第2話 「守る」とは、敵の攻撃を全て顔面で受け止めることです
「いいかルシアン、作戦を確認するぞ」
街外れにある『初心者向けダンジョン』の入り口。 薄暗い穴を前にして、カイルさんは真剣な表情で私を見据えました。
「悪いが、昨日の話――『お前がタンクをやる』ってのは無しだ」
「おや、なぜですか?」
「見ろよその格好。ペラペラの神官服に、武器もなし。そんな装備で前衛ができるわけねえだろ。俺を殺人犯にする気か」
カイルさんは呆れたように言いました。 至極真っ当な意見です。常識的に考えれば。
「だから、俺が前衛をやる。お前は後ろで回復に専念してくれ」
「ふむ。では、貴方の強力な『溜め攻撃』はどうするのです?」
「……封印だ」
カイルさんは悔しそうに唇を噛みました。
「チャージ中は無防備になる。お前が敵を抑えきれなかった時点で、俺は死ぬんだ。信頼関係もねえのに、そんな博打は打てねえよ」
「なるほど」
「だから、俺は威力は低いが『通常攻撃』で戦う。時間はかかるが、それが一番安全だ」
カイルさんの目は真剣そのものでした。 前のパーティを追放されたトラウマがあるのでしょう。慎重になっています。 私は聖職者らしく、慈愛に満ちた笑顔で頷きました。
「わかりました。貴方の指示に従います」
「よし、いい子だ。行くぞ!」
カイルさんが安堵の息を吐き、ダンジョンへと足を踏み入れました。 私もその背中を追います。
――ふふ、指示には従いますよ。
ただし、「敵が現れるまで」の話ですが。 せっかくの敵の攻撃を、みすみす前衛に譲るなんてとんでもない。 彼の「通常攻撃」でちまちま戦っていたら、私が被弾するチャンスがなくなってしまいますからね。
◇
洞窟に入って数分後。 最初の獲物が現れました。
「ギャギャッ!」
薄汚い緑色の肌をした小鬼――ゴブリンの集団です。数は5体。 錆びた剣や、粗末な棍棒を持っています。
「来たな……! 下がってろルシアン、俺がやる!」
カイルさんが大剣を構え、勇ましく前に出ようとしました。 チャージをしない、堅実な構えです。
ですが。
「さあ、食事の時間ですよ」
私はカイルさんの横を、風のように駆け抜けました。
「は?」
背後でカイルさんの素っ頓狂な声が聞こえました。
「おい、待てバカ! 下がれって言っただろ!?」
私はカイルさんの悲鳴のような制止に振り返ることすらせず、無防備な姿のまま、先頭のゴブリンの懐へと飛び込みました。
ゴブリンの目が「なんでヒーラーが突っ込んでくんの?」と驚愕に見開かれます。 しかし、振り上げた剣は止まりません。 錆びついた刃が、私の眉間めがけて振り下ろされ――。
ドスッ。
鈍い音と共に、剣が私の頭蓋を割り、深々と突き刺さりました。
「ギャ?」
ゴブリンが動きを止めました。 手応えがあったのに、目の前の人間が倒れないからです。
「……ああっ」
私は恍惚の吐息を漏らしました。 脳髄を直接冷たい鉄に撫でられる、この非日常的な感覚。 視界の半分が血で赤く染まり、思考が白濁しかけるギリギリのライン。
「――最高です。これぞ生きている証」
私は頭に剣が刺さったまま、ゴブリンの手首を掴みました。
「ギャ、ギャァア!?」
「痛み分けといきましょう。『ヒール』」
バキリ。ボゴッ。
私の頭部が白く発光しました。 傷口が瞬時に再生し、埋まっていた剣をものすごい圧力で弾き飛ばします。 同時に、私の壊れた脳細胞が繋がり、全身に力が漲りました。 超回復によって一時的にリミッターが外れた筋力が、私の右腕に宿ります。
「ふんッ!」
私はゴブリンの顔面を、裏拳で殴り飛ばしました。 グチャッという水風船が割れるような音がして、ゴブリンの首から上が消滅し、体がボールのように後方の壁まで吹き飛びます。
残り4体。
「次は誰ですか? 遠慮はいりませんよ、もっと深く、鋭く!」
私は両手を広げ、血まみれの笑顔(頭の傷はもう治っていますが、返り血はそのままです)で歓迎しました。 ゴブリンたちが「ヒッ」と悲鳴を上げ、後ずさりします。 逃がしません。
私は次々とゴブリンの攻撃をわざと受け――棍棒で腕を折られ、槍で腹を貫かれ――そのたびに「んっ!」「素晴らしい!」と声が漏れて、即座に回復し、暴力的な筋力で敵をミンチに変えていきました。
所要時間、わずか5秒。 そこには、動くものがいなくなった静寂と、ゴブリンだったものの破片だけが残りました。
「ふぅ……。準備運動にもなりませんね」
私は破れたローブの裾で顔の血を拭い、振り返りました。 そこには、剣を構えたポーズのまま石像のように固まったカイルさんがいました。
「……終わりましたよ、カイルさん」
「…………」
「カイルさん?」
「お、おま、お前……」
カイルさんの顔色は、死人のように青ざめていました。
「死んでたよな!? さっき頭に剣が刺さって、腕が変な方向に曲がって、腹から槍の穂先が出てたよな!?」
「ええ。ですが、今は治っています」
私はピンピンしている両腕を見せました。
「即時回復です。傷ついた瞬間に治せば、実質ノーダメージ。私が前に出たおかげで、カイルさんは指一本触れられていませんよ?」
「そういう問題じゃねえよ!!」
カイルさんは大剣を取り落とし、頭を抱えました。
「心臓止まるかと思ったぞ……! 言うこと聞けよ! なんで自殺しに行ったかと思ったら敵が消滅してんだよ……」
「結果オーライです。それに、貴方の『通常攻撃』では時間がかかりすぎますから」
私は転がっているゴブリンの死体を見下ろし、残念そうに呟きました。
「それにしても、10秒も持ちませんでしたね。これでは貴方のチャージが完了する前に終わってしまいます」
「そりゃお前が一人で殲滅したからだろ!」
「もっとこう……私の再生速度を上回るような、強力で硬い敵はいないのでしょうか。貴方の『最強の一撃』が必要になるような敵が」
私がそう言うと、カイルさんは引きつった顔で洞窟の奥を指差しました。
「……このダンジョンの最深部にな、レアモンスターが出るって噂だ」
「ほう?」
「『ミスリル・ゴーレム』。全身が魔法金属でできた、物理攻撃無効の化け物だ。生半可な攻撃じゃ傷一つつかねえらしい」
物理攻撃無効。 つまり、私の拳では倒せない。 しかし、向こうの攻撃は重い。
私の背筋に、ゾクゾクとした電流が走りました。 殴っても壊れない敵。殴られれば私が壊れる敵。 それはつまり、私が一方的に殴られ続け、永遠に回復し続けられるサンドバッグということではないでしょうか?
「行きましょう、カイルさん」
私はカイルさんの手を取り、強引に引っ張りました。
「え、ちょ、待て! 今日のところは帰って作戦会議を……!」 「会議など不要です! さあ、素敵な痛みが待っていますよ!」
私たちはダンジョンの奥へと進みます。 私の求愛(物理)を受け入れてくれる、素敵な強敵を目指して。




