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第18話 悪夢の後遺症と、優しすぎる依頼について



装備の完成まで、あと3日。

私たちは「慣らし運転」も兼ねて、手頃な依頼を探すためにギルドの掲示板を眺めていました。


「ないな……」

「ないですね……」

「うむ、ないな」


三人揃ってため息をつきます。

掲示板に貼られているのは、『薬草採取』『迷子猫の捜索』『下水道の掃除』といった平和な依頼ばかり。

昨日の今日で、Aランク相当の怪物と殺し合った私たちには、あまりにも刺激が足りません。


「どうなってるんですか。もっとこう、『ドラゴンが村を焼いています』とか『邪神が復活しそうです』みたいな、心躍る依頼はないのですか?」

「お前、平和な街で何を求めてんだよ」


カイルさんが呆れていますが、彼も不満そうです。

Sランクを目指すには、地味な依頼をこなしても実績になりにくいですからね。


「困ったな。このままでは体が鈍ってしまう」


エレナさんも腕を組んで唸っています。

そんな私たちの背後から、渋い声がかけられました。


「……暇そうじゃな、お前たち」


振り返ると、ギルドマスターのガンツさんが立っていました。

手には一枚の依頼書を持っています。


「ギルマス! いい依頼があるのか?」

「うむ。……と言いたいところじゃが、お前たちには少々『物足りない』かもしれん」


ガンツさんは少し困ったような顔をして、依頼書をカイルさんに渡しました。

内容は**『森林地帯でのオーク討伐』**。

推奨ランクはD。

私たちにとっては準備運動レベルです。


「オークですか。彼らの棍棒は殴り心地がいいですが、今の私の体だと痒い程度ですね……」

「お前基準で語るな。……で、ギルマス。ただのオーク退治なら、俺たちにわざわざ持ってくる必要はないだろ? もっとこう、手応えのある……」

「何を言っておる。お前たちはまだ『Dランク』じゃろうが」


ガンツさんが呆れたように言いました。


「ランク相応の依頼を受けて何が悪い。文句があるならSランクになってから言え」

「ぐっ……。それはそうだけどよぉ」


カイルさんが言葉に詰まります。

確かに、飛び級したとはいえ、私たちはまだ駆け出しのDランク。書類上は、このオーク討伐こそが適正任務なのです。


「まあ、お前たちの実力が枠に収まりきらんのは分かっておる。だからこそ、頼みたいことがあるんじゃ」


ガンツさんはニヤリと笑い、カウンターの隅を顎でしゃくりました。

そこには、テーブルに突っ伏してどんよりとした空気を纏っている、数人の若者たちがいました。


「あいつらは……『新緑の風』か?」


先日の廃坑で、私たちと共に戦った(というか巻き込まれた)新人パーティです。

彼らはビクビクと周囲を警戒し、物音がするたびに肩を震わせています。


「見ての通りじゃ。あやつら、ザイードに裏切られ、ギガ・クイーンの恐怖を目の当たりにして、すっかり心が折れてしまっておる」

「無理もありませんね。新人がいきなりBランク(実質Aランク相当)の怪物と遭遇したのですから」


私は同情しました。

トラウマ。精神的な苦痛。

肉体の痛みとはまた違う、厄介で治りにくい傷です。


「このままでは、あやつらは冒険者を辞めてしまうじゃろう。……それは惜しい。あの子たちは真面目で、素質はあるんじゃ」


ガンツさんは親心のような優しい目で若者たちを見つめました。


「そこでじゃ。お前たちに、あやつらの**『付き添い』**を頼みたい」

「付き添い?」

「うむ。今回のオーク討伐は、『新緑の風』が受ける依頼じゃ。お前たちには、そのサポート……というか、万が一の時の保険として同行してほしいんじゃよ」


要するに、保護者役です。

成功体験を積ませて、自信を取り戻させるためのリハビリ任務。


「報酬はギルド持ちで弾む。……どうじゃ? 人助けだと思って」


カイルさんとエレナさんが顔を見合わせました。


「俺は構わねえよ。俺も昔、パーティを追放されて自信をなくした時期があったからな。あいつらの気持ちは痛いほどわかる」

「私もだ。騎士として、弱きを助け導くのは義務だ。それに、彼らはあの地獄を生き延びた戦友だからな」


二人は快諾しました。優しいですね。

そして、二人の視線が私に向きます。


「ルシアン、お前はどうだ? 退屈かもしれねえけど」

「退屈? とんでもない」


私はニッコリと笑いました。


「受けましょう。未来ある若者の芽を摘むのは忍びないですからね」


(それに、彼らが成長して立派な冒険者になれば、将来的に私を『盾』にしてくれるかもしれません。投資としては悪くない話です)


