅。絶縁性は抜群です。
二人は泥臭く、しかし確実に距離を詰めました。
「今だ、ミント特製『磁界撹乱手榴弾』ッ!!」
カイルさんが腰から金属球を取り出し、ベヒーモスの足元へ投げつけました。
カッ!! キィィィィィィン!!
嫌な高周波音と共に、赤い波動が炸裂。
ベヒーモスの背中の結晶が明滅し、空間を支配していた重圧(磁場)がフッと消えました。
「磁場消滅! カウント開始、残り30秒!」
リンさんがストップウォッチ片手に叫びます。
カイルさんとエレナさんは、即座に武器を捨て、部屋の隅に転がっている愛機――『紅蓮のイグニス』と『白銀の城壁』へとダッシュしました。
「ギシャアアアッ!」
ベヒーモスが状況の変化を察知しました。
自慢の磁場を封じられ、金属操作ができなくなった怪物は、怒り狂って直接攻撃を選択します。
無防備な二人(特に背中を見せているエレナさん)に向け、岩をも砕く剛腕が振り上げられました。
「おっと、覗きはいけませんよ!」
私がスライムローブをコウモリのように広げ、ベヒーモスの視界を塞ぎました。
ドガァァァンッ!!
「あぐっ、おおおおっ! 重い! 全身の骨が粉砕される感触、たまりません!」
圧倒的な質量の暴力が私を叩き潰しますが、私はベヒーモスの顔面に張り付いて離れません。
「今はレディのお着替え中ですよ! マナーを守ってください!」
「(ルシアン様……! その変態性が今は頼もしいです!)」
リンさんが援護の爆破魔法を放ち、ベヒーモスの体勢を崩します。
「残り15秒!」
カチャッ、ガシャン!
背後から、金属が組み合わさる重厚な音が響きます。
エレナさんが凄まじい手際で鎧を装着していきます。マダムの設計した「ワンタッチ装着機構」が火を吹いています。
「残り10秒! カイル様!」
「装着完了だ! 今から溜める!」
カイルさんが叫びました。
彼は回避行動を取らず、その場で大剣『紅蓮のイグニス』を構え、目を閉じました。
磁場復活まで残り10秒。
新装備のチャージ短縮効果は「7秒弱」。ギリギリです。
「ルシアン、エレナ! あと7秒、そいつを一歩も動かすな!」
「了解!」
ベヒーモスが私を振りほどき、動かないカイルさんに標的を定めました。
口元に最大出力の雷ブレスを溜め始めます。
これを撃たれたら、チャージ中のカイルさんは消し飛びます。
「させません!」
私はベヒーモスの口の中に上半身を突っ込みました。
「ぐ、ぅぅぅ……! 口内炎(物理)になりますよ!」
体内で炸裂する雷撃。内臓が焼ける臭い。
ですが、私が栓になったおかげで、ブレスは逆流し、ベヒーモス自身を傷つけました。
「残り3秒! 2……1……!」
ジャマーの効果が切れ、磁場が復活しようとしたその瞬間。
「『断罪の・一撃』ッ!!」
エレナさんが横から飛び込み、ハルバードをベヒーモスの背中に叩きつけました。
バギィィィン!!
磁場の発生源である結晶が粉砕されます。
これで磁場は復活しません。
そして、カイルさんの大剣は、かつてないほどの赤熱した輝きを放っていました。
「――待たせたな!」
カイルさんが目を見開きました。
そこにあるのは焦りではなく、満ち足りた魔力と確信。
「これが新装備の全力だ! 消し飛びやがれェッ!」
「『メテオ・バスター・プロミネンス』!!」
解き放たれたのは、単なる熱線ではありませんでした。
紅蓮の炎を纏った、極太の光の奔流。
アダマンタイトの魔力増幅効果により、威力も範囲も桁違いに跳ね上がっています。
ズドオォォォォォォンッ!!!
