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第27話 包丁修行の裏で、聖なる監視者が牙を剥く



「ぎゃああああ! 魚の骨が! 骨が抜けないぃぃぃ!」


城塞都市の路地裏にある定食屋から、カイルさんの悲痛な叫び声が聞こえてきます。

彼は今、元Sランク冒険者ベルタ婆さんの元で、来る日も来る日も食材と格闘する地獄の修行(下積み)を強いられていました。


「ふふ。カイルさんも充実しているようで何よりです」

「……あれが充実に見えるのか? 私には拷問に見えるが」


私とエレナさんは、店の外でカイルさんの悲鳴をBGMに、焼き立ての串焼きを食べていました。

カイルさんが剣技(料理)を磨いている間、私たちは暇……いえ、自主トレーニング中です。


「しかし、焦るな……。カイルは強くなるだろう。だが、私はどうだ?」


エレナさんが串焼きを齧りながら、沈痛な面持ちで呟きました。


「私の課題は『魔法防御』と『スピード』だ。新しいシルバー・フォートレスのおかげで動きやすくはなったが、ヴォルグ団長の雷撃を防げるビジョンが見えない。……ただ硬いだけの盾では、Sランクには届かん」


彼女は真面目です。

自分の弱点と向き合い、どうすれば仲間を守れるかを常に考えています。


「ルシアン。貴様の実家の聖教国には、魔法に強い騎士がいると聞くが……どんな訓練をしているのだ?」

聖騎士パラディンのことですね。彼らは信仰心で魔法を弾きますから、参考になるかどうか」

「精神論か……」


エレナさんがガックリと肩を落とした、その時でした。


「精神論ではありませんよ。あれは高度な魔力操作による『対魔障壁』の技術です」


鈴を転がすような涼やかな声が、頭上から降ってきました。


「誰だッ!?」


エレナさんが即座に反応し、ハルバードを構えます。

声の主は、屋根の上に軽やかに着地し、音もなく私たちの前に降り立ちました。


黒に近い濃紺の修道服。

目元を覆う白いベール。

手には、身長ほどもある巨大な十字架メイスを持った、小柄なシスターでした。


「お久しぶりです、ルシアン様。相変わらず、生傷の絶えない素敵な生活を送っておられるようで」

「おや、その声は……」


私は懐かしさに目を細めました。


「クラリスさんですか? まさか、貴女が監視役だったとは」


彼女がベールを上げると、そこには眠たげな瞳をした童顔の女性がいました。

シスター・クラリス。

実家の教皇庁に仕えるシスターであり、裏では異端審問官や処刑人を務める『掃除屋』の一人です。

幼い頃、よく私に「痛みを与えない拷問術」を実験台として試してくれた恩人でもあります。


「教皇聖下より『愚息が死なない程度に見守り、定期的に生存報告をせよ』と仰せつかっております。……はぁ、面倒くさい」


クラリスさんは大きなあくびをしました。

相変わらずの脱力系ですが、その実力は本物です。


「知り合いか? ルシアン」

「ええ。実家の使用人のようなものです。……それでクラリスさん、ただの挨拶に来たわけではないでしょう?」

「はい。見ていられなかったので」


クラリスさんは、気だるげな視線をエレナさんに向けました。


「そこのデカ女……失礼、重戦士さん。貴女、ルシアン様の盾役タンクなんでしょ? なのに魔法一発で沈むようじゃ、お荷物もいいとこですよ」

「なっ……!?」


エレナさんの顔が真っ赤になります。

図星を突かれた悔しさと、初対面で罵倒された怒り。


「貴様……! 聖職者とはいえ、侮辱は許さんぞ!」

「事実ですけど? ……はぁ、面倒ですが、聖下から『ルシアンの仲間もついでに鍛えてやれ』とも言われてましてね」


クラリスさんは十字架メイスを軽々と片手で持ち上げ、エレナさんに切っ先(鈍器)を向けました。


「ちょっと付き合ってください。貴女に『魔法を弾く体』の作り方を教えてあげます」

「……稽古をつけてくれるというのか?」

「ええ。ただし、死ぬほど痛いですよ?」


