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第20話 聖女の微笑みは、慈愛ではなく捕獲の合図です



運命の日は、雲一つない快晴でした。


交易都市ベルンは、朝からお祭り騒ぎです。

メインストリートには色とりどりの花が飾られ、沿道には一目聖女様を拝もうとする市民や観光客が溢れかえっています。


「おいルシアン! 見ろよこの人だかり! すごい人気だなアリス様!」


新品のミスリル合金の大剣(マダム・ガルド特製:刀身に赤いラインが入った攻撃的なデザイン)を背負ったカイルさんが、子供のようにはしゃいでいます。

彼は今日のために髪を整え、一張羅を着込んで気合十分です。


「うむ。警備体制も万全のようだ。騎士団の方々も気合が入っている」


その横で、エレナさんもまた、新品のアダマンタイト・フルプレートメイル(マダム・ガルド特製:美しい曲線美と絶対的な防御力を両立した芸術品)を輝かせ、満足げに頷いています。


そして、私、ルシアンは。


「…………」


路地裏の木箱の影で、体育座りをしていました。

全身を漆黒のスライムローブで覆い、フードを目深に被り、さらに泥除けのマスクまでしています。

完全に不審者です。


「おい、いつまで隠れてんだよ。こっち来いって!」

「嫌です! 私はここで空気になります!」

「往生際が悪いぞ。Sランクを目指すなら、こういう晴れ舞台にも慣れておかないとな!」


カイルさんが私の襟首を掴み、無理やり沿道の最前列へと引きずり出しました。


「やめてください! 陽の光を浴びたら死んでしまう病なんです!」

「嘘つけ! お前ほど頑丈な生物はいねえよ!」


ギャーギャー騒いでいる間に、ファンファーレが鳴り響きました。

パレードの到着です。


「来たぞ……!」


カイルさんが息を呑み、直立不動になります。

王宮騎士団の騎馬隊に続き、豪奢なオープン馬車がゆっくりと近づいてきました。


そこに座っていたのは、この世のものとは思えない美女。

黄金の髪が陽光を反射して輝き、雪のような肌は透き通るようです。

慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、優雅に手を振るその姿は、まさに『聖女』。


「あぁ……アリス様……!」


カイルさんが陶酔しきった声を上げます。

周囲の民衆からも、「聖女様万歳!」「なんと美しい!」と歓声が上がります。


しかし、私には見えていました。

その聖女の目が、忙しなく群衆の中をサーチしているのを。

慈愛? いいえ、あれは**「獲物を探す捕食者の目」**です。


(バレるな……バレるな……気配を消せ……私は石ころ……私はスライム……)


私はフードを限界まで引き下げ、カイルさんの背中に隠れるようにして身を縮めました。

馬車が私たちの前を通り過ぎようとします。

よし、このまま何事もなく――。


ピタリ。


馬車が止まりました。

私の目の前で。


「……え?」


カイルさんが呆けた声を上げます。

馬車の上から、聖女アリスがゆっくりと立ち上がりました。

そして、その美しい顔をこちらに向け――。


「み〜つけた♡」


悪魔のような笑顔で言いました。


「ヒィッ!?」


私が悲鳴を上げるのと同時に、アリス姉さんが馬車から飛び降りました。

着地など関係なし。ふわりと舞い降りた彼女は、カイルさんを無視して、一直線に私の目の前に立ちました。


「久しぶりね、ルシアン。元気にしてた?」

「あ、あはは……姉さん、お久しぶりです……。今日もいい天気ですね……」


私は後ずさりしましたが、背後は壁。

逃げ場はありません。


「姉さん……? 姉さんって……」


カイルさんが、壊れたブリキのおもちゃのような動きで、私とアリス様を交互に見ました。


「おいルシアン、どういうことだ? お前、聖女様の知り合い……ていうか、姉さんって呼んだか?」

「あ、紹介が遅れました。私の実の姉、アリス・セイントです」

「は……?」


カイルさんが石化しました。

エレナさんも「な、なんだと!?」と目を見開いています。


そんな周囲の混乱など意に介さず、姉さんは私のフードを乱暴に脱がせ、頬を両手で挟みました。


「ああ、なんてこと! 肌が荒れているじゃない! ちゃんと化粧水は塗っているの? 食事は? 睡眠は?」

「だ、大丈夫だよ姉さん。僕は健康そのもの……」

「嘘おっしゃい! 騎士団からの報告では、毎日血まみれになっているそうじゃない! そんな危険な遊びはやめて、今すぐお城へ帰りましょう。安全で、柔らかくて、何も危険のない特別製の『檻(お部屋)』を用意してあるから」


