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第21話 聖女の護衛は強すぎて、父の権力は偉大すぎます



「制圧なさい」


聖女アリスの冷徹な号令と共に、白銀の鎧を纏った王宮騎士たちが一斉に動きました。

その動きは、野良の魔物やゴロツキ冒険者とは次元が違いました。

洗練され、統率された、対人戦闘のプロフェッショナル。


「くっ、速い……!」


カイルさんがミスリルの大剣を振るいますが、騎士たちは最小限の動きでそれを回避し、死角から鋭い突きを繰り出してきます。

カイルさんの最大の武器は『メテオ・バスター』。

しかし、ここは街中です。しかも相手は動き回る人間。

10秒以上の静止時間を確保することなど不可能ですし、撃てば観客ごと街が消し飛びます。


「クソッ! 必殺技が撃てなきゃ、俺はただの大剣使いだ!」

「その通りね。そしてただの大剣使いなら、私の騎士団には掃いて捨てるほどいるわ」


姉さんが冷ややかに見下ろします。

カイルさんは通常攻撃で応戦しますが、数で勝る騎士団の連携に翻弄され、防戦一方です。


「カイル! 私の後ろへ!」


エレナさんがアダマンタイトの鎧で攻撃を受け止め、ハルバードを薙ぎ払います。

彼女の防御力は流石ですが、相手が悪すぎました。


「遅いな、重戦士」


副団長のヒルダさんが、眼鏡を光らせながらエレナさんの懐に潜り込みました。

細身のレイピアが閃き、鎧の隙間――関節部分を正確に貫きます。


「ぐあっ……!?」

「硬いだけでは守れない。王宮騎士団われわれを甘く見ないことだ」


ヒルダさんの足払いで、巨体のエレナさんがバランスを崩して倒れ込みました。

そこへ数人の騎士が殺到し、剣を突きつけます。


「エレナ!」


助けようとしたカイルさんも、背後から盾で殴打され、地面に押さえつけられました。


「がはっ……! くそ、離せ……!」

「無駄よ」


姉さんが優雅に歩み寄り、泥にまみれた二人を見下ろしました。


「Dランクにしては頑張った方ね。でも、所詮は『井の中の蛙』。貴方たちがルシアンを守れる? 笑わせないで」


圧倒的な実力差。

カイルさんとエレナさんは、手も足も出ずにボコボコにされ、完全に無力化されてしまいました。


「やめてよ姉さん! 二人は僕の仲間だ!」


私は叫びましたが、姉さんは慈愛に満ちた(狂った)瞳で私を見つめ返しました。


「仲間? いいえ、彼らは貴方を危険に晒す害虫よ。排除しなかっただけ感謝しなさい」


姉さんが私の頬に触れます。

その手は温かいですが、私にとっては冷たい鎖のように感じられました。


「さあ、帰りましょうルシアン。お父様も心配なさっているわ」

「父さんが……?」

「ええ。貴方がこんなところで泥遊びをしていると知ったら、きっと悲しむわ」


姉さんが合図を送ると、騎士たちが私を囲み、馬車へと連行しようとしました。

カイルさんとエレナさんは地面に伏せられ、動けません。

万事休す。

私の冒険者生活デスマーチも、ここまでですか……。


「待たれよ」


その時でした。

群衆を割り、威厳ある声が響き渡りました。


「……ッ?」


姉さんの動きがピタリと止まります。

騎士たちが、驚愕の表情で道を空け、その場に跪きました。

現れたのは、真っ白な法衣に身を包んだ、老年の神官でした。

胸には、この国で最も権威ある宗教組織――『聖教国』の紋章が輝いています。


「まさか……教皇庁の特使?」


カイルさんが掠れた声で呟きます。

神官は、姉さんの前まで進み出ると、恭しく一礼しました。


「アリス聖女様。お迎えに上がりました」

「……セバスチャン? なぜ貴方がここに?」


姉さんが不機嫌そうに眉をひそめました。

セバスチャン。実家の執事兼、教皇庁の筆頭神官戦士です。


「教皇聖下より、勅命を預かっております」


セバスチャンさんは懐から羊皮紙を取り出し、読み上げました。


「『聖女アリスよ。視察ご苦労。だが、隣国との情勢が不安定ゆえ、直ちに帰還し、結界の維持に努めよ。これは命令である』」