エレナさんはゴクリと喉を鳴らし、そして強く頷きました。


「望むところだ! 強くなれるなら、どんな痛みも甘んじて受けよう!」

「いい返事です。……ルシアン様はそこで見ていてください。手出し無用ですよ」


   ◇


場所を移し、街外れの荒野。

エレナさんとクラリスさんが対峙しました。


「行きます」


クラリスさんが詠唱もなしに十字架を振るうと、そこから無数の光弾が放たれました。

初級魔法『ライト・バレット』。ですが、その威力と数は桁違いです。


「くっ!」


エレナさんは盾を構えますが、着弾の衝撃でジリジリと後退させられます。

防げてはいますが、ダメージが貫通しているようです。


「硬いだけじゃダメなんです。魔力というのは水と同じ。ただの板で防いでも、隙間から浸透してくる」

「ならばどうすればいい!」

「弾くんです。貴女自身の魔力を表面に薄く展開し、相手の魔力と反発させる。……こうやって!」


クラリスさんが急接近し、十字架でエレナさんの横っ腹を殴りつけました。

物理攻撃に見えますが、その打撃点には爆発的な魔力が込められています。


ドゴォォォン!!


「ぐあっ……!?」


エレナさんが吹き飛び、地面を転がります。

アダマンタイトの鎧があるのに、ダメージが中まで響いている。


「魔力を乗せた打撃インパクト。これを防ぐには、貴女もインパクトの瞬間に魔力をぶつけるしかない。……呼吸を合わせなさい。鎧に頼るのではなく、鎧を貴女の魔力で満たすのです」


そこからは、一方的な蹂躙でした。

クラリスさんの容赦ない魔法と物理の複合攻撃。

エレナさんは何度も吹き飛ばされ、泥まみれになりながらも、必死に食らいつきます。


「(いいなぁ……。私も混ぜてほしいです……)」


私は岩陰から、羨望の眼差しで見つめていました。

あのメイスで殴られたら、肋骨がどんな風に砕けるだろうか。

魔法を流し込まれたら、内臓がどんな熱さを感じるだろうか。


「見てないで応援くらいしてください、ルシアン様」

「頑張れー! もっと激しくー!」

「そっちじゃない!」


数時間後。

ボロボロになったエレナさんが、フラフラと立ち上がりました。

クラリスさんが放った光弾に対し、彼女はハルバードではなく、ガントレットを纏った拳を突き出しました。


「ふんッ!!」


パァン!!


乾いた音がして、光弾が霧散しました。

受け止めたのではなく、弾いた。

エレナさんの拳が一瞬、淡い光を帯びていました。


「……できた」

「ほう。今のタイミング、悪くないですね」


クラリスさんが初めて感心したように頷きました。


「魔力による『パリィ』。それを全身の鎧で行えば、魔法攻撃のダメージを大幅に軽減できます。……ま、まだまだへっぴり腰ですけど」

「はぁ……はぁ……。感謝する、シスター・クラリス!」


エレナさんは膝をつきながらも、清々しい笑顔を見せました。

掴んだようです。

ただの物理防御ではない、対魔防御の極意を。


「さて、今日の報告業務と教育はこれで終わりです。私は戻りますね」


クラリスさんはあくびをしながら、十字架を背負い直しました。


「ルシアン様。次にお会いする時までに、もう少しマシなパーティになっていてくださいね。……あと、聖女様アリスからの伝言です」

「えっ」

「『浮気したら殺す』だそうです。それでは」


不吉な言葉だけを残し、クラリスさんは風のように去っていきました。

残されたのは、ボロボロだけど確かな手応えを得たエレナさんと、恐怖に震える私。


「……強くなるぞ、ルシアン。あのシスターに負けていられん」

「ええ。私も強く生きなければ……(姉さんから逃げ切るために)」


カイルさんは包丁で。

エレナさんはシスターとの特訓で。

それぞれが壁を越えようとしています。


『雷鳴の塔』攻略まで、あと一歩。

役者は揃いつつありました。

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