第11話 タンク役の座は、誰にも(特に貴女には)譲りません
「キチチチッ!」
廃坑に足を踏み入れて数分。
松明の明かりの先に、無数の赤い複眼が光りました。
『ソルジャー・アント』の群れです。
壁や天井を這い回り、その鋭い大顎をカチカチと鳴らしています。
「敵襲だ! 数は10……いや、20匹以上!」
『新緑の風』の少年が悲鳴を上げました。
狭い坑道でこれだけの数に囲まれれば、普通のパーティならパニックです。
一方、後方に陣取った『黒蛇』のリーダー、ザイードたちは、剣を抜こうともせず、ニヤニヤと笑いながら壁に寄りかかっていました。
「おいおい、ビビってんじゃねえよ新人。俺たちが手を貸すまでもねえだろ? まずはお前らが頑張ってみな」
完全に高みの見物です。彼らは最初から戦う気などなく、私たちを消耗させる気満々なのでしょう。
しかし、ここには(彼らとは違い)頼れる重戦士がいました。
「狼狽えるな! 私が前線を支える!」
『黒蛇』のエレナさんが、ガシャン! と重厚な金属音を立てて前に出ました。
その全身を覆うフルプレートメイルは、見るからに頑丈そうです。
彼女は巨大なハルバードを構え、威風堂々と叫びました。
「さあ来い、魔物ども! この『鉄壁のエレナ』が相手だ!」
素晴らしい気迫です。
ですが――彼女には致命的な弱点がありました。
「……遅い」
カイルさんがボソリと呟きました。
そうです。あの重装備では、瞬発力が圧倒的に足りないのです。
アリたちは彼女の挑発を無視し、素早い動きで壁を伝い、装甲の薄い後衛(私たちや新人たち)を狙って飛びかかってきました。
「しまっ……! 速い!」
エレナさんがハルバードを振るいますが、空を切ります。
彼女の攻撃は一撃必殺ですが、敏捷性に欠けるため、すばしっこい相手には後手に回ってしまうのです。
「くっ、待て! 私を狙え!」
エレナさんが叫びますが、アリたちは止まりません。
先頭のアリが、毒液を含んだ顎を開き、無防備な『新緑の風』の若者に襲いかかろうとした、その時でした。
「おっと、横入り失礼します」
ヒュンッ!
黒い風が、エレナさんの横を駆け抜けました。
私です。
「なっ……!?」
エレナさんが驚愕の声を上げる中、私はトップスピードで壁を蹴り、空中でアリと交差しました。
ガブッ!!
「んっ……!」
アリの大顎が、私の脇腹を深々と噛み砕きました。
毒液が体内に注入され、内臓が焼け付くような熱さを感じます。
(おお……酸性の毒ですか。胃酸が逆流した時の百倍くらい痛いですね。最高です)
私は噛みつかれたまま着地し、そのまま勢いを利用してアリを地面に叩きつけました。
「ルシアンさん!?」
「大丈夫ですよ。毒見は完了しました」
私は脇腹からブシュッと血(と毒)を噴き出しながら、爽やかにサムズアップしました。
そして即座に『解毒』と『回復』を発動。
傷口は一瞬で塞がり、毒も中和されました。
「き、貴様……!」
遅れて追いついてきたエレナさんが、信じられないものを見る目で私を睨みました。
「何をしている! ヒーラーがタンクより前に出るなど、戦術的にあり得ないぞ!」
「あり得るんですよ、ここに」
「しかも防具なし(ローブ)で噛まれるなんて! 死にたいのか!」
「死にません。それにエレナさん、貴女の動きでは彼らを止められませんよ」
私は壁や天井を指差しました。
そこには、まだ無数のアリたちが蠢いています。
「彼らは速い。貴女が『来い』と言って待っている間に、後衛は食い尽くされます」
「うっ……それは……」
「だから、私が自分から出向くのです。こうやってね!」
私は再び走り出しました。
今度は天井に張り付いているアリに向かって、壁を駆け上がり、ノーガードで突撃します。
「おいコラ、そこの虫ケラ共! こっちの肉の方が柔らかくてジューシーですよ!」
挑発に乗ったアリたちが、一斉に私に飛びかかります。
腕を噛まれ、背中を刺され、酸を浴びせられる私。
「ルシアン! 遊んでねえでさっさと片付けろ!」
「わかってますよカイルさん! 今、痛みのテイスティング中ですから!」
私は全身にアリを鈴なりにぶら下げたまま、カイルさんの元へ走りました。
密集したところを、カイルさんが大剣でまとめて薙ぎ払います。
私が盾(兼・囮)になり、カイルさんが狩る。
完成された連携です。
それを見ていたエレナさんが、顔を真っ赤にして地団駄を踏みました。
「む、ムカつく……! 私だって!」
ドスドスと重い足音を立てて、彼女もアリの群れに突っ込みます。
しかし、彼女がハルバードを振り上げる頃には、私がすでにアリの攻撃を受けて(楽しんで)しまっているのです。
「どけルシアン! その攻撃は私の鎧で受けるはずだったんだ!」
「お断りします! 貴女の鎧で弾いてしまっては、敵の『噛む努力』が無駄になるでしょう!」
「何を言っているんだ貴様は!?」
戦場はカオスでした。
私: 敵の攻撃を独占するために、超スピードで割り込む。
エレナさん: タンクとしてのプライドを守るために、必死で追いかける。
アリたち: どっちを狙えばいいのかわからず混乱する。
「おいこらヒーラー! 私の仕事を奪うな!」
「早い者勝ちです! 悔しかったらその鉄屑(鎧)を脱いで走ってきなさい!」
「て、鉄屑だと!? これは由緒正しき騎士の甲冑だぞ!」
ギャーギャーと言い争いながら(実際には私が一方的に攻撃を吸いながら)、私たちは坑道を進んでいきました。
後方では。
「……なぁ、『黒蛇』ってサボってるんじゃなくて、入る隙がねえだけなんじゃねえか?」
「しっ、見るな。関わったら負けだ」
カイルさんと『新緑の風』の若者たちが、ドン引きしながら囁き合っていました。
そして、最後尾のザイードたちは。
「……へっ、いい気味だ。あのバカ女と変態ヒーラー、勝手に消耗してやがる」
ザイードはニヤリと笑いました。
「計画通りだ。奥にいる『本命』のところに着く頃には、どっちもボロボロになってるだろうよ。そうなりゃ、後は俺たちが漁夫の利を得るだけだ」
彼らの企みなど露知らず。
私たちは「どっちがより多く殴られるか」という不毛なデッドヒートを繰り広げながら、ダンジョンの最深部へと近づいていました。