姉さんの目が笑っていません。

本気です。この人は、私の安全のためなら私を一生監禁することも辞さない過保護モンスターなのです。


「い、嫌だ! 僕は冒険者として生きるんだ! 毎日骨を折って、内臓を破裂させて、死の淵を反復横跳びする生活が好きなんだ!」

「……なんですって?」


姉さんの周囲の温度が、氷点下まで下がりました。

笑顔のまま、こめかみに青筋が浮かんでいます。


「ルシアン。貴方はまだ子供だから分からないのよ。外の世界は汚らわしい菌と、野蛮な暴力で溢れているわ。お姉ちゃんが守ってあげないと」

「守られるのは真っ平ごめんだ! 僕は『守る(タンク)』側になりたいんだ!」


その時、石化していたカイルさんが再起動しました。


「ま、待ってくださいアリス様!」


カイルさんが、震える声で割って入りました。

憧れの聖女様を前に、極度の緊張でガチガチになっていますが、その瞳には決死の覚悟が宿っています。


「俺はカイル! 冒険者です! ルシアンは……俺たちの大切な仲間です!」

「……あら?」


姉さんが初めてカイルさんを見ました。

その視線は、私に向けるものとは真逆。

道端の石ころを見るような、冷徹で無関心な瞳。


「貴方が、ルシアンを連れ回している野蛮人その1?」

「や、野蛮人……! いえ、俺は彼とパーティを組んでいる……」

「黙りなさい」


一喝。

それだけで、カイルさんの言葉が封じられました。

圧倒的な「格」の違い。聖女としての威圧感オーラが、物理的な重圧となってのしかかります。


「ルシアンを危険な目に合わせているのは貴方たちね? 弟を誑かし、戦場へ引きずり込むなんて……万死に値するわ」

「ち、違います! 俺たちはルシアンの実力を認めて……!」

「実力? 弟にそんなものはありません。あるのは可愛さと、庇護されるべき儚さだけよ」


姉さんは吐き捨てるように言いました。

そして、私の方を向き、甘い声で囁きます。


「さあルシアン。悪い虫は追い払いましょうね。帰りましょう?」


姉さんの手が伸びてきます。

その手を取れば、私の冒険者人生は終わり。

一生、温室の中で飼い殺しにされる未来が待っています。


(逃げなきゃ……でも、どうやって? 王宮騎士団に囲まれてるし、姉さんの結界術は国一番だし……)


絶体絶命。

その時でした。


「お断りします」


横から、巨大な銀色の壁が割り込みました。

エレナさんです。

彼女はアダマンタイトの鎧を鳴らし、私と姉さんの間に立ちはだかりました。


「えっ、エレナさん!?」

「どきなさい、鉄屑。ルシアンが見えないわ」


姉さんが不機嫌そうに言いますが、エレナさんは一歩も引きません。


「聖女アリス殿。貴女の弟君への愛情は理解しました。ですが、彼の意志を無視して連れ帰ることは、誘拐と同義です」

「……誘拐? 保護と言いなさい」

「いいえ、彼が拒んでいる以上、それは拘束です。そして!」


エレナさんはハルバードを地面に突き立て、堂々と宣言しました。


「彼は我々のパーティ『ブレイク・スルー』の要、メインタンクです! 彼がいなければ、我々の冒険は成り立ちません! 貴女が誰であろうと、仲間を不当に奪うことは許さん!」


「よく言ったエレナ!」


カイルさんも復活し、私の反対側に立ちました。


「そうだ! ルシアンは渡さねえ! 彼は俺の……俺たちの最高の相棒だ! たとえ姉弟だろうが、無理やり引き裂くなんて俺が許さねえ!」


カイルさんとエレナさん。

二人が、私を守るように前に立ってくれました。

いつもは私が前に出て守る側なのに。


「……へぇ」


姉さんが目を細めました。

その美しい顔に、明確な「敵意」が浮かび上がります。


「面白いわね。たかだかDランク風情が、この私に逆らうというの?」


姉さんが手をかざすと、周囲の空間がビリビリと震え始めました。

聖女だけが使える、高位の光魔法の予兆。


「いいでしょう。そこまで言うなら、試してあげるわ」


姉さんは冷酷に微笑みました。


「貴方たちが、私の可愛いルシアンを預けるに足る『強さ』を持っているのかどうか。……死なない程度に、遊んであげる」


パレード会場が、一瞬にして戦場へと変わりました。

最愛のラスボスとの、まさかの開戦です。

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