「……っ! でも、私はルシアンを連れて帰らないと……!」

「それにつきましても、聖下よりお言葉がございます」


セバスチャンさんは、今度は私の方を向きました。

そして、ニヤリと片目のウィンクをしてみせました。


「『愚息ルシアンよ。家出の根性は認めてやろう。だが、ただ遊ばせておくほど我が家は甘くない』」


セバスチャンさんの声色が、厳格な父の声色に変わります。


「『貴様には特別任務を与える。冒険者として各地を巡り、市井の暮らし、魔物の生態、そして世界の"痛み"を肌で感じ、その見聞を報告せよ。……将来、教皇の座を継ぐために必要な修行と思え』」


シン……と。

広場が静まり返りました。


「……は?」


地面に転がっているカイルさんが、口をポカンと開けて私を見ました。


「教皇……? 愚息……? 座を継ぐ……?」

「あ、言い忘れていましたが」


私はカイルさんとエレナさんに、気まずそうに微笑みかけました。


「私の父は、この国の宗教的指導者……つまり教皇です」


「「「はあああああああああ!?!?!?」」」」


カイルさん、エレナさん、そして『新緑の風』や野次馬たちの絶叫が重なりました。

聖女の弟であるだけでなく、教皇の息子。

つまり、私はこの国で一、二を争う超VIP(の家出息子)だったのです。


「そ、そんな……お父様が、ルシアンの冒険を認めるというのですか!?」


姉さんが食い下がりますが、セバスチャンさんは静かに首を横に振りました。


「『治世の調査』という名目です。次期教皇候補として、下界を知ることは必要不可欠。……聖女様、聖下の決定に異を唱えますか?」

「くっ……!」


姉さんは唇を噛み締めました。

いかに最強の聖女といえど、組織のトップであり実の父親である教皇の命令には逆らえません。


「……わかったわ」


姉さんは深いため息をつき、私を解放しました。

そして、私の耳元で囁きます。


「今回は見逃してあげる。でも覚えておきなさいルシアン。貴方が傷ついたら、私がすぐに飛んでいって、一生檻に閉じ込めるから」

「ひぃっ! 善処します!」


姉さんはスカートを翻し、騎士たちを引き連れて馬車へと戻っていきました。

去り際、倒れているカイルさんとエレナさんを一瞥し、フンと鼻を鳴らしました。


「……せいぜい、私の弟の盾として役に立ちなさい。壊れたら許さないわよ」


それが、彼女なりの(精一杯の)認める言葉だったのかもしれません。


馬車が去り、嵐のような時間が過ぎ去りました。

残されたのは、ボロボロになった仲間たちと、微妙な空気。


「……おい、ルシアン」


カイルさんが、腫れ上がった顔で起き上がり、私に詰め寄りました。


「お前……教皇の息子って、マジか?」

「はい。内緒にしていてすみません。言ったらこうやって騒ぎになるので」

「騒ぎどころじゃねえよ! 俺、教皇の息子を囮にしてたのか!? 不敬罪で首が飛ぶぞ!」

「大丈夫です。父は『現場で死ぬのも修行』というスパルタ教育者ですので」


私はセバスチャンさんに目配せしました。

彼は「これにて」と一礼し、風のように姿を消しました。

父さんも、なかなか粋な計らいをしてくれますね。

「調査」という名目で、堂々と冒険(自傷行為)ができる免罪符をくれたのですから。


「まあ、いいじゃないですか。これで私たちは自由です!」


私は両手を広げました。


「さあカイルさん、エレナさん! ボコボコにされた傷を治して、次なる冒険へ行きましょう! 世界にはもっと痛いことが待っていますよ!」

「「お前なぁ……」」


二人は呆れ果てていましたが、その表情には安堵の色が浮かんでいました。

最強の騎士団に敗北し、絶望を味わい、そしてとんでもない秘密を知ってしまった。

けれど、私たちのパーティ『ブレイク・スルー』は解散を免れました。


これにて一件落着。

……とはいかず、この後、私はカイルさんたちから一晩中質問攻めに合うことになるのですが、それはまた別のお話。

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