第37話 最強の装備が、最大の枷になる時
ドッペルゲンガーを撃破した私たちは、勢いに乗ってさらに上層へと進みました。
リンさんの的確なナビゲートと、カイルさんとエレナさんの圧倒的な火力・防御力。
そして私の献身的な被弾。
全てが噛み合い、攻略は順調そのものでした。
「第20階層、到達です」
リンさんが重厚な扉の鍵(魔法認証式)を、ヘアピン一本で解除しました。
ガチャリ、と音がして扉が開きます。
「ここを抜ければ、いよいよ中間地点だ。塔の主への折り返しだな」
「ああ。今の私たちなら、どんな敵が来ても……」
カイルさんが意気揚々と足を踏み入れようとした、その時でした。
グンッ!!
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
突然、カイルさんとエレナさんが地面に膝をつきました。
何かに躓いたわけではありません。
まるで、見えない巨人が上から押さえつけているかのように、二人の体が地面に張り付けられたのです。
「な、なんだ!? 体が重い……!」
「鎧が……! 地面に吸い寄せられるようだ!」
カイルさんは大剣を持ち上げようとしますが、ビクともしません。
エレナさんに至っては、アダマンタイトのフルプレートメイルが地面と一体化したかのように動けず、四つん這いの状態から起き上がれません。
「おや? どうしました二人とも。急に土下座なんてして」
「ふざけんな! 何かがおかしいぞ、この部屋!」
私は不思議に思いながら、部屋の中へと足を踏み入れました。
……軽いです。
私には何の影響もありません。
私の装備は『擬態スライムの法衣』。金属を一切使っていない、有機素材の服だからです。
「リンさんは?」
「……短剣が重いです。手放せば動けますが」
リンさんは腰の短剣ベルトを外すと、身軽に動けるようになりました。
どうやら、この部屋全体に強力な**『磁場』**が発生しているようです。
「グルルルルゥゥゥ……」
部屋の奥から、低い唸り声が響きました。
宙に浮く鉄屑を従え、その怪物は姿を現しました。
全身が黒い砂鉄のような金属片で構成された、体長5メートルを超える四足獣。
その背中には、青白く発光する巨大な磁石のような結晶が生えています。
『雷磁の巨獣』。
「なんてことだ……! こいつが磁場の発生源か!」
カイルさんが叫びます。
最悪の相性です。
カイルさんの大剣『紅蓮のイグニス』、エレナさんの鎧『白銀の城壁』。
マダム・ガルドが魂を込めて打った最強のアダマンタイト装備が、ここではただの**「動けない枷」**になってしまっているのです。
「ガアアアアアアッ!!」
ベヒーモスが咆哮すると、磁力がさらに強まりました。
カイルさんとエレナさんは、完全に地面に縫い付けられ、指一本動かせません。
「くっ、動け! 動いてくれ!」
「ダメだ……! 私の筋力でも、この磁力には抗えん!」
二人は無防備な肉塊と化しました。
ベヒーモスが、ゆっくりと二人に向かって歩み寄ります。
その口元には、バチバチと高圧電流が溜まり始めています。
雷ブレスの予兆。
「させませんよ!」
私は二人の前に飛び出しました。
唯一動けるのは、金属を持たない私だけ。
「こっちです! 私は金属フリーですよ!」
チョーカーの出力を上げ、ベヒーモスを挑発します。
ベヒーモスは私を一瞥しましたが、すぐに興味を失い、動けない二人(特に金属反応の強いエレナさん)へと視線を戻しました。
「(マズい……! 磁力の影響で、フェロモンよりも『金属への執着』が勝っている!?)」
ベヒーモスにとって、金属を纏った二人は、フェロモン以上に魅力的な(あるいは排除すべき)存在として認識されているのです。
バチチチチッ!!
ベヒーモスが口を開き、極太の雷撃を放ちました。
標的はエレナさん。
「ぐっ……!」
私は軌道上に割り込み、生身で雷を受け止めました。
「ぎゃあああああっ!!」
痛い。熱い。
ですが、耐えられます。雷耐性は完璧です。
しかし、問題はその後でした。
「フンッ!」
ベヒーモスが、雷を防がれたことに苛立ち、巨大な前足で私を薙ぎ払いました。
その前足は、無数の金属片が高速回転するチェーンソーのような凶器。
ガリガリガリガリッ!!
「あぐっ、がぁぁぁぁッ!!」
肉が削げ落ち、骨が粉砕され、私は壁まで吹き飛ばされました。
即座に再生しますが、ダメージが深すぎます。
何より、私には決定打がありません。
私の攻撃手段は「拳」のみ。金属片の嵐を纏うベヒーモスを素手で殴っても、こちらの腕がなくなるだけです。
「ルシアン!」
「逃げろ! お前だけでも!」
カイルさんが叫びます。
ですが、見捨てるわけにはいきません。
ベヒーモスが再びブレスの構えに入りました。
今度は範囲攻撃。私一人が盾になったところで、後ろの二人は守りきれない。
「(どうする……どうすれば……!)」
詰みです。
最強の盾も、最強の剣も封じられた今、私たちに勝ち目はありません。
その時。
「『閃光』ッ!!」
リンさんが、懐から魔石を取り出し、地面に叩きつけました。
強烈な光が部屋を満たします。
ベヒーモスが怯んだ一瞬の隙。
「ルシアン様! 装備をパージさせてください!」
「えっ?」
「二人を連れて逃げます! 鎧と剣は置いていくしかありません!」
リンさんの悲痛な決断。
マダム・ガルドの傑作を捨てる。それは戦力の大幅ダウンを意味します。
ですが、命には代えられません。
「わかりました! カイルさん、エレナさん! 脱いでください!」
「くっ……! すまん、イグニス……!」
「私の城壁が……!」
二人は血の涙を流す思いで、装備の固定具を外しました。
ガゴォン!
重たい音がして、大剣と鎧が地面に吸い付けられます。
身軽になった二人は、即座に立ち上がりました。
「走れぇぇぇッ!!」
私たちは全速力で出口へと駆け込みました。
ベヒーモスが追ってきますが、部屋の結界(磁場エリア)を出ることはできないようです。
入り口の扉を閉め、私たちは崩れ落ちるように座り込みました。
「はぁ……はぁ……」
沈黙。
誰も言葉を発せません。
敗北。
それも、手も足も出ない完敗。
さらに、最強の武器と防具を敵陣に置いてくるという、最悪の結果。
「……クソッ!!」
カイルさんが地面を殴りました。
剣のない剣士。鎧のない重戦士。
今の私たちは、ただのDランク以下の集団に成り下がってしまいました。
「一度……戻るしかないな」
エレナさんが悔しげに呟きました。
「あの磁力をどうにかしない限り、先へは進めん。それに、装備を取り戻すための策も必要だ」
私たちは重い足取りで塔を降りました。
最強の装備が、最大の弱点になる。
ダンジョンの理不尽さを、骨の髄まで味わわされた敗走でした。
ヴォルテックスの街へ戻り、体制を立て直さなければなりません。
ですが、武器も防具も失った私たちに、一体何ができるのでしょうか。




