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第19話 姉からの手紙は、不幸の手紙より恐ろしい

「報告します! オークの群れ、討伐完了しました!」


冒険者ギルドのカウンターに、『新緑の風』のリーダー、トビー君の元気な声が響きました。

彼らの顔には、数日前までの悲壮感はありません。

あるのは、死線を越えた者だけが持つ自信と……少しばかりの「危うい輝き」でした。


「よくやったな。怪我はどうじゃ?」


ギルドマスターのガンツさんが尋ねると、トビー君は包帯だらけの腕を見せて、誇らしげに笑いました。


「はい! オークの棍棒を左腕で受け止め、その隙に懐に入って突き刺しました! 骨に響く鈍痛が、生きている実感を湧き上がらせてくれました!」

「……は?」


ガンツさんの表情が凍りつきました。

トビー君の後ろにいる他のメンバーも、口々に言い出します。


「私も、回避するより『肉を切らせて骨を断つ』方が効率的だと学びました!」

「痛みは恐怖じゃない……ただの『情報』なんだ!」


キラキラした目で語る若者たち。

ガンツさんはゆっくりと視線をずらし、私を睨みつけました。


「……おいルシアン。お前、新人に何を教えた?」

「何も? ただ『痛みを恐れるな』と背中を押しただけですよ」

「押しすぎて崖から突き落としてんじゃねえか!!」


ガンツさんの拳骨が落ちてきましたが、私は笑顔で受け止めました(痛い、最高です)。

ともあれ、彼らが自信を取り戻したのは事実。

多少バーサーカー気味になりましたが、冒険者としては一皮むけたと言えるでしょう。


「まあ、結果オーライだろ。あいつら、いい顔になったぜ」


カイルさんが兄貴風を吹かせて笑います。

エレナさんも満足げに頷いています。


「うむ。騎士道とは少し違う気もするが、勇気ある突撃だった。彼らは強くなるぞ」


一件落着。

私たちは報酬を受け取り、今日の夕食(高級ステーキ)について話し合おうとしました。


その時です。


ガチャリ……。


ギルドの扉が開く音と共に、室内の空気が一変しました。

喧騒がピタリと止み、冒険者たちが緊張した面持ちで道を開けます。


現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ一団。

胸には王家の紋章。

そして、その先頭に立つのは、冷徹な目をした眼鏡の女性騎士でした。


「王宮騎士団……?」


カイルさんが息を呑みます。

王都を守護するエリート集団が、なぜこんな辺境のギルドに?


女性騎士は、鋭い視線でギルド内を見渡し、よく通る声で告げました。


「ここに、ルシアン・セイントという冒険者はいるか」


ビクッ。

私の心臓が跳ね上がりました。

その声には聞き覚えがあります。

姉さんの側近であり、私の「脱走」を何度も阻止してきた天敵、副団長ヒルダさんです。


(ま、マズイ……! 姉さんの手先に見つかりました!)


