第30話 雷熊とのダンスは、痺れるような抱擁から
北の山岳地帯。
岩肌が露出した険しい山道を、私たち『ブレイク・スルー』は進んでいました。
空は鉛色に曇り、時折遠くで雷鳴が轟いています。
「……そろそろだな」
カイルさんが足を止め、鼻をひくつかせました。
焦げ臭い獣の臭い。
そして、私の首のチョーカーが微かに震え始めました。近くに強力な魔物がいる証拠です。
「来ますよ。私のフェロモンに誘われて」
私がチョーカーの出力を上げると、岩陰から巨大な影が飛び出してきました。
体長4メートルを超える巨躯。
鋼鉄のような灰色の剛毛に覆われ、全身から青白い電気をバチバチと放つ猛獣。
**『スパーク・グリズリー(雷熊)』**です。
「グルルルルゥゥゥッ!!」
雷熊は私を見るなり、興奮した様子で咆哮を上げました。
チョーカーの効果は絶大ですが、相手はCランク上位。ただ突っ込んでくるだけの野獣とは違います。
「放電……ッ!」
雷熊が全身の毛を逆立て、広範囲に放電攻撃を仕掛けてきました。
岩肌を伝って電流が奔流となって押し寄せてきます。
以前の私たちなら、ここで回避するか、私が全身で受けて黒焦げになるしかありませんでした。
ですが、今は違います。
「私の後ろへ!」
エレナさんが前に出ました。
彼女は盾を構えるのではなく、白銀のガントレットを纏った拳を突き出しました。
全身の魔力を循環させ、鎧の表面に薄い膜を形成する。
シスター・クラリス直伝の**『対魔パリィ』**です。
パァンッ!!
乾いた音が響き、押し寄せた電流がエレナさんの目前で左右に弾かれました。
鎧は無傷。エレナさんも涼しい顔です。
「ふっ……。雷帝の攻撃に比べれば、そよ風のようなものだ!」
エレナさんが弾いた隙を突き、私が雷熊の懐へ飛び込みました。
「お久しぶりです、電気マッサージ!」
バリバリバリッ!!
接触した瞬間、雷熊の体表から高圧電流が私に流れ込みます。
熱い。痛い。
ですが――
「(動く……! 神経が焼き切れていない!)」
ヴォルテックス魔術師団での狂気の特訓により、私の体は雷に対する異常な耐性(というより、麻痺信号を無視する図太さ)を獲得していました。
私は感電しながらも笑顔で雷熊の首に抱きつき、その動きをロックしました。
「ガアッ!?」
雷熊が驚愕の声を上げます。
感電させて動けなくしてから捕食するのが常套手段なのに、獲物が元気に抱きついてくるのですから、混乱するのも無理はありません。
「今だ、カイルさん!」
「おうよ!」
カイルさんが横から踏み込みました。
手には大剣『紅蓮のイグニス』。
相手は鋼鉄の剛毛を持つ防御特化の魔物。以前なら『メテオ・バスター』のチャージが必要でしたが――。
「脱力……重さを乗せる……!」
カイルさんは大剣を振りかぶりませんでした。
ただ、剣の重みに身を任せ、流水のような滑らかな動作で刃を滑らせたのです。
ベルタ師匠(定食屋の婆さん)から叩き込まれた、「力まない剣術」。
ズバァッ!!
硬いはずの剛毛が、豆腐のように切り裂かれました。
剣は筋肉の繊維に沿って深々と食い込み、骨を断つことなく急所――心臓を一突きにしました。
「ギャ……ウ……」
雷熊の巨体が、糸が切れたように崩れ落ちました。
一撃必殺。
魔法もチャージも使わない、純粋な剣技による勝利です。
「……やったか」
カイルさんが剣を抜き、血振るいをして納刀しました。
その手には、確かな手応えが残っているようでした。
「すげぇ……。本当に斬れた。魔力を使わずに、こんな硬い敵を」
「見事な太刀筋だったぞ、カイル」
「ああ。エレナの防御も完璧だったぜ」
二人が互いを称え合います。
私は黒焦げになった服(再生中)をパタパタと払いながら、雷熊の死体から討伐部位である『雷袋』を切り取りました。
「素晴らしい連携でしたね。これなら、ギルドの職員さんも文句は言えないでしょう」
私たちは確信しました。
今の私たちは、間違いなく以前より強い。
個々の能力だけでなく、パーティとしての完成度が一段階上がっています。
◇
ヴォルテックスに戻った私たちは、その足でギルドへ向かいました。
カウンターには、あの強面の職員が座っています。
「戻ったか。……ほう、生きていたか」
職員は少し驚いたように私たちを見ましたが、すぐに冷静さを取り戻しました。
「で? 成果は?」
カイルさんが無言で袋をカウンターに置きました。
中から出てきたのは、帯電したままの雷熊の心臓部、『雷袋』です。
しかも一つではありません。
帰り道に遭遇した別の個体の分も含めて、3つ。
「……なに?」
職員の目が点になりました。
スパーク・グリズリーはCランク上位。Dランクパーティが遭遇すれば全滅必至、Cランクでも苦戦する相手です。
それを短時間で、しかも複数体狩ってくるとは。
「傷は……ルシアン君以外はなしか。装備の損耗も少ない」
職員はプロの目で私たちを観察しました。
そして、ついにその厳めしい表情を崩し、感嘆のため息をつきました。
「……認めるしかないな。君たちの実力は本物だ」
彼は奥から新しい書類を取り出しました。
「これは『実績』として十分だ。ギルドマスターに報告し、特例として君たちに**『Cランク昇格試験』の受験資格を与えよう**」
「本当か!?」
「ああ。それに……」
職員は少し声を潜めました。
「これだけの腕があれば、あるいは『塔』の管理者も会ってくれるかもしれん。推薦状の話、通しておいてやる」
「!!」
私たちは顔を見合わせ、ガッツポーズをしました。
地道な実績作り。
遠回りのようでいて、これが一番確実な道でした。
「ありがとうございます!」
「礼には及ばん。……ただし、調子に乗るなよ。試験の内容は甘くないぞ」
職員は釘を刺しましたが、その口元は僅かに笑っていました。
こうして、私たちはついに『Cランク昇格試験』への挑戦権を手にしました。
そして、念願の『雷鳴の塔』への挑戦権も、手の届くところまで来ました。
「さあ、次はどうしますか? 塔へ殴り込みに行きますか?」
「いや、まずは装備のメンテナンスだ。それと、今日は祝い酒だ!」
「賛成だ。ベルタ殿の店で肉を食おう!」
私たちは夕日に染まる街を、晴れやかな気分で歩き出しました。
実績は積んだ。準備も整いつつある。
雷帝ヴォルグへのリベンジマッチは、もうすぐです。




