第25話 『雷帝』の洗礼と、遠回りの一番近道
「ひゃっはー! 見て見て! 新型避雷針『サンダー・イーター』の効果! ビリビリ吸い込んでるよ!」
雷鳴轟く『雷鳴の塔』への道中。
ミントさんが開発した奇妙な機械(避雷針)を背負った私たちは、降り注ぐ落雷を避けることなく進んでいました。
避雷針が周囲の雷をすべて吸収してくれるため、安全に塔の結界内へと侵入できたのです。
「便利なものだな。これがあれば塔の攻略も楽勝じゃないか?」
「だといいのですが……。なんだか嫌な予感がします」
私は肌をピリピリと刺すような魔力の密度に、本能的な危機感を覚えていました。
この塔の主は、ただのドラゴンではない。もっと強大な何かが、この場所を支配しているような……。
塔の巨大な鉄扉の前。
そこには、一人の男が腕組みをして立っていました。
紫紺のローブを纏い、白髪交じりの髪を逆立たせた壮年の男。
その周囲だけ、雨粒が蒸発し、青白いスパークが散っています。
「げっ……ヴォルグ団長」
ミントさんが露骨に嫌そうな顔をして、私の背中に隠れました。
彼が、この塔を管理する魔術師団のトップ。
『雷帝』ヴォルグです。
「遅いぞミント。納品期限ギリギリだ」
「あはは……調整に手間取っちゃって。でも性能はバッチリだよ!」
「ふん。……で? その後ろにいるヒヨっ子共は何だ?」
ヴォルグ団長の鋭い眼光が、私たちを射抜きました。
物理的な衝撃すら伴うような、凄まじい威圧感。
「護衛の冒険者『ブレイク・スルー』です! 彼ら、すご腕なんですよ! ギガ・クイーンも倒したとか!」
「ほう?」
ミントさんの紹介に、団長は興味なさそうに鼻を鳴らしました。
「ギガ・クイーンか。相性さえ良ければ倒せる相手だ。……ミント、貴様まさか、こいつらを塔に入れるつもりじゃないだろうな?」
「うっ……。まあ、ついでに推薦状でも書いてあげてくれないかなー、なんて」
「断る」
即答でした。
「帰れ。ここは遊び場ではない」
背を向ける団長に、カイルさんが食い下がりました。
「待ってくれ! 俺たちはDランクだが実力はある! 試験でも何でもしてくれ、あんたを認めさせてやる!」
「……私を認めさせる、だと?」
団長がゆっくりと振り返りました。
その瞬間、周囲の空気が凍りついたように重くなりました。
「いいだろう。そこまで言うなら、耐えてみせろ」
団長が指をパチンと鳴らしました。
詠唱なし。予備動作なし。
ドォォォォォンッ!!
音速を超える落雷が、カイルさんの足元を直撃しました。
直撃の寸前、エレナさんがカイルさんを突き飛ばし、私がエレナさんの前に滑り込んで身代わりになりましたが――。
「がはっ……!? あ、あああああああッ!!」
私の体内を、数万ボルトの電流が駆け巡りました。
筋肉が収縮し、骨が軋み、血液が沸騰する感覚。
今までのサンダー・ウルフの比ではありません。これは魔法というより、自然現象そのもの。
「ぐ、ぅぅ……! 回復……!」
私は再生しようとしましたが、体が言うことを聞きません。
**『麻痺』**です。
強力すぎる雷撃が神経系を焼き切り、魔力回路をショートさせているのです。
回復魔法が発動できない……!
「ルシアン!?」
「ほう。今のを食らって意識があるとはな。そこだけは褒めてやる」
団長は冷酷に見下ろしました。
「だが、それだけだ。私の『雷魔法』は、ただ焼くだけではない。神経を破壊し、魔力を霧散させ、相手を無力化する。再生能力があろうと、再生する命令を脳が出せなければ意味がない」
団長はカイルさんとエレナさんにも視線を向けました。
「お前たちもだ。いくら硬い鎧を着ようが、強力な剣を持とうが、中身の人間が動けなくなればただの置物だ。この塔の内部は、常に今の雷撃と同じ濃度の魔力が満ちている。入った瞬間、お前たちは呼吸すらできずに死ぬぞ」
「なっ……!」
カイルさんが絶句しました。
物理的な「破壊力」や「硬さ」で勝負してきた私たちにとって、この「状態異常」を伴う魔法攻撃は天敵でした。
ミントさんの避雷針があっても、塔内部の環境ダメージまでは防げないのです。
「出直してこい。雷への耐性をつけ、魔力制御を鍛え直し、私の雷撃を受けても平然と立っていられるようになってからな」
ヴォルグ団長は私たちに背を向け、塔の中へと消えていきました。
残されたのは、黒焦げで動けない私と、呆然と立ち尽くす仲間たち。
「……負けた、のか? 何もできずに……」
カイルさんが悔しそうに拳を握りしめます。
完敗です。
Aランクの怪物には勝てても、熟練の魔術師(それも人間)には手も足も出なかった。
これが「相性」であり、経験の差。
「ごめんね、みんな。あの人……いや団長、ああ見えて心配性なんだ。今のキミたちじゃ本当に死ぬって分かったから、追い返したんだと思う」
ミントさんが申し訳なさそうに私の治療をしてくれました。
「……いえ、感謝します」
私は痺れる舌を動かして言いました。
「目が覚めました。私たちは少し、調子に乗っていたようです。Sランクへの道は、飛び級できるほど甘くはありませんでしたね」
カイルさんとエレナさんも、重苦しく頷きました。
「ああ……。俺の『メテオ・バスター』も、撃つ前に潰されちゃ意味がねえ」
「私の鎧も、魔法防御に関してはまだ課題があるな」
私たちはヴォルテックスの街へ戻りました。
ギルドの受付職員に言われた通り、地道に依頼をこなし、ランクを上げながら、この街特有の「対魔法戦」や「属性耐性」を鍛える。
それが結局、Sランクへの一番の近道だということを痛感したからです。
「やりましょう、カイルさん、エレナさん」
私はまだ痺れが残る手で、二人の手を握りました。
「まずはCランクへ昇格です。そしていつか必ず、あの雷オヤジに一泡吹かせて、堂々と塔へ入りましょう」
「おう! 今度は絶対ビビらせてやる!」
「うむ。修行あるのみだ!」
新生『ブレイク・スルー』の、本当の意味での冒険者生活(下積み)が始まりました。
派手な討伐だけが冒険ではありません。
日々の依頼、装備の強化、そして新たなスキルの習得。
地味ですが、確かな一歩を、私たちは踏み出したのでした。




