表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/78

第3話 貴方が撃つまで、何度でも骨を砕きましょう

ダンジョンの最深部。 ひんやりとした冷気が漂う広間の中心に、その巨体は鎮座していました。

全身が銀色に輝く流体金属で構成された、身長3メートルを超える巨人。 『ミスリル・ゴーレム』。 物理攻撃を無効化し、魔法すら弾く、初心者ダンジョンの主としては規格外の怪物です。



「う、嘘だろ……。本当に出やがった……」



カイルさんは腰が引けていました。 無理もありません。ミスリルの輝きは美しくも、圧倒的な「硬度」を物語っています。 普通の剣で斬りつければ、刃の方が飴細工のように折れるでしょう。

しかし、私の目はハートマークになっていたかもしれません。



「素晴らしい……! 見てくださいカイルさん、あの重厚感! あの拳で殴られれば、全身の骨が粉々になること請け合いです!」


「帰ろう! な!? 今すぐ回れ右してダッシュだ!」


「何を言っているのですか。ご馳走を前に帰るなんてマナー違反ですよ」



私はカイルさんの制止を無視し、ツカツカと巨人に歩み寄りました。

ゴゴゴゴ……。 侵入者に気づいたゴーレムが立ち上がり、空気を震わせるほどの咆哮を上げます。



「まずは挨拶代わりです!」



私は助走をつけて跳躍し、ゴーレムの顔面めがけて右ストレートを叩き込みました。 私の筋力は、度重なる「破壊と再生」によって常人の数倍に強化されています。 岩盤すら砕く一撃。

ガィィィィン!!

硬質な音が響き渡り、火花が散りました。

「……ッ!」

私の右腕は、手首から先がグシャリと潰れ、肘の骨が皮膚を突き破って飛び出していました。 対して、ゴーレムの顔面は無傷。傷一つついていません。



「か、硬い……ッ!!」



激痛。 脳髄を焼き切るような痛みの信号が、私の脊髄を駆け巡ります。



「最高です……! 自分の拳が負ける感触、たまりませんねぇ!」


「楽しんでる場合か!!」



カイルさんの悲鳴が聞こえますが、無視します。 ゴーレムが反撃とばかりに、丸太のような腕を振り回しました。


ドォォォォン!!


直撃。 私はボールのように吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられました。 肋骨は全損。内臓破裂。背骨も複雑骨折。 普通なら即死です。



「がはっ……ヒール……ッ!」



一瞬で白い光が体を包み、肉体が元の形へと戻っていきます。 死の淵から生還する、あのフワリとした浮遊感。 脳内麻薬がドバドバと溢れ出し、私は恍惚の表情で立ち上がりました。



「ハァ……ハァ……。いい重さです。これなら、いくら殴られても飽きませんね」



私は再びゴーレムに向かって走り出しました。



   ◇



一方、岩陰にいるカイルさんの様子がおかしいことに、私は気づいていました。


本来なら、彼の最強の一撃――『メテオ・バスター』のチャージに必要な時間はわずか10秒。 私がこれだけ時間を稼いでいるのですから、もう準備は整っているはずです。

ですが、背後からの援護射撃は一向に来ません。 ゴーレムの攻撃を受け流す合間にチラリと見やると、彼は大剣を握りしめたまま、足が凍りついたように動けずにいました。



(ああ、なるほど……)



その蒼白な顔を見て、私は察しました。

彼は動けないのではなく、動くのが怖いのでしょう。 かつての仲間から「守る余裕がない」と切り捨てられた記憶。


もし前に出て、チャージ中に攻撃されたら? あんな拳を一発でも食らったら、自分など跡形もなく消し飛ぶ。 そんな恐怖が体を支配し、一歩も岩陰から出られなくなっているのです。


