第26話 ロマン砲の不発と、包丁一本の師匠
「クソッ……! 結局、俺はただの『置物』かよ……!」
城塞都市ヴォルテックスの路地裏にある安酒場。
カイルさんは、ジョッキを握りしめたまま俯いていました。
『雷鳴の塔』での門前払い。
そして記憶に新しい、王都での騎士団戦。
どちらも、彼が誇る必殺技『メテオ・バスター』を撃つ隙を与えられず、手も足も出ずに敗北しました。
「チャージさえできれば……なんて言い訳はもう通じねえ。速い敵、魔法使い、対人戦……俺の技が通じない相手なんて山ほどいる」
カイルさんは悔しそうに唇を噛みました。
「俺には、剣術がねえ。ただ魔力を溜めてぶっ放すだけだ。チャージできない俺は、ただ重たい鉄の塊を振り回してる素人でしかねえんだ」
痛いほどの自己分析です。
ですが、それは避けて通れない事実でもあります。
Sランクを目指すなら、そしてあの最強の聖女を振り向かせるなら、「一発屋」からの脱却は必須。
「でも、どうすれば……。今さら剣術を習うったって、普通の道場じゃこの大剣(紅蓮のイグニス)は扱いきれねえぞ」
カイルさんの大剣は、アダマンタイト製の超重量級。
常人なら持ち上げるのがやっとの代物です。これを自在に操る技術を持つ指導者など、そうそういません。
「お兄ちゃんたち、湿気てるねぇ! 景気付けに何か食べるかい?」
その時、カウンターの奥から豪快な声が飛んできました。
この店の女主人、ベルタさんです。
白髪を無造作に束ね、割烹着を着た小柄なお婆さんですが、その腕は丸太のように太く、歴戦の古傷が刻まれています。
「じゃあ、この『オークの丸焼き』を頼むわ」
「あいよ! **『解体』**するからちょっと待ちな!」
ベルタさんは厨房の奥から、肉の塊(オーク一頭分)をドン! とまな板に置きました。
そして、壁に掛けてあった巨大な肉切り包丁を手に取りました。
いいえ、あれは包丁ではありません。
カイルさんの大剣と同じくらいのサイズと厚みがある、凶悪な鉄塊です。
「ふんッ!!」
ベルタさんが軽く腕を振るいました。
ヒュンッ!
風を切る音と共に、オークの巨体が空中に放り出されます。
ズダダダダダダダッ!!
目にも止まらぬ速さで銀閃が走り、空中のオークが瞬時に部位ごとに解体されていきます。
骨を断ち、筋を切り、皮を剥ぐ。
その動きには一切の無駄がなく、かつ、恐ろしいほどの重量感が乗っていました。
「へい、お待ち!」
皿に盛られた美しいステーキ肉。
カイルさんは、ポカンと口を開けてそれを見つめていました。
肉を、ではありません。
ベルタさんの、その「剣捌き」を。
「……すげぇ」
カイルさんが震える声で呟きました。
「あの重い包丁を、まるで羽毛みたいに……! 重心移動、遠心力の使い方、インパクトの瞬間の脱力……完璧だ」
「カイルさん?」
「見つけた……!」
カイルさんはガバッと立ち上がり、カウンターに身を乗り出しました。
「婆さん! いや、師匠!! 俺に剣を教えてくれ!!」
「あぁん? 何言ってんだいこのボウズは」
ベルタさんは煙管をふかしながら、面倒くさそうにカイルさんを見下ろしました。
「アタシはただの料理人だよ。剣術なんて教えられるわけないだろう」
「嘘だ! あの動き、ただの料理人じゃねえ! あんた、相当な使い手だろ!?」
「昔の話さ。今はただ、客に美味い肉を食わせるのが生き甲斐でね」
ベルタさんは興味なさそうに背を向けましたが、カイルさんは食い下がります。
「頼む! 俺は強くならなきゃいけないんだ! このままじゃ、大事な仲間も、惚れた女も守れねえ!」
その必死な叫びに、ベルタさんの足が止まりました。
彼女はゆっくりと振り返り、カイルさんの瞳を、そして背負った『紅蓮のイグニス』をじっと見つめました。
「……いい剣だね。ドワーフの仕事かい」
「ああ!」
「だが、お前さんには重すぎる。魔力に頼って無理やり振ってるだけだ。それじゃあ、いつか腕が千切れるよ」
図星を突かれ、カイルさんが言葉を失います。
「強くなりたいのかい?」
「ああ!」
「だったら、まずはその剣を置きな。そして――」
ベルタさんは厨房の隅を指差しました。
そこには、今日仕入れたばかりの、皮の硬い『ロック・リザード(岩トカゲ)』の山が積まれていました。
「今日の仕込みを手伝いな。この包丁で、肉の繊維を一本も傷つけずに、骨だけを綺麗に外してみな」
ベルタさんが巨大な包丁を放り投げました。
カイルさんは慌てて受け取りますが、その重さにバランスを崩しかけます。
「こ、これを……料理で?」
「剣も包丁も同じさ。『重さ』と友達になれない奴に、大剣は扱えないよ」
ベルタさんはニヤリと笑いました。
「合格したら、少しは稽古をつけてやるよ。……元Sランク冒険者**『首狩りベルタ』**の技をね」
「Sランク……!?」
なんと、こんな路地裏の定食屋に、生ける伝説が隠れていました。
ヴォルテックス恐るべし。
「やります! やらせてください!」
カイルさんはエプロンを借り、意気揚々と厨房に入っていきました。
しかし、数分後。
「ぐわっ! 硬ぇ! 刃が通らねえ!」
「力を抜くんだよ! 重さに任せて落とす! 叩き切るんじゃない、押し切るんだ!」
「は、はいッ!」
厨房から、カイルさんの悲鳴とベルタさんの怒声が響いてきます。
私とエレナさんは、出来上がったオークのステーキ(絶品でした)を食べながら、その様子を温かく見守りました。
「カイルも大変だな。だが、良い師匠を見つけたようだ」
「ええ。料理修行とは意外ですが、彼の『雑さ』を矯正するには丁度いいかもしれません」
こうして、カイルさんの「料理(剣術)修行」が始まりました。
彼が包丁使いをマスターする頃には、きっと『メテオ・バスター』以外の強力な武器を手に入れていることでしょう。
さて、私とエレナさんも負けてはいられません。
私たちにも、解消すべき課題があるのですから。




