第12話 裏切りの代償は、想定外の「硬さ」で支払われます
「ハァ……ハァ……! ど、どうだ! 私の方が一歩早かったぞ!」
「いいえ、私の血の量の方が多いですね。つまり私の勝ちです」
私とエレナさんは、無数の傷(私は生身、彼女は鎧の傷)を負いながら、競うようにして廃坑の最深部へと到達しました。
そこは、ドーム状に開けた巨大な空間でした。
壁一面に、怪しく光る青い鉱石が埋め込まれており、中央には不気味なほど巨大な「卵」が山のように積まれています。
ソルジャー・アントたちの姿はありません。
嵐の前の静けさというやつです。
「ここが最深部か……。静かだな」
遅れて到着したカイルさんが、大剣を構えながら周囲を警戒します。
その後ろから、『新緑の風』の若者たちが震えながら入ってきました。
そして最後に、悠々と歩いてきたのが『黒蛇』のザイードたちです。
「へっ、ご苦労さん。よくここまで露払いしてくれたな」
ザイードはニヤニヤと笑いながら、入り口の近くで立ち止まりました。
そして、懐から何やら赤い宝石のようなものを取り出しました。
「ザイードさん? どうしたのですか、早く中へ」
「いやぁ、俺たちはここでいいんだよ」
ザイードが宝石を床に叩きつけました。
パリーン!
宝石が砕け散ると同時に、入り口の地面から赤い魔法陣が展開され、見えない壁となって通路を塞ぎました。
『結界石』。
一度発動すれば、一定時間、内側からも外側からも通行を遮断する高価なマジックアイテムです。
ただし、今回使われたのは「私たちが中に入った後」でした。
「なっ……!? これはどういうことだ、ザイード!」
エレナさんが結界を叩きますが、ビクともしません。
ザイードは結界の向こう側で、醜悪な嘲笑を浮かべていました。
「どういうことも何も、計画通りだよ。お前らにはそこで、**『女王』**の餌になってもらう」
「え……?」
「この奥には『クイーン・アント』がいる。こいつらソルジャー・アントには、光る鉱石や貴金属を女王への貢ぎ物として巣に溜め込む習性があってな。長年かけて集められたそいつは、まさに山の財宝だ。そいつは卵を守るために凶暴化してるはずだ。お前らが食い止めている間に、俺たちは裏ルートから宝物庫を漁ってトンズラするって寸法よ」
典型的な「囮(捨て駒)」作戦です。
『新緑の風』の若者たちが絶望の悲鳴を上げ、カイルさんが「やっぱりかよ!」と悪態をつきます。
しかし、エレナさんだけは状況が飲み込めていないようでした。
「う、嘘だろ……? 私たちは仲間じゃなかったのか? 義賊ではなかったのか!?」
「バーカ。信じてたのかよ、あの作り話を。お前みたいな堅い女、こうでもしなきゃ使い道がねえだろ?」
ザイードの冷酷な言葉が、エレナさんの純粋な心を粉々に砕きました。
彼女はその場に崩れ落ち、震える声で呟きます。
「そんな……私は……正義のために……」
「……なぁ、エレナ。一応聞くけどよ、お前あいつらの何を信じてたんだ?」
カイルさんが呆れ果てた様子で尋ねると、エレナさんは虚ろな目で答えました。
「ザイードは言っていた……。『我々は王家の密命を受けた影の騎士団だ。この廃坑にある財宝を持ち帰り、隣国との戦争で親を失った一万人の孤児たちを救うのだ』と……」
「一万人!? どこにあるんだよその巨大孤児院は! 大体あいつらのツラ見てみろよ、どう見てもただのゴロツキだろうが!」
「『悪人面は裏社会に溶け込むための変装だ』と……涙ながらに語ってくれたのだ……」
「演技だよ! 誰がどう聞いても嘘だろそんなもん!」
カイルさんが頭を抱えました。
彼女の騙されやすさは、もはや才能の域です。
しかし、私は拍手を送りました。
「素晴らしいですね、ザイードさん」
「あ?」
「完璧な悪役ムーブです。おかげでこの場は『逃げ場のない密室』となりました。つまり、これから現れるボスと、死ぬまで濃厚なスキンシップができるというわけですね!」
私が結界越しにサムズアップすると、ザイードは「……やっぱ気持ち悪ぃなテメェ」と顔をしかめました。
「まあいい。せいぜい長生きしてくれよ。相手はDランク上位のクイーンだ。お前らでも5分くらいは持つだろ」
ザイードたちは背を向け、去っていこうとしました。
ズズズズズズ……ッ!!