無理もありません。 目の前で繰り広げられるのは、一方的な蹂躙。 私が殴られ、ひしゃげ、血飛沫を上げながら笑っている異常な光景と、傷一つ付かないゴーレムの絶望的な硬度。 常識的な感性を持つ彼が、足がすくんでしまうのは当然のことです。

そんなカイルさんの葛藤をよそに、数分後。 私は幸せな苦境に立たされていました。



「ぐっ、ううっ……! 硬い、硬すぎます!」



殴っても殴っても、私の骨が砕けるだけ。 向こうの攻撃を受ければ瀕死になりますが、即座に治して立ち上がる。 千日手です。

ゴーレムも、何度殺しても立ち上がる私に苛立っているようで、攻撃が激しさを増しています。 ですが、決定打がありません。 私には敵を倒すための「貫通力」がないのです。



「くそう、やっぱり物理無効かよ……! あれじゃルシアンのやつ、ただの頑丈なサンドバッグじゃねえか!」



岩陰に隠れていたカイルさんが、歯噛みしながら叫びました。



「おいルシアン! 撤退だ! お前の攻撃じゃそいつは倒せねえ!」


「お断りします! まだ殴られたりません!」


「そういう趣味の話じゃねえよ! 倒せなきゃ意味ねえだろ!」



その時、ゴーレムの視線が、うるさいカイルさんの方へ向きました。

「こいつ(ルシアン)は無視して、あっちの弱そうなのを先に殺そう」と判断したのでしょう。



「しまっ……こっち見た!?」



カイルさんが青ざめます。 ゴーレムが私を無視して、カイルさんへ向かって踏み出しました。



「させませんよ」



私はゴーレムの足にタックルし、しがみつきました。



「カイルさんも私の獲物です。よそ見しないで私だけを殴ってください!」


「ギャオオオオ!」



ゴーレムが私の背中をハンマーのように殴りつけます。 背骨が砕け、口から血の塊が溢れますが、私は腕を離しません。 離してたまるものですか。こんな極上の暴力を独り占めできる機会を。

その光景を見ていたカイルさんの目が、大きく見開かれました。



「あいつ……マジで離さねえのか……? あのデカブツに踏み潰されてるのに……」



カイルさんの脳裏に、かつての仲間の言葉が過ぎったはずです。

『お前の攻撃は遅い』

『チャージしてる間、誰が守るんだ』


カイルさんは震える手で、背中の大剣を握りしめました。 目の前には、ボロ雑巾のようになりながらも、決して敵を離さない狂人がいます。



「……おい、ルシアン!!」



カイルさんが岩陰から飛び出しました。



「カイルさん? 逃げてください、ここは私が一生遊んでますから」


「ふざけんな! 俺がやる!」



カイルさんは大剣を構え、深く腰を落としました。 その目には、今まで見たことのない強い光が宿っていました。



「15秒だ!!」



カイルさんが叫びました。



「15秒間、そいつを一歩も動かすな! そしたら俺がブチ抜いてやる!」



その言葉を聞いた瞬間。 私の全身に、被弾とは違う種類の震えが走りました。



(15秒……?)



