第34話 新メンバーは、影に潜む愛の狩人(ストーカー)
「……ダメですね」
「ああ、ダメだな」
「うむ。話にならん」
ヴォルテックスの冒険者ギルド。
貸し会議室で開かれた『ブレイク・スルー』の新メンバー面接会は、お通夜のような雰囲気で幕を閉じようとしていました。
募集要項の「多少の理不尽に耐えられる精神力」という一文が災いしたのか、あるいは私たちの悪名(変態・ロマン砲・騙されやすい女騎士)が広まりすぎたのか。
応募してくるのは、借金を抱えたギャンブラーや、怪しげな壺を売りつけようとする詐欺師、あるいは「俺の爆裂魔法を見てくれ!」と言って自分の服を爆破する露出狂など、ろくな人材がいなかったのです。
「はぁ……。やはり、まともな魔法使いなど、この街にはいないのか」
エレナさんがテーブルに突っ伏し、深いため息をつきました。
「私の人徳がないばかりに……。すまない、ルシアン、カイル。私がもっとしっかりしていれば、魔法使いの一人や二人、友人にいたかもしれないのに」
「エレナさんのせいじゃありませんよ。類は友を呼ぶと言いますし、私たちの周りに変人が集まるのは自然の摂理です」
「慰めになってねえよ」
カイルさんも頭を抱えます。
このままでは、『雷鳴の塔』攻略はお預けです。
クラリスさんの監視の目は誤魔化せません。
「……エレナ様が、お困りだ」
その時でした。
誰もいないはずの部屋の隅から、鈴を転がすような、しかしどこか湿度を含んだ少女の声が聞こえました。
「「「!?」」」
私たちは一斉に振り返りました。
そこには――いつからいたのでしょうか。
部屋の隅の影に同化するように、一人の小柄な少女が立っていました。
黒髪のショートカットに、目元を隠す長い前髪。
服装は地味な街娘のそれですが、気配が全くありません。
私が『挑発のチョーカー』をつけているにも関わらず、今の今まで気づかなかったのです。
「……誰だ?」
カイルさんが警戒して大剣に手をかけます。
少女はおどおどとした様子で、しかし熱っぽい瞳でエレナさんだけを見つめながら、一歩前に出ました。
「あ、あの……募集中、なんですよね? 魔法使い」
「え? ああ、そうだが……君が?」
「はい。私……リンと言います。魔法、使えます」
リンと名乗った少女は、もじもじしながら手を挙げました。
見た目はどう見ても魔法使い(ソーサラー)ではありません。杖も持っていませんし、魔力の波動も感じません。
どちらかと言えば、気配を消すことに特化した**『暗殺者』**のようです。
「魔法使い……には見えないが」
「使えます。エレナ様のためなら……なんでも」
リンさんは懐から、一本の短剣を取り出しました。
そして、詠唱もなしに短剣を振るいます。
バチヂヂヂッ!!
短剣の切っ先から、青白い稲妻がほとばしりました。
それは間違いなく、雷の魔法。
しかも、その魔力波形には見覚えがありました。
「あれは……ヴォルグ団長の雷撃?」
私が呟くと、リンさんはコクりと頷きました。
「はい。あの雷オヤジ……いえ、ヴォルグ団長の後ろを3日間ずっとつけて、魔法を使う瞬間を**『見て』**覚えました」
「……はい?」
私たちは耳を疑いました。
ヴォルグ団長といえば、この街最強の魔術師。その彼に気づかれずに3日間もストーキングし、しかも「見て覚えた」?
魔法とは、複雑な理論と術式の構築が必要です。素人が見様見真似で習得できるものではありません。
「すごいですね……。天才ですか?」
「いいえ、努力です。エレナ様が魔法使いを探して困っている姿を見て……いてもたってもいられず、必死で覚えました」
リンさんは頬を染め、うっとりとした表情でエレナさんを見上げました。
「エレナ様……覚えていらっしゃらないかもしれませんが、3年前、隣街で荷車に轢かれそうになった私を助けてくださいましたよね? あの時の、輝くような銀の鎧と、優しいお言葉……一生忘れません」
「えっ? あ、ああ……そんなこともあった、かな?」
エレナさんは全く覚えていない様子です。
無理もありません。彼女にとって人助けは呼吸のようなもの。いちいち記憶になど残していないでしょう。
「あの日から、私はずっとエレナ様を見ていました。騎士団に入られた時も、黒蛇に騙されて辛い思いをされた時も、ずっと影から……」
「(……ん? ずっと?)」
私は背筋に冷たいものを感じました。
この子、ただのファンではありません。
筋金入りのストーカーです。
「黒蛇のザイードは、私が寝込みを襲って始末しようかと思いましたが、ルシアン様たちが断罪してくださったので手を出さずに済みました」
さらりと怖いことを言いました。
「でも、今は違います。エレナ様が魔法使いを必要としている。なら、私が魔法使いになるしかありません。だから、覚えました。……エレナ様の役に立ちたい一心で」
愛。
それは時に人を狂わせ、不可能を可能にする原動力。
彼女はエレナさんへの歪んだ愛だけで、隠密スキルを極め、さらには魔法まで習得してしまったのです。
「……どうしますか、これ」
私が小声で尋ねると、カイルさんは引きつった笑みを浮かべました。
「いや、実力は本物だぞ。団長クラスの雷魔法を使えるなら、戦力としては十分すぎる」
「しかし、動機が重すぎませんか?」
「ルシアン、お前の『被弾したいから』っていう動機よりはマシだと思うぞ」
ごもっともです。
「リン……といったか」
エレナさんが、困惑しつつもリンさんの前に立ちました。
「正直、君のことは覚えていない。すまない。だが……私のためにそこまでしてくれたこと、感謝する」
「はひっ!」
エレナさんに声をかけられ、リンさんが奇声を上げて硬直しました。
「君の力が必要だ。我々のパーティに入ってくれるか?」
「よ、よろこんでぇぇぇッ!! エレナ様の盾になります! 剣になります! 靴底の泥になります!!」
リンさんはその場で土下座し、エレナさんの足を拝み始めました。
エレナさんは「泥にはならなくていいのだが……」と困っています。
こうして。
最強の盾、最強の矛、最強の肉壁(私)。
そこに、最強のストーカー(魔法使い)、リンさんが加わりました。
「(……このパーティ、まともな人間が一人もいませんね)」
私は天井を仰ぎました。
しかし、これで条件はクリアです。
物理、魔法、防御、そして隠密。
全てのピースが揃いました。
いざ、雷鳴の塔へ。
今度こそ、攻略の時です。