その時です。
広間全体が、激しい地震に見舞われたかのように揺れ始めました。
「な、なんだ!?」
「地震か!?」
いいえ、違います。
揺れているのは地面ではなく、「壁」そのものでした。
広間の奥の岩壁が、ボロボロと崩れ落ちていきます。
そして、その奥から現れたのは、ザイードが言っていたような「Dランク上位のクイーン・アント」ではありませんでした。
体長10メートル。
その体は、通常の甲殻ではなく、青白く輝く**『魔法金属』**の結晶で覆われていました。
「ギシシシシシシッ!!!」
耳をつんざくような甲高い鳴き声。
その複眼は黄金に輝き、大顎からは岩をも溶かす強力な酸が滴り落ちています。
「な……なんだありゃあ!?」
去ろうとしていたザイードが、足を止めて驚愕しました。
「あ、ありえねえ! ただのクイーンじゃねえぞ! なんでアダマンタイトを纏ってやがる!?」
「……ああ、なるほど」
私は冷静に分析(という名の品定め)をしました。
この廃坑は、かつて希少金属が採掘されていた場所。
長年ここに巣食っていた女王アリが、周囲の魔法金属を食べ続け、体内で変異を起こしたのでしょう。
これはもはや、ただの虫ではありません。
動く要塞。ランクで言えば**『Bランク』。
いえ、その異常な硬度は、Aランク冒険者ですら対策なしでは苦戦を強いられるレベルの変異種、『アダマンタイト・ギガ・クイーン』**です。
「カイルさん、大当たりですよ」
「ふざけんな! ミスリルより硬ぇじゃねえか!」
カイルさんが叫ぶと同時に、ギガ・クイーンが動きました。
巨体に似合わぬ神速。
一瞬で距離を詰め、巨大な前脚を振り下ろします。
標的は、崩れ落ちて動けないエレナさん。
「危ない!」
カイルさんが飛び出そうとしますが、間に合いません。
エレナさんは絶望のあまり、避けることすら忘れていました。
ガィィィィィィンッ!!!
凄まじい金属音が響き渡り、火花が散りました。
エレナさんの体が吹き飛ばされた――わけではありません。
彼女の前に、黒いローブの男(私)が割り込んでいたからです。
「ぐ、ぅぅぅぅぅ……ッ!!」
私はギガ・クイーンの鋭利な前脚を、両腕をクロスさせて受け止めていました。
もちろん、ただ受け止めたわけではありません。
前脚の爪は私の両腕の肉を断ち切り、骨に食い込み、そのまま胸板まで到達しています。
「ル、ルシアン!?」
エレナさんが見上げます。
私の腕からは血が滝のように溢れ、彼女の純白の鎧を赤く染めていきました。
「……素晴らしい」
私は血の泡を吹きながら、ギガ・クイーンを見上げました。
至近距離で見る黄金の複眼。
圧倒的な質量と、硬度。
「この重み……この鋭さ……! 先日のミスリル・ゴーレムが可愛く見えるレベルです!」
アダマンタイトの爪が、私の骨をミリ単位で削っていきます。
再生と破壊が同時に行われる、極上の拷問。
「ルシアン! お前、腕が!」
「大丈夫ですよカイルさん。まだ繋がっています(皮一枚で)」
私はギガ・クイーンの爪が食い込んだまま、ニヤリと笑いました。
そして、結界の向こうで腰を抜かしているザイードに視線を向けました。
「おい……嘘だろ……?」
ザイードはガタガタと震えていました。
Aランクの怪物が現れたことへの恐怖?
いいえ、それ以上に。
**「即死級の一撃を受けて、笑っている人間がいる」**という事実に、本能的な恐怖を感じているのです。
「ザイードさん、感謝します!」
私はあえて大声で礼を言いました。
「貴方が結界を張ってくれたおかげで、この素敵な女王様は外に逃げることができません! 私たちだけのものです!」
ギガ・クイーンが苛立ち、私を振り払おうと暴れますが、私は爪に骨を絡ませて離しません。
「さあエレナさん、立ってください!」
私は背後の女騎士に檄を飛ばしました。
「騙されたくらいでメソメソしないでください! 貴女の『タンク』の役目は、私が奪ってあげました! 今の貴女はただのアタッカー(攻撃手)です!」
「アタッカー……?」
「そうです! 貴女のその大きな斧は飾りですか!? 私がこいつを抑えている間に、その鬱憤を晴らしたらどうですか!」
エレナさんの目に、光が戻りました。
それは正義の輝きではなく、行き場のない怒りの炎。
彼女はハルバードを握りしめ、立ち上がりました。
「……そうだな。その通りだ」
彼女はザイードを睨みつけ、それから目の前の巨大な敵を見据えました。
「許さん……私を騙した貴様らも! 私の心を折ろうとしたこの化け物も! 全員まとめて叩き潰す!!」
彼女の気迫に呼応するように、カイルさんも大剣に魔力を込め始めました。
「ちっ、やるしかねえか! ルシアン、死んでも離すなよ!」
「もちろんです! 離せと言われても離しません!」
状況は絶望的。
敵はBランク、いや実質Aランク相当の変異種。退路はなし。
ですが、私たちにとっては「最高の遊び場」が出来上がっただけのこと。
「さあ、女王様! 私たちの愛(物理)を受け取ってください!」
私はギガ・クイーンの爪をさらに深く自分の体に突き立て、狂喜の宴を開始しました。