光がベヒーモスを飲み込み、塔の壁ごと貫通して空へと抜けました。
圧倒的な破壊のエネルギー。
ベヒーモスの巨体は断末魔を上げる間もなく、瞬時に蒸発しました。
「……ふぅ。ギリギリでしたね」
私は再生したばかりの体で、煤だらけの服を払いました。
カイルさんとエレナさんは、愛用の装備を取り戻し、安堵の表情で座り込んでいます。
「助かったぜルシアン。お前がいなきゃ死んでた」
「私の着替えを守ってくれて感謝する。……見えてはいなかっただろうな?」
「安心してください。私は肉片になるのに忙しくて、何も見ていません」
私たちは笑い合い、ベヒーモスのドロップアイテム(磁力結晶)を回収して、一度街へ戻ることにしました。
◇
ヴォルテックスの魔導具工房。
私たちはマダム・ガルドに、無事に装備を取り戻したことと、ベヒーモス討伐の報告をしました。
「ふん。当然よ。アタシの最高傑作を、あんな薄暗い場所に放置するなんて許さないんだから」
マダムは悪態をつきながらも、戻ってきた武具を愛おしそうに磨いてくれました。
その手つきは優しく、まるで我が子に接するようです。
「……そういえば、マダム」
私はふと気になっていたことを尋ねました。
「マダムの工房はベルンにあるはずです。なぜ、わざわざ店を休んでまで、弟子のミントさんがいるこの街にいらしたのですか?」
先ほどは緊急事態だったので聞きそびれていましたが、マダムがここにいるのは不自然です。
ベルンからヴォルテックスまでは馬車で数日の距離。
単なる弟子の様子見にしては、タイミングが良すぎます。
マダムの手が止まりました。
彼女はふぅと息を吐き、工房の窓から見える『雷鳴の塔』を見上げました。
「……あの塔のてっぺんにね、あるって言われてるのよ」
「ある?」
「『雷神の心臓』。神話の時代に作られた、永久機関の動力炉よ」
マダムの瞳に、職人としての、そして冒険者のような熱い光が宿りました。
「アタシの夢はね、神様すら殺せる武具を作ること。そのためには、最高のアダマンタイトも、オリハルコンも、まだ足りない。……『魂』を吹き込むための、究極の動力が必要なのよ」
マダムは拳を握りしめました。
「ずっと待ってたのよ。常識に縛られない、規格外のバカどもが現れるのをね」
マダムは熱っぽく語りました。
「今まで何人も見てきたわ。腕利きのSランク、天才魔術師、英雄気取りの勇者……。どいつもこいつも、既存の理論や戦術の枠の中で『最強』を目指してた。だから届かなかったのよ、あの塔の理不尽には」
マダムは私、カイルさん、エレナさんを順に見つめました。
「でもアンタたちは違う。死んでも再生する変態、一撃に全てを賭けるロマン砲、鉄壁の堅物……。いびつで、無茶苦茶で、危なっかしい。だけど、だからこそ」
彼女はニヤリと笑いました。
「アンタたちなら、神話の領域すら『ブレイク・スルー(突破)』できる。アタシの職人としての勘が、そう叫んでるのよ。アンタたちがCランクに上がって本格的に塔へ挑むと聞いて……居ても立っても居られなくて来ちまったのさ」
それが、彼女がここにいる理由。
自分の夢を託せる者たちを見守るために、わざわざベルンから出張してきてくれたのです。
「アンタたちに期待してるのは、そういうことよ。『ブレイク・スルー』。アンタたちなら、あるいは最上階まで辿り着いて、あのアホ弟子も、雷オヤジ(ヴォルグ)も見たことがない景色を見せてくれるんじゃないかってね」
マダムはニカっと笑い、カイルさんの背中をバン! と叩きました。
「さあ、とっとと行きな! 塔の主をぶっ飛ばして、アタシに『雷神の心臓』を持ってくるのよ!」
「……へっ、任せとけ! 最高の土産話と一緒に持って帰ってやるよ!」
カイルさんが親指を立てて笑った、その時でした。
「お任せください、マダム。エレナ様の道を塞ぐ者は、雷神だろうと排除します」
エレナさんの背後の影から、ぬらりと小柄な少女が現れました。
新メンバーのリンさんです。
「ぎゃああああっ!? だ、誰!?」
マダムが素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び退きました。
無理もありません。リンさんは今の今まで、部屋の隅で完璧に気配を消していましたから。
「新入りのリンです。……これ、お土産です」
リンさんは無表情のまま、ベヒーモスから回収した『磁力結晶』を差し出しました。
「あ、あら……ありがと……って、アンタいつからいたのよ!?」
「最初からです」
「嘘でしょ!? アタシの目をごまかすなんて……」
マダムは冷や汗を拭いながら、リンさんをまじまじと見つめました。
そして、彼女が持っている杖――先端にナイフが仕込まれ、グリップ部分が怪しく改造されている杖を見て、目を細めました。
「……アンタ、いい腕してるわね。道具の手入れも完璧だし、その杖……自分で改造したの?」
「はい。市販品では殺傷能力が足りなかったので」
「恐ろしい子……! 気に入ったわ!」
マダムはリンさんの頭をガシガシと撫でました。
どうやら、リンさんの異常性もマダムのお眼鏡にかなったようです。
「決めたわ! アンタにもアタシがとびっきりの装備を作ってあげる! 素材はこの『磁力結晶』よ!」
「……私がいただいても? これはエレナ様のために……」
「いいから使いな! この結晶の磁力制御と、アンタの隠密性を組み合わせれば……そうね、『重力すら無視して壁や天井を音もなく移動できるブーツ』なんてどう?」
マダムの提案に、リンさんの無機質な瞳が怪しく輝きました。
「……天井に張り付ければ、エレナ様の死角を頭上からお守りできるということですか?」
「発想が怖いのよ! でも、そういうこと! どんな場所からでも奇襲が可能な、最高傑作にしてやるわ!」
「……お願いします。エレナ様のために、より鋭い『影』になりたいのです」
「任せなさい! アンタたちが塔のてっぺんから帰ってくる頃には、とびっきりのを仕上げておいてやるわ!」
マダムは不敵に笑い、私たちを見回しました。
「面白いパーティね、本当に。……さあ、行きなさい! 4人の『バカ』たちに、アタシの夢を預けるわ!」
私たちは力強く頷きました。
マダムの夢も背負って、私たちの攻略は続きます。
次はいよいよ、塔の上層部。
未知の領域です。