確か彼は昨日、チャージ時間は「10秒」と言っていました。

それなのに、なぜ15秒? 決まっています。念には念を入れて、確実に仕留めるためでしょう。

つまり彼は、本来の必要時間の1.5倍もの間、私が一方的に殴られ続けることをプレゼントしてくれたのです。



「……ふっ、ふふふ」



笑いがこみ上げてきました。 なんという太っ腹な采配。 普通なら「早く終わらせろ」と言うところを、「もっと長く耐えてみせろ」と言うのですから。

逃げろ、ではなく。 「受け止めろ」と。 この私の異常な耐久性を、彼は頼ってくれたのです。



「……15秒ですね」



私は口元の血を舐めとり、ニヤリと笑いました。



「お安い御用です。なんなら30分でも構いませんよ!」


「バカ言うな! さっさと固定しろ!」



ブォォォォン……! カイルさんの大剣に、赤黒い魔力が収束していきます。 空間そのものが悲鳴を上げているかのような、濃密な魔力。 あれが、彼の「最強の一撃」。

ゴーレムも本能的な危機を感じたのか、私を振りほどいてカイルさんへ向かおうと暴れ出しました。



「行かせませんよ……ッ!」



私はカイルさんへ向かおうとするゴーレムの巨大な右足の前に、滑り込みました。

そして、その膝関節の隙間に自らの体をねじ込み、両足を地面の岩盤の亀裂に深く突き刺します。 自分の骨をへし折って岩と一体化し、肉体を『生体アンカー』に変えて強制的に動きを封じたのです。



「ガアアアアッ!」



ゴーレムが私の頭を掴み、握力で潰しにかかります。 頭蓋骨がミシミシと悲鳴を上げ、視界が歪みます。



「ぐ、ぅぅぅぅ……ッ! ヒール、ヒール、ヒールッ!!」



砕ける端から治す。 潰れる端から再生する。 痛い。苦しい。最高だ。



「あと10秒……!」



カイルさんの声。 ゴーレムは私を壁に叩きつけ、地面に擦り付け、必死に振りほどこうとします。 私は全身の骨が粉砕骨折していますが、精神はかつてないほど澄み渡っていました。


(ああ、これです……。私が求めていたのは、これだ)


誰にも理解されなかった、私の異常性。 それが今、パズルのピースのようにカチリとハマっている。 私が痛みに耐えれば耐えるほど、相棒の刃が研ぎ澄まされていく。



「あと5秒……! 3……2……!」



魔力の充填率が臨界点を超え、カイルさんの大剣が太陽のように輝き始めました。



「ルシアン、どけェッ!!」



カイルさんの咆哮。 私は反射的にロックを外し、地面を転がって横へ退避しました。

直後。



「消し飛びやがれッ! 『メテオ・バスター』!!」



カイルさんが大剣を振り下ろしました。 剣閃から放たれたのは、斬撃というよりは極太の熱線ビーム。 洞窟内の空気を焦がし、轟音と共に一直線に突き進みます。



「ガ、ア……?」



ゴーレムが何か反応する間もありませんでした。 熱線はミスリルの装甲を紙のように貫通し、その巨体を飲み込みました。

閃光が視界を白く染め上げます。 そして。

光が収束したあとには、上半身をごっそりと消滅させられたゴーレムの下半身だけが、炭化して残っていました。


ズズン……。


遅れて、巨体が崩れ落ちる音が響きました。 圧倒的な火力。 物理無効の装甲すら無意味にする、理不尽なまでの破壊力。



「はぁ……はぁ……」



肩で息をするカイルさんが、大剣を杖にして立っていました。 私は、再生したばかりの体で起き上がり、その光景を呆然と見つめました。



「……美しい」



私の口から、感嘆の吐息が漏れました。 私がどれだけ殴っても傷つかなかった最強の硬度を、一撃で無に帰す。 それは、私の再生能力と対をなす、究極の破壊能力。


(この人と組めば、私はもっと酷い攻撃を受けられる……!)


私は確信しました。 この出会いは運命だと。 彼こそが、私を「天国(地獄)」へ連れて行ってくれる唯一無二のパートナーだと。



「……おい、生きてるか? ルシアン」


カイルさんが恐る恐る声をかけてきました。 私は満面の笑みで、親指を立てて応えました。



「ええ、ピンピンしていますよ! 最高の時間でした!」


「お前……やっぱ頭のネジ全部飛んでるわ……」



カイルさんはドン引きしていましたが、その表情には、初めて相棒に向ける「信頼」のようなものが混じっていました。

こうして、私たちは最強の敵を倒しました。 ですが、私の中には、ある一つの「抗いがたい欲望」が芽生えていました。 あのゴーレムを消し飛ばした熱線……あれを、私の体で受けてみたい、と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