第31話 受付のおじさんは、実は引退した凄腕でした
「……ふむ。見事な『雷袋』だ。鮮度も申し分ない」
冒険者ギルド・ヴォルテックス支部。
強面の受付職員――名札にはゲイルとあります――は、私たちが持ち帰ったスパーク・グリズリーの素材を検分し、満足げに頷きました。
「よかろう。約束通り、君たちに『Cランク昇格試験』の受験資格を与える」
「っしゃあ! やっとか!」
カイルさんがガッツポーズをします。
長かった下積み(数日間ですが、内容は濃密でした)もようやく終わりが見えてきました。
「で? 試験ってのは何をするんだ? またどっかの魔物を狩ってくるのか?」
「いいや」
ゲイルさんはゆっくりと立ち上がり、制服のネクタイを緩めました。
「ヴォルテックス支部におけるCランク昇格の条件は二つ。一つは、Cランク上位の魔物を単独パーティで狩れる実力があること。これは雷熊で証明された」
「もう一つは?」
「対人戦闘能力だ」
ゲイルさんはカウンターを出て、出口の方へ歩き出しました。
「ついてこい。訓練場へ行くぞ」
◇
ギルド裏手にある石造りの闘技場。
そこには、訓練用の武具がずらりと並んでいました。
ゲイルさんは上着を脱ぎ捨てると、そこにあった訓練用の槍(穂先は丸めてありますが、鉄製です)を手に取りました。
シャツの上からでも分かる、鋼のような筋肉。
そして、ただ立っているだけで隙がない、達人の構え。
「試験内容はシンプルだ。私と戦い、一本取るか、もしくは5分間耐えきること」
ゲイルさんが切っ先を私たちに向けました。
その瞬間、肌を刺すような鋭い殺気が放たれました。
「なっ……!?」
カイルさんが息を呑みます。
この気迫、ただの事務員ではありません。
「元Aランク冒険者『疾風のゲイル』。……引退して久しいが、Cランクの試験官くらいは務まるつもりだ」
「元Aランク……!」
「かかってこい、ヒヨっ子共。実戦形式だ。遠慮はいらんぞ」
試験開始の合図はありませんでした。
ゲイルさんの姿がブレたかと思うと、次の瞬間にはエレナさんの目の前に肉薄していました。
「遅い!」
ガィィン!!
神速の突き。
エレナさんは反応こそ遅れましたが、体に染み付いた防御動作でハルバードを合わせ、軌道を逸らしました。
「くっ……! 速い!」
「ほう、今のを防ぐか。いい鎧だ」
ゲイルさんは流れるような動作で槍を引き、次はカイルさんの足元を薙ぎ払いました。
「うおっと!」
カイルさんが跳躍して回避します。
空中に逃げたカイルさんに対し、ゲイルさんは追撃の突きを放とうとしましたが――。
「よそ見はいけませんよ!」
私が横から割り込み、ゲイルさんの槍を脇の下で挟んでロックしました。
「む?」
「捕まえました! さあ皆さん、今のうちに!」
「離せ変態!」
ゲイルさんが槍を強引に振り回します。
私は宙を舞いながらも、槍にしがみついて離しません。
「重い! なんだこの吸着力は!?」
「愛の力です!」
「気持ち悪いことを言うな!」
ゲイルさんが私を振りほどこうと苦戦している隙に、体勢を整えたエレナさんが前に出ました。
「行くぞ! 『シールド・バッシュ』!」
エレナさんが魔力を込めた肩でタックルを仕掛けます。
ゲイルさんは私をぶら下げたまま槍を盾にして防ぎますが、その衝撃に数歩後ずさりました。
「くっ、馬鹿力め……! だが、単調だ!」
ゲイルさんが槍を捨て、徒手空拳に切り替えました。
エレナさんの懐に入り込み、掌底を放ちます。
魔力を乗せた、内部破壊の一撃。
「!!」
エレナさんはとっさに魔力を鎧の前面に集中させました。
クラリスさんとの特訓の成果、**『対魔パリィ』**です。
パァン!!
衝撃が拡散し、エレナさんは踏みとどまりました。
「な……防いだだと!?」
「伊達にシスターに殴られ続けていない!」
エレナさんがハルバードを振り下ろします。
ゲイルさんはバックステップで回避しますが、そこにはカイルさんが待ち構えていました。
「ここだァッ!」
カイルさんの大剣『紅蓮のイグニス』が唸りを上げます。
チャージなしの通常攻撃。
ですが、以前のような力任せのスイングではありません。
ベルタ師匠直伝、重力を利用した**「脱力の一撃」**。
「……ッ!」
ゲイルさんが目を見開きました。
回避は間に合わない。彼はとっさに腕をクロスさせ、魔力強化で受け止めようとしましたが――。
ズドォォン!!
重い一撃が、ゲイルさんのガードを打ち砕き、彼を闘技場の壁まで吹き飛ばしました。
「ぐぅっ……!」
土煙が舞う中、ゲイルさんが膝をつきました。
私たちは追撃の手を緩めず、即座に包囲します。
「そこまで!」
ゲイルさんが手を上げました。
「……降参だ。一本取られたな」
彼は痛む腕をさすりながら、しかし嬉しそうに笑いました。
「正直、ナメていたよ。個々の能力も高いが、何より連携が取れている。……特に、そこの変なのが」
ゲイルさんが私を指差しました。
「お前がペースを乱してくれたおかげで、こっちは調子が狂いっぱなしだったぞ」
「お褒めいただき光栄です。貴方の槍捌き、鋭くてゾクゾクしました」
「……二度と戦いたくないタイプだ」
ゲイルさんは呆れつつも、私たちの前に歩み寄りました。
そして、懐から3枚のプレートを取り出しました。
鈍く光る鉄の色――いいえ、それは青銅の輝き。
「合格だ。今日から君たちは**『Cランク冒険者』**だ」
「「「やったーーッ!!」」」
カイルさんとエレナさんがハイタッチを交わします。
私も混ざろうとしましたが、スルーされました(扱いが雑になってきて嬉しいです)。
「これで、やっとスタートラインだな」
「うむ。長かった……」
Cランク。
それは一人前の冒険者の証。
そして、危険地帯への立ち入りが許されるライセンス。
「約束通り、『雷鳴の塔』への推薦状も用意してやる。……だが、忘れるなよ」
ゲイルさんの表情が引き締まりました。
「塔の主、ヴォルグ団長は私より遥かに強い。そして塔にはSランクの魔物すら封印されているという噂もある。……死ぬなよ」
「はい! 肝に銘じます!」
私たちは新しいCランクプレートを胸に付け、深く一礼しました。
数日間の特訓。
数々の変なトラブル。
それらを経て、私たちはついに資格を手にしました。
「待ってろよ、雷オヤジ! 今度こそビビらせてやる!」
「ああ。私たちの成長を見せてやろう!」
「(もっと強い電撃……楽しみです!)」
それぞれの想いを胸に、私たちはギルドを後にしました。
目指すは『雷鳴の塔』。
リベンジの時は来ました。