「決まりじゃな。恩に着る」


ガンツさんは安堵の息を吐き、『新緑の風』のテーブルへと向かいました。


   ◇


「えっ……! 『ブレイク・スルー』の皆さんが、僕たちと!?」


『新緑の風』のリーダー、剣士の少年(名前はトビーといいます)が、驚きと恐怖の入り混じった目で私たちを見上げました。

特に、私を見る目が泳いでいます。


「よ、よろしくお願いします……! 足手まといにならないようにします……!」

「気楽にいこうぜ。今回はお前らが主役だ。俺たちは後ろで見物してるだけだからよ」


カイルさんが兄貴肌を見せて肩を叩きますが、トビー君は「ひぃッ」と縮み上がってしまいました。

重症ですね。


私たちは街を出て、近場の森林地帯へと向かいました。

道中、彼らは常にキョロキョロと周囲を警戒し、風で枝が揺れる音にも「敵か!?」と反応して剣を抜こうとします。


「落ち着け。ただの風だ」


エレナさんが諭しますが、彼らの震えは止まりません。

完全に恐怖心が植え付けられています。


「……これじゃ、オーク相手でも厳しいかもな」


カイルさんが小声で言いました。

恐怖で体が強張れば、本来の動きはできません。最悪、雑魚相手に事故死することもあり得ます。


やがて、前方の茂みがガサガサと揺れました。


「ブモオォォォッ!!」


豚の鼻を持つ亜人、オークが現れました。

粗末な石斧を持った、Dランクの魔物です。数は3体。


「で、出た! オークだ!」

「ひっ、逃げ……!」


若者たちがパニックになりかけます。

カイルさんが「おい、陣形!」と叫ぼうとしたその時。


「おや、美味しそうな棍棒を持っていますね」


私はスッと前に出ました。


「ル、ルシアンさん!?」

「トビー君、見ていてください。恐怖というのは、真正面から受け止めてしまえば、案外心地よいものですよ」


私は無防備な姿でオークに歩み寄りました。

オークが「なんだコイツ」とばかりに石斧を振り上げ、私の脳天めがけて振り下ろします。


ガゴッ!!


鈍い音が響き、私の頭から血が噴き出しました。


「ギャアアアアア!?」


トビー君たちが悲鳴を上げます。

ですが、私は倒れません。

頭に石斧がめり込んだまま、ゆっくりと振り返り、血まみれの笑顔で彼らにウインクしました。


「ほらね? 痛いだけで、死にはしません」


「「「ヒイイイイイイッ!!(別の意味で怖い!!)」」」


「……ルシアン、お前なぁ。あいつらのトラウマを悪化させてどうすんだよ」


カイルさんが頭を抱えます。

ですが、効果はありました。

私の異常な姿を見て、彼らの「死への恐怖」が、「あの人よりはマシな死に方がしたい」という生存本能に上書きされたようです。


「さあ、残りの2体は貴方たちの獲物です。行ってらっしゃい!」


私が石斧オークを押さえつけている間に、カイルさんとエレナさんに背中を押され、トビー君たちが震えながら剣を構えました。


「や、やるしかない……! やらないと、あの人みたいになっちゃう!」

「うおおおおおっ!!」


彼らは悲壮な覚悟でオークに突っ込んでいきました。

なんだか動機が不純な気がしますが、まあ、戦う勇気が出たなら良しとしましょう。


「……本当にこれでいいのか?」

「結果オーライだ。多分」


エレナさんとカイルさんが遠い目で呟く中、私は頭の傷を治しながら、若者たちの初めての勝利を温かく見守るのでした。

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