第29話 焦げ臭い再会と、昇格試験への挑戦状
「……なんかお前、焦げ臭くないか?」
城塞都市ヴォルテックスの酒場。
数日ぶりに顔を合わせた私たち『ブレイク・スルー』の再会第一声は、カイルさんのそんな言葉でした。
「気のせいですよ。ただ、数万ボルトの雷撃を浴び続けて、細胞が少し炭化しただけです」
「それを『焦げ臭い』って言うんだよ!」
私は黒焦げになった髪(再生中)を払いながら、仲間たちの様子を観察しました。
カイルさんは、注文したステーキをナイフで切っていましたが、その手つきが異常でした。
肉の繊維に沿って刃を滑らせ、細胞を潰さずにスッと切り分ける。
無駄な力みが一切なく、まるで呼吸をするように自然な動作。
「カイルさんこそ、随分と所作が洗練されましたね。以前のような『力任せ』な雰囲気が消えています」
「ああ。ベルタ婆さんのシゴきのおかげでな。……今は、大剣が羽毛みたいに軽く感じるぜ」
カイルさんが不敵に笑いますが、すぐにその表情を引き締めました。
「もっとも、まだ婆さんには『やっと包丁が持てるようになった赤ん坊』扱いだけどな。剣の道は果てしねえよ」
そして、エレナさんもまた、変わっていました。
彼女は静かに水を飲んでいましたが、その全身から微弱な魔力が揺らめいています。
鎧の表面に薄い魔力の膜を張り、常に防御態勢を維持しているのです。
「食事中も気を抜かないのですか?」
「クラリス教官に叩き込まれたからな。『日常動作に魔力循環を組み込め』とな。……油断すると、どこからメイスが飛んでくるか分からんかったしな」
エレナさんは遠い目をしています。相当ハードな修行だったのでしょう。
「まあ、私もまだ教官の攻撃を十回に一回弾けるようになった程度だ。免許皆伝には程遠い」
「二人とも謙虚ですね。ですが、確かな手応えはあるのでしょう?」
「ああ。少なくとも、以前の俺たちとは違う」
カイルさんが力強く頷きました。
修行はまだ途中。ですが、立ち止まっているわけにはいきません。
今の実力でどこまで通用するか、試す必要があります。
「行きましょう。今の私たちなら、あの門番(受付)を突破できるはずです」
私たちは頷き合い、席を立ちました。
目指すは冒険者ギルド。
以前、門前払いを食らったあの場所へ、リベンジマッチです。
◇
「いらっしゃいませ。……おや?」
ギルドの受付カウンター。
以前、私たちを「Dランクのひよっこ」と鼻で笑った強面の男性職員が、怪訝な顔をしました。
「君たちは……先日、『雷鳴の塔』に行きたいと言っていた無謀な連中か。まだ諦めていなかったのか?」
「ええ。諦めるどころか、準備万端です」
カイルさんがカウンターにドン! と手を置きました。
「Cランクへの昇格試験を受けさせてくれ。俺たちは強くなった。塔へ行く資格があるはずだ」
職員はため息をつき、書類仕事を続けようとしました。
「何度も言わせるな。昇格試験を受けるには、相応の実績と期間が必要だ。君たちがここに来てまだ数日……」
職員の言葉が止まりました。
カイルさんが、背中の大剣の柄に手をかけたからです。
抜いたわけではありません。ただ、触れただけ。
ですが、そこから放たれた『気配』に、職員の手がピクリと震えたのです。
以前のカイルさんなら、ただの威嚇でした。
ですが今は違います。
「いつでも斬れる」という静かな殺気と、自信。
そして、後ろに控えるエレナさんの鉄壁の魔力防御と、私から漂う異様な焦げ臭さ(狂気)。
職員は顔を上げ、改めて私たちを値踏みするように見つめました。
その額に、冷や汗が流れます。
「……なるほど。ただの口だけではないようだな」
職員はペンを置き、真剣な表情になりました。
しかし、彼の口から出た言葉は、期待していたものとは違いました。
「だが、ダメだ。規則は絶対だ」
「なんだと!?」
「ヴォルテックス支部は軍規に準じた厳格な規律で動いている。どれほど個人の武勇が優れていようと、特例は認めん。例外は魔術師団長か、塔の管理者の推薦状のみだ」
職員は頑として譲りませんでした。
さすがは城塞都市のギルドマン。個人の恐怖よりも、組織のルールを優先する胆力があります。
「推薦状なら……もらえなかったよ。だから実力で認めさせるしかねえんだ!」
「ならば実績を詰め。地道にな」
「チッ! ……わかったよ。じゃあ、手っ取り早く実績になるデカい依頼をよこせ!」
カイルさんが食い下がると、職員は少し考え込み、奥から一枚の赤い依頼書を取り出しました。
「……いいだろう。君たちの実力が本物なら、薬草採取など時間の無駄だ。これをやってみろ」
彼は依頼書をカウンターに叩きつけました。
「ターゲットは、北の山岳地帯に巣食う**『スパーク・グリズリー(雷熊)』**だ」
スパーク・グリズリー。
Cランク上位の魔物です。
全身が鋼のように硬い剛毛で覆われており、さらに体内で発電した電気を纏って攻撃してくる、攻防一体の猛獣。
「本来はCランクパーティ向けの依頼だが、長期間放置されていてな。これを達成できれば、相当な『実績』として評価してやる。文句はないな?」
「上等だ! 行くぞルシアン、エレナ!」
カイルさんが依頼書をひったくりました。
私たちは職員に不敵な笑みを返し、ギルドを後にしました。
「スパーク・グリズリー……。感電しながらのハグ、楽しみですねぇ」
「お前はまずその性癖をどうにかしろ」
「フッ、私の新しい盾の試し斬り(防御)には不足なしだ」
足取りは軽いです。
昇格試験はお預けとなりましたが、強敵との戦いは約束されました。
いざ、実績作りへ。
私たちの進化した力を見せつける時が来ました。