私はとっさにスライムローブのフードを目深に被り、気配を消そうとしました。

カイルさんの背後に隠れ、小さくなります。


「……ルシアン? おい、お前のことだろ?」

「シッ! 人違いです! 私は通りすがりの『スライム愛好家』です!」

「無理があるだろ!」


私の抵抗も虚しく、ヒルダさんの眼鏡がキラリと光りました。

彼女は迷うことなくこちらへ歩いてくると、私の首根っこをガシリと掴みました。


「見つけましたよ、ルシアン様。またこんな薄汚い場所で、奇妙な格好をして……」

「お久しぶりですヒルダさん。奇遇ですね、私も今ちょうど旅に出ようとしていたところでして」

「逃がしません」


ヒルダさんは冷淡に言い放ち、懐から一通の封筒を取り出しました。

純白の封筒に、金色のシーリングワックス。

そこから漂う、甘く優雅で、そして絶対的な支配力を持つ香り。


「ご実家のアリス様より、お手紙です」

「ヒィッ!?」


私は悲鳴を上げました。

それは私にとって、死刑宣告よりも恐ろしい「お姉ちゃんからのお便り」です。


「アリス様……? なんだルシアン、姉ちゃんからの手紙か?」


横で聞いていたカイルさんが、不思議そうに首を傾げました。

よかった、彼はまだ気づいていません。

「アリス」という名前はありふれていますし、まさか目の前の「王宮騎士団副団長」が、私の姉(聖女)のパシリとして来ているとは夢にも思わないでしょう。


「は、はい。田舎の姉です。少々過保護なもので……」

「へぇ。わざわざ騎士団にことづけるなんて、律儀な姉ちゃんだな」

「(律儀というか、職権乱用なのですが)」


私は震える手で封筒を受け取りました。

開けたくない。

中身を見るのが怖い。

ですが、読まなければ実力行使(騎士団による強制連行)が待っています。


私はカイルさんに見えないよう、こっそりと封を切りました。

中には、達筆な文字でこう書かれていました。


『愛しいルシアンへ。

 お元気ですか? 怪我はしていませんか?

 貴方が家出をしてから、お姉ちゃんは心配で夜も8時間しか眠れません。

 風の噂で、貴方がベルンという街で、野蛮な男たちと野宿をしていると聞きました。

 なんて可哀想なルシアン。今すぐ助けてあげますからね。

 

 来週、そちらへ向かいます。

 逃げたら、国境を封鎖してでも探し出しますからね♡

 

 追伸:新しいお洋服(拘束具付き)を用意して待っています』


「…………」


私は手紙を静かに閉じ、遠い目をしました。


「……どうしたルシアン? 顔色が真っ青だぞ」

「カイルさん、エレナさん」

「な、なんだ?」

「今すぐ隣国へ亡命しましょう。Sランクとか言ってる場合じゃありません。命の危機です」

「落ち着け! 何が書いてあったんだよ!」


カイルさんが手紙を覗き込もうとしますが、私は必死で隠しました。


「姉が……姉が来週、私を捕獲しに来るそうです……!」

「なんだ、姉ちゃんが来るだけかよ。大げさだなあ」


カイルさんは笑い飛ばしました。

彼は知りません。私の姉がどれほどの『災害』であるかを。


その時でした。

ギルドの入り口に、新たな伝令が駆け込んできました。


「おい聞いたか! ビッグニュースだぞ!」


男が大声で叫びました。


「来週、王都から**『聖女アリス様』**が、このベルンへ公式視察にいらっしゃるそうだ!」


その瞬間、ギルド内が爆発したような騒ぎになりました。


「マジかよ! あの聖女様が!?」

「拝めるのか!?」


そして、誰よりも反応したのは、私の隣にいるカイルさんでした。


「せ、聖女様が……来る……!?」


カイルさんの顔が、みるみるうちに紅潮していきます。


「会える……! 憧れの聖女アリス様に、こんなに早く会えるなんて!」


カイルさんは私の肩をガクガクと揺さぶりました。


「おい聞いたかルシアン! 聖女様が来るぞ! お前の姉ちゃんが来るタイミングと被るけど、そんなのどうでもいい! 聖女様だ!!」

「……はい、そうですね(どうでもよくありません、同一人物です)」


私は死んだ魚のような目で答えました。

カイルさんは「聖女様歓迎」で頭がいっぱいで、私の「姉来襲」とリンクしていません。

なんて幸せな脳みそでしょう。


「ふむ……。聖女様が来るのか」


エレナさんは真面目な顔で頷きました。


「一国の聖女を迎えるとなれば、警備も厳重になるだろう。我々も冒険者として協力すべきではないか?」

「だ、ダメです!」


私は食い気味に叫びました。


「私たちは目立ってはいけません! 特に私は! 地下の倉庫とかに隠れていましょう!」

「何を言っている。Sランクを目指すなら、聖女様に顔を覚えてもらう絶好の機会だろ!」


カイルさんがやる気満々で拳を握りしめました。


「やるぞ! 最高の歓迎準備だ! 俺たちの活躍を見てもらえば、もしかしたら……プロポーズのチャンスがあるかもしれねえ!」

「自殺志願ですか!? 貴方、確実に消されますよ!?」


私の悲痛な叫びは、二人の熱意にかき消されました。

来週、最強のブラコン聖女・アリスがやってくる。

それは、私にとってギガ・クイーン戦以上の「絶望的状況ピンチ」の幕開けでした。


(逃げたい……でも逃げたら国境封鎖……。詰みましたね)


私は天井を仰ぎ、神(姉)の理不尽を呪いました。

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